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第106号(2019年6月) ヨーロッパ資本市場研究会特集号

英国の政治,経済,社会を混乱させたBrexitの幻想

渡部亮(法政大学名誉教授)

〔要 旨〕

 WTO(世界貿易機構)の元事務局長(2005〜13年)パスカル・ラミは「EU離脱はオムレツから卵を作るようなものだ」と言ったと伝えられる。EU離脱のむずかしさはこの発言に象徴される。
 英国のEU離脱が想像を絶する難題となったのは,ひとつにはアイルランド問題による。かりに北アイルランドが英国の一部ではなく,アイルランド共和国と一体となっていたならば,英国のEU離脱は容易だったかもしれない。
 またEU離脱交渉は,小選挙区制(first past the post)と議院内閣制(parliamentary system)という英国特有の政治制度を浮き彫りにした。それは離脱交渉が大混乱した一因であるとともに,その混乱によって英国の議会政治が変わりつつある。
 強硬離脱派は,主権国家であれば,離脱協定がなくても離脱でき,離脱後の経済や通商も円滑に運営できると主張したが,それは幻想にすぎないことが明らかになった。もちろん英国は主権国家であり,だからこそEU離脱も可能だが,主権と国力とは異なるし,国力を犠牲にしてまで主権を主張しても意味がない。また主権を強調しすぎると国力を喪失する。そうしたことを,EU離脱の一件は教えてくれた。
 本稿執筆時点(2019年4月下旬)では,離脱延長が決まっただけで,そのほかのことは何も決まっていない。EUの歴史は,マーストリヒト条約の締結および加盟国における同条約の批准,ユーロ導入までの紆余曲折,ギリシャ債務危機など,混乱の連続であった。そしてその混乱が最後の土壇場でなんとか落ち着き所を見出すといった展開の繰り返しであった。今回のBrexitも,最後は逆転劇で終わるのではないか?

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