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第97号(2017年3月) 公社債市場を取り巻く課題

非伝統的金融政策と国債金利の低下について

中島将隆(甲南大学名誉教授)

〔要 旨〕

 バブル崩壊後から今日まで,日本の国債金利は一貫して低下を続けている。この間,国債金利は史上最低水準を更新し続けてきた。だが,低下を続けているだけではない。今日では,ゼロ金利,マイナス金利と未踏の領域に足を踏み入れることになった。日本の国債は,1998年以降,無制限発行体制に移行した。国債の大量発行が継続すれば,国債金利は上昇するはずのものである。ところが,現実の展開をみると,国債金利は上昇するのではなく,逆に低下している。なぜ,国債無制限発行下で国債金利は低下しているのだろうか。また,国債金利の低下は国債市場に如何なる影響を与えているのだろうか。
 国債金利の低下が続くと,国債を発行する政府,国債を購入する投資家,国債発行市場や流通市場に大きな影響を与える。まず,政府は国債金利の低下によって利払費を軽減すること可能になる。利払費の軽減は単に新規債にだけ適用されるのではない。国債は60年で償還され,この間,満期が到来すると借り換えられる。国債金利の低下が続くと,過去に発行された高金利の国債は低利で借換られる。ここでは,政府は低利借換のボーナスを受け取ることになる。
 国債無制限発行が続いているにもかからず,今日では,国債発行に対する危機感が失われている。危機感が失われた最大の理由は,国債金利の低下によって利払費が軽減されたからである。国債金利の低下が財政規律の希薄化を招いているのである。
 国債金利の低下は,国債市場にも影響を与える。まず,国債評価益の発生である。国債は確定利付きで発行されているから,市場金利が低下すると保有国債に評価益が発生する。金融機関はバブル崩壊度,銀行貸付の減少と預貸率の低下によって銀行経営が困難になった。にもかからず銀行が空前の好決算を計上できた大きな要因は,保有国債の評価益を獲得することできたからである。国債が有利な投資対象になった結果,国債発行市場は活況を呈し,国債応札額は発行予定額を大幅に上回っている。流通市場をみると,国債金利の持続的低下によって,国債市場価格は安定している。日本の国債はインフラ整備によって流動性が高い。国債の市場流動性が高く,かつ,国債金利の低下が続けば,国債市場が活況を呈するのは当然のことであろう。
 では,なぜ,国債金利は低下を続けているのだろうか。まず,潜在成長率と自然利子率の低下である。バブル崩壊後,潜在成長率は低下を続けている。これは,高度経済成長期のような力強いリーディングカンパニーを欠いているからであろう。潜在成長率は過去20年間,1%から0.5%の水準で推移し,この数年間はゼロ%の近傍にあると言われている。自然利子率(中立金利)は,長期的には,潜在成長率と一致する。従って,バブル崩壊後の国債金利の低下は,自然利子率の低下を反映したもの,と考えることができるだろう。
 二つ目の要因は,デフレの影響である。日本の物価は,1999年から2012年まで,下落が続いていた。2013年からは持続的な物価下落の状態から脱したものの,消費者物価は低迷し,未だデフレから脱出したとはいえない。長引くデフレの影響で企業の設備投資は低迷し,資金需要が低迷している。法人企業部門は従来の資金不足部門から資金余剰部門に変化した。更に,法人企業の資金調達方式が変化し,外部資金ではなく内部留保に依存することになった。国債金利の低下は,資金不足から資金余剰へ変化したことの現れである。
 三つ目の要因は,日銀の非伝統的金融政策である。日本銀行はデフレ脱却のため,金融機関から大量の国債を買入れ,金融機関に潤沢な資金を供給している。日銀が金融を緩和するため国債を買い続けると,国債金利は必然的に低下していく。日銀の国債買入れが継続する限り,日銀買入を前提とした金利形成が行われることになる。
 こうした要因によって国債金利は低下を続けているが,以上に見た自然利子率の低下・デフレ・非伝統的金融緩和政策という3つの要因は,何らの関連もないバラバラの要因ではなく,相互に密接に関連している。非伝統的金融緩和政策は,自然利子率低下の条件下で,デフレ脱却を目標とした政策である。このように3つの要因は相互に関連しているので,今日の国債金利低下の諸問題は,非伝統的金融緩和政策が国債金利に如何なる影響をあたえているか,この問題を具体的に検討することによって明らかになるだろう。

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