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第111号(2020年9月)

デュアル・クラス・シェア(DCS)・ストラクチャの論理と現実

佐賀卓雄(当研究所名誉研究員)

〔要 旨〕

 2000年代以降のアメリカの株式市場においては,公開会社の減少,IPO(新規公開)の減少,ユニコーン(時価総額10億ドル以上の非公開会社)の増加など,これまでにみられない特異な現象が生起している。他方で,上場会社の時価総額は増加しているから,株式市場が決して低迷している訳ではない。それどころか,ユニコーンは有力な上場予備軍として投資家の注目を集め,しばしば高い公開価格で上場されている。
 近年のイノベーションを推進するICT(テック)企業では,公開に際して議決権に差のある複数の株式を発行する例が増加している。このデュアル・クラス・シェア(DCS)・ストラクチャは,創業者に経済的利得(キャッシュフロー)から乖離した割合の議決権を付与することにより,短期的利益志向の株式市場からの干渉を排除し独自のビジョンを追求することを可能にし,結果的に企業価値の向上に寄与しているといわれる。もっとも,半面では創業者が自らの私的利益を奪取するエージェンシー・コストを高める危険性もある。
 現代株式会社における株式所有の分散,所有と経営の分離の下で,株主優位の原則,1株1票という制度は少数株主を保護する会社民主主義の基本と位置付けられてきた。契約によってあらかじめ利益が保護される他のステークホルダーとは異なり,事前に契約によって利益が保護されず残余請求権を与えられる株主に対しては,そのリスク負担に見合う権利が付与されるべきだとされたのである。
 DCSストラクチャはこれらの制度的枠組みを否定するものであり,一部の研究者や機関投資家から強い反対が提起されてきた。ICT企業の創業者を含めてDCSストラクチャを支持する論者は明示的には主張しないものの,1株1票制を支える株主の均質性という前提に対して懐疑的な認識を持っていると思われる。
 両者の妥協策として,サンセット条項設定の義務づけが提案されたりしている。
 このようにDCSストラクチャに対する評価は対立しているが,コーポレート・ガバナンスの観点からは,経営に対するモニタリングに関心がなくコストもかけないパッシブ投資の機関投資家などが増加している現状を踏まえれば,議決権に格差をつけるDCSストラクチャの導入を積極的に評価する余地があろう。

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