第131号(2025年9月)
ベンチャー・キャピタル(VC)契約と優先株
佐賀卓雄(当研究所名誉研究員)
- 〔要 旨〕
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スタートアップへの投資に特化するベンチャー・キャピタル(VC)は,その極度に高いリスクに対応するために,VCサイクルと呼ばれる独特の投資スタイルを発展させてきた。それぞれのVCは独自の投資哲学に基づいて,スクーリニング(投資案件の精査と選択),モニタリング(投資先の事業の監視),エグジット(投資の回収)というプロセスの過程で,独自の基準と評価方法に依拠して,将来,けた違いのスケールに成長する可能性のあるスタートアップを発掘し,資金的のみならず経営面での助言を行う。
スタートアップは,VCからの投資を受ける際に,優先株を発行することが多い。その優先権の内容については,発行の際に両者の間で取り交わされるタームシート(契約の主要条件をまとめたもので,契約書の前段階の文書)において,配当や残余財産の配分,取締役の選任や議決権の配分などの基本的な事項について,将来起こりうる事態(contingency)を想定して詳細に定められている。VCにとってはこれもリスク・ヘッジの一つで,あらかじめ非希薄化条項や取締役の選任権などを明確にすることによって,ダウンサイド・リスクに対処する。
国際的にみれば,スタートアップの優先株発行による資金調達が一般的という訳ではないし,歴史的にもそうであった訳ではない。本稿では,アメリカにおけるスタートアップとVCとの関係の歴史的経緯を踏まえて,スタートアップの優先株利用の背景と実態を明らかにする。その主要な要因の一つとして優先株の税制面での利点も指摘されているが,それを含めて包括的な分析のためにはさらに国際的な比較が必要である。