第131号(2025年9月)
なぜ日系卸売業の欧州立地は税率感応的でないのか
野村容康(獨協大学経済学部教授・当研究所客員研究員)
山田直夫(当研究所主任研究員)
- 〔要 旨〕
-
本稿は,近年の欧州における日系多国籍企業の立地に対する課税の効果について分析した野村・山田(2024)に依拠しながら,業種別の税率弾力性が最も低かった卸売業に焦点を当て,なぜこの業種において課税の効果が相対的に弱いのか,その要因と背景を探った。
卸売業が流通機構の統括者としての機能を果たすには,関係業者との間で齟齬のない円滑な意思疎通を図ることが不可欠である。しかし,国際経営の現場において,日系企業が直面する言語コストや現地企業との文化的差異は,海外進出の大きな障害となりうる。そのため,現地における日系製造業の進出実績およびそれら企業との結びつきは,日系卸売業にとって現地市場の魅力を高める重要な要素となっている可能性がある。
こうした観点から,日系卸売業が日系製造業との地理的・経済的な近接性を重視して欧州における立地を決定しているとの仮説を,野村・山田(2024)と同様の手法により検証した。その結果,概ね仮説を支持する実証が得られた。両業種の立地に関する因果関係の推定から,日系卸売業は現地の日系製造業によって引きつけられている傾向が確認された。
この背景には,伝統的に日本では製造業に比べ非製造業の海外進出が遅れていたことや,2000年代以降の欧州共同市場の形成に伴い,地域市場への対応を可能にする新たな流通サービスへの需要が生じたことなどがある。域内市場環境が変化する中で,現地日系製造業との関係性を重視する姿勢は,欧州進出に際する日系卸売業の税率感応度を低下させる重要な要因の1つとして働いたと考えられる。