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第18号(1999年3月) グローバル・スタンダードとわが国公社債市場

源泉徴収制度は債券市場にいかなる影響を与えているか

中島将隆(甲南大学教授)

〔要 旨〕

 日本のレポ市場は,1996年に創設された。国際標準のレポは条件付債券売買という形式をとっているが,日本のレポは現金担保付債券貸借取引という形式である。取引形式が売買ではなく貸借となっている唯一の理由は,有価証券取引税を回避するためである。レポが売買形式であれば有価証券取引税が課税される。短期取引のレポに有価証券取引税が課税されると極めて高コストとなってしまう。そして,高コストの故に市場は成立しなくなる。この有価証券取引税を回避するため,貸借形式をとり,現金担保付債券貸借取引にレポの市場機能を付与したのであった。
 ところが,有価証券取引税を回避したものの,日本のレポ市場は新たな障害に直面 することになった。租税特別措置法第8条である。租税特別措置法第8条が債券市場を歪め,事業法人等のレポ市場参加を阻止し,市場拡大の障害になっているのである。レポ市場は本来,市場参加に制限のないオープン市場である。現先市場はオープン市場であり,事業法人も参入することができた。ところが,日本のレポ市場は,租税特別 措置法第8条によって事業法人は市場参加できず,現実にはインターバンク市場となっているのである。
 租税特別措置法第8条とは,登録債に限って,かつ,指定金融機関が保有する登録債に限って,債券利子の源泉徴収を不適用とする差別 的税制である。日本では源泉徴収制度が税制の基本原則であり,事業法人等は債券利子には源泉徴収される。租税特別 措置法第8条は,この原則に例外を持ちこみ,指定金融機関だけ差別的に優遇する税制度である。この優遇措置は奇妙な条件が付けられている。すなわち,登録債をたとえ1日でも事業法人等の課税法人が保有すると,指定金融機関はこの優遇措置を受けられなくなる,という点である。このような条件が付けられているから,指定金融機関は優遇措置を受けるため事業法人等がこの市場へ参入することを拒否するのである。そして,債券市場は指定金融機関中心の市場となり,同一債券であるにもかかわらず,課税債券と非課税債券という二つの市場価格が成立し,市場を歪めてしまうことになる。現先の場合,一回にかぎり登録債の名義書換をしなくとも譲渡できることが黙認され,また,市場慣行となっている。ところが,現金担保付債券貸借取引は消費貸借であるから,登録債は必ず名義変更が要求される。このため,事業法人などの課税法人は市場へ参加できないのである。差別 的税制がレポ市場の障害となっているのである。
 本稿の目的は,差別的税制がどうして市場を歪めることになるのか,その構造を分析することである。まず,差別 的税制の仕組を概観する。この問題は非常に複雑である。というのは,所得税法という一般 原則があり,そこに租税特別措置法第8条という例外規定が持ちこまれ,この規定には大蔵省令や口頭指導が付け加わり,さらに,市場慣行や自主ルールがあるからである。だから,債券の利子課税を理解することは非常に困難である。ここでは,多くの市場関係者の皆さんからご教示を得て,この困難をひとつひとつ乗り越えていきたい。次に,差別 的税制が債券市場にどのような影響を与えているか,ということである。税制度の枠組みや市場ルールが明らかになると,この問題は比較的わかりやすい。最後に,なぜこのような差別 的税制が生まれたのか,を検討する。この検討を通じて,差別的税制は戦時金融統制の産物であり,戦後においては人為的低金利政策を維持補強する装置であったことが明らかとなる。そして,こうした差別 的税制が金融制度改革の大きな障害となっていることが明らかになってこよう。

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