〔論稿〕トランプ政権の思惑と日本の戦略
渡部 恒雄(笹川平和財団 上席フェロー)
ただいま森本理事長から私の略歴等についてご紹介いただきましたが、歯医者は早々にやめました。私の友達の新聞記者が「社会科学への情熱を捨て切れずに」と格好よく書いてくれましたが、私は国際情勢の分析・研究をやりたかったのです。
かつてソ連が崩壊する11年前に『ソビエト帝国の崩壊』というベストセラー本を書いた小室直樹さんという国際政治学者がいます。先ほど私の父親は元国会議員だとご紹介いただきましたが、小室さんは父の旧制中学と新制高校の同級生で親友だったため、家には彼の本がたくさんありました。最初、ソ連が崩壊するなんて本当かなと眉唾で『ソビエト帝国の崩壊』を読んだら、本当に崩壊したので、「すげえな、小室直樹」と思って、他にもいろいろ読みました。
彼はもともと経済学者です。京大の数学科を出ましたが、経済学に移り、その研究でハーバードに行って、タルコット・パーソンズという先生に出会って社会学も勉強し、法社会学、政治学、国際関係と幅広く学際的な研究をしました。おそらく、それゆえに彼のような人物の受け皿が日本の大学にはなくて、大学教授にはならなかったが、バイトで大学教授の家庭教師をしていたという逸話があります。私がやりたかったのは小室さんのような学際的なアプローチで物事を見ることでした。
アメリカに行って、社会科学の分野で学際的なカリキュラムのあったニュースクール大学の大学院(New School for Social Research)で勉強した後、アメリカのシンクタンクに出会いました。これこそ、政治学者、国際関係学者、歴史学者、経済学者が学際的に実際の世界情勢や、アメリカの政策はどうあるべきかを研究するところでした。この仕事をやりたいと思って、1995年にCSIS(Center for Strategic and International Studies:戦略国際問題研究所)に入所しました。以来、長らくシンクタンクで働き、それ以外で仕事をしたことがありません。アメリカではシンクタンク研究者はどこかの時点で政府に入るのが普通ですが、アメリカ国籍のない私は政府には入れず、帰国後も、運がいいのか悪いのか、政府に入ることも、選挙に出ることもなく、ずっとシンクタンクの仕事をしています。
今日もその延長で、トランプがどう動くのか、それが国際社会にどう影響するのか、そしてこれがいつも我々の仕事の肝ですが、日本はどう対応するかということに加え、長期的な戦略をどう考えたらいいのかという、提言をお話しします。
1.トランプ氏の最終目標は何か?
トランプ氏の場合、過去のアメリカ大統領のどのような人物とも、経歴や人格が違うため、彼自身のメンタリティや思惑、個人的な状況をよく見ていく必要があります。これは学際的なアプローチの最たるものです。
日本経済新聞のインタビューに答えて、ファシズム研究が専門で、新聞掲載当時イェール大学の哲学を教えていたジェイソン・スタンリー教授が、「トランプ氏の最終目標は刑務所に入らず、自分と家族を裕福にし、死ぬまで権力の座に居座ること」と発言しています。これは身も蓋もない話ですが、現実を考えれば非常に妥当です。
トランプ氏がもし2回目の大統領選挙で勝利していなければ、既にその時点で4つの刑事訴追を受けていて、そのうち1つは有罪判決が出ていたので、刑務所に収監されてもおかしくない状況でした。アメリカで大統領に選出されるということは、刑事訴追などは、全部ペンディングになり、刑務所に収監される危機を脱しました。
皆さんだって、自分が死んだ後、せめて残された家族をお金で苦労させたくないと思われていると思います。トランプ氏も、かなりの金持ちでありながら、「自分と家族を裕福に」したい。それはこの後どうなるかわからないからです。トランプ氏は父親から継いだニューヨークの不動産業、トランプ・オーガナイゼーションを2人の息子に継がせていますが、彼らも不動産価値の虚偽の申告を摘発されて民事訴訟を受け、ニューヨーク州では不動産業務ができない状況です。トランプ氏は、例えば中東訪問の際には、湾岸のUAE(アラブ首長国連邦)やサウジアラビアという王族のファミリーがずっと統治している国のトップと緊密な関係を作り、息子たちを同行させてビジネスの投資機会をつくり出すというすさまじい公私混同をやっています。
大統領になって訴追がペンディングされているトランプ氏ですが、アメリカは法治国家ですから、それで全部チャラにしてくれるわけではありません。トランプ氏は刑事訴追も受けていますが、民事訴訟も多く抱えています。昨年の最高裁判決で大統領として行った行為の免責を認めていますので、大統領時代のものはかなりの部分、免責されますが、大統領でないときの訴訟も多く、トランプ氏がもし権力の座から転げ落ちると、難しい裁判が待っていますし、そもそも、先ほどお話したような大統領権限を使って、息子たちの会社のビジネスに便宜を図るなどの、利益相反(conflict of interest)で訴えられる可能性も十分あります。裁判には巨額の費用がかかります。アメリカの政治資金規正法はあまりにも緩く、大統領選挙で集めた資金を自分の裁判に使っても問題ないので、トランプ氏はかなりの裁判費用をそうやって捻出していました。
大統領退任後に降りかかってくるであろう裁判に備え、刑務所に入らないためには、二度目の大統領になっただけでは十分ではありません。「死ぬまで権力の座に居座る」ことが重要です。とはいえ、アメリカ大統領の任期は2期までと決まっています。憲法を変えるにしても、日本と同様にそのハードルは高く、上下院それぞれで3分の2の賛成で発議され、日本は国民投票の過半数が必要ですが、アメリカでは州議会の4分の3による批准が必要です。憲法改正以外のセカンドベストとしては、自分の息のかかった人物、一番わかりやすいのはバンス副大統領のような自分に忠誠心を持つ人物を後継にすれば、「死ぬまで権力の座に居座る」ことが可能になるわけです。
大統領としては、まずは11月の中間選挙で大負けするわけにはいかないということです。下院で過半数を取られると、弾劾決議を通されます。そうなると上院に弾劾裁判所が設置され、自分も関係者も上院に呼び出されて証言しなくてはならなくて時間を取られる。さらに上院で民主党が過半数を取ることになれば、上院でも民主党が主導権を持って裁判が行われ、3分の2の賛成でトランプ氏は有罪となるか罷免されてしまいます。
彼は第一次政権に2回も弾劾訴追を受けましたが、共和党議会は、熱狂的なトランプ支持者を敵に回すことができず、トランプ氏を弾劾から2回守りました。しかしトランプ氏もそろそろ80歳になりますし、2期目の終盤の大統領はレームダック化して、共和党議員の忠誠心も弱ります。ですので、今回の中間選挙は負けたくない。両院で過半数の維持は無理でも、大負けしないで何とか、弾劾による有罪や免職は避けたいと考えているはずです。この部分はイラン情勢の今後を見ていく際にも重要です。直近、「一夜にして文明が消滅するかもしれない」とSNSでイランを脅していたのが一転して、2週間の停戦でイランと合意して、停戦協議に入ったのは、ガソリン価格を上昇させて、中間選挙で不利になることを避けたいというトランプ氏の思惑が反映していると思います。
この停戦合意は戦術としても妥当です。イラン側は、米国のような中間選挙はないため、ホルムズ海峡を人質にして、交渉をいくらでも引き延ばせます。ただ、さすがにトランプ氏が本気になり、イランの主要な石油輸出基地があるカーグ島を攻撃されると、アメリカと戦争を続けるにしても軍資金がなくなります。イラン側はそれは嫌なので、トランプ氏の発言をブラフだと思いながらも、彼は普通ではなく、「ひょっとしたらやるかもしれない」と思わせるに足る狂気をはらんでいるので、停戦に合意しました。後でまた話しますが、それがトランプ氏が信奉しているニクソン元大統領が唱えた狂人理論です。いずれにせよ、アメリカの外交を含めた動きに直接投影されているという意味で、トランプ氏の思惑をよく押さえる必要があります。
アメリカの大統領には、一度有罪になった人の罪をなかったことにできる恩赦というすさまじい権限があります。現時点での法解釈では、大統領は自分のことは恩赦できませんが、家族は恩赦できます。バイデン前大統領は、有罪判決を受けた息子を、「恩赦しない」と言っていたのに恩赦しました。トランプ氏は批判しましたが、「待ってました」という感じです。
トランプ氏は実際、第一次政権のときに有罪になった友人などを恩赦しました。第二次政権では、より問題のある恩赦を施しています。2020年11月の大統領選挙でバイデン候補が勝つと、トランプ氏はその勝利を不正なものとして認めませんでしたが、彼の支持者たちが2021年1月6日、大統領選挙の「不正」な結果を覆すとして連邦議会襲撃事件を起こし、この襲撃で暴力を振るった参加者は有罪判決を受けました。この中には、白人至上主義団体とも関連のある「プラウド・ボーイズ」という極右団体のメンバーもいましたが、彼らも含めて有罪となった襲撃参加者をトランプ氏は恩赦しました。トランプ氏のために暴力を振るった集団がしっかり恩赦されて娑婆に出ています。これが無言の圧力となり、議員も含めてトランプ氏に反対する人たちの言論を間接的に脅かす状況になっています。
最近、トランプ氏に多くの献金をしている人の家族が恩赦になりました。自分が金持ちで、身内が刑務所にいるのだったら、今のうちにトランプ氏に多額の献金をすれば刑務所から出してもらえる。当然みんなそう思うので、トランプ氏には献金が集まります。そういうことを彼は堂々とやっています。
特に株式に関しては、事前に大統領の決断がわかっていれば、上がり下がりがわかりますから大きく儲けられます。歴代のアメリカ大統領は、大統領職の期間のインサイダー取引を疑われないために、ブラインド・トラストという見ず知らずの第三者に、自分の保有している株式を管理してもらうのが通例ですが、トランプ氏はそのようなことをやっていません。
トランプ氏には特に罪悪感はないと思います。彼は自分がずっと不動産会社の社長をやってきた延長で大統領をやっています。彼の頭の中ではアメリカは国ではなくて自分の会社ですから、自分のやりたいようにやって儲けられるものは儲ける。身内にも大統領権限を使って儲けさせる。それのどこが悪いのかとトランプ氏は思っていると思います。普通なら司法長官など周囲の人間が「大統領、それは後々まずいことになります」とアドバイスするのですが、それをするとトランプ氏にクビにされますから、誰もしません。
その点で、インテリジェンスと司法人事がトランプ政権の一番の肝です。直近でクビになったパム・ボンディ前司法長官は彼が2回弾劾訴追を受けた際の弾劾裁判において弁護人を務めた人物です。トランプ氏が司法省に求めるのは、彼への忠誠心、つまり、アメリカの法律や憲法よりも彼の利益を優先することです。
トランプ氏に不利なファイルも相当含まれるエプスタインファイルの開示問題では、トランプ氏はボンディ氏にいろいろ指示して、なるべくファイルを開示させないようにしていましたが、共和党議会やトランプ支持者も含めて開示要求が強く、結局、かなりの内容が開示されました。これは共和党も賛成して議会で決議が通っており、ボンディ氏の責任ではないはずですが、トランプ氏には不満だったようです。他にもトランプ氏が、かつて自分を訴追した「自分の政敵」への訴追などを要求し、実際に訴追されたケースもあるのですが、さすがのボンディ氏も、トランプ氏のすべての要求は吞めなかったので、不満を持たれたようです。
ボンディ氏の後任の司法長官は司法副長官が昇格します。トランプ氏がわかっているのは、司法省のトップ4の司法長官、司法副長官、訟務長官、司法副長官代理の全員に、彼の元弁護士を任用したことです。そのような問題のある人事を議会が承認してしまうのは、議員の支持者の中にいる熱狂的なトランプ支持者が怖いからです。共和党のMAGA派の人たちは、トランプ氏に逆らうような議員は共和党の予備選で落とします。また、先ほど触れたトランプ支持の恩赦された過激派組織の存在も、無言の圧力になっています。
カシュ・パテルFBI長官は元検事ですが、トランプ最側近の人物です。FBIは起訴のための捜査をする組織ですので、彼は、バイデン民主党政権下でトランプ氏が訴追された際には、「司法の武器化(weaponization of the judiciary)」として、民主党の司法省を強く批判しました。しかし、現在は、トランプ政権の民主党への「司法の武器化」を積極的に行う存在です。ボンディ前司法長官も、任期中には、トランプ氏に批判的なコミー元FBI長官に対して根拠が乏しい起訴を行うなどかなり、司法を武器化しました。
2.2024年大統領選挙出口調査(CBS News)
今更ですが、熱狂的トランプファンは別として、スイングボーター(浮動層)が2024年の大統領選挙でトランプ氏に投票した理由を確認する必要があります。出口調査を見ると明らかですが、経済、しかも物価です。「経済状況の認識」では、「4年前より良い」24%、「4年前より悪い」53%。「インフレがもたらす家計の状況」では、「深刻」22%、「それなりに苦しい」53%で、75%がインフレで家計が苦しい。そう答えた人たちの69%がトランプ氏、29%がハリス氏に投票しました。熱狂的支持者のトランプ氏支持は簡単には下がらないでしょうが、浮動層は、物価が下がらなければ失望して民主党に投票する可能性が十分あります。そこはトランプ氏も当然よく理解していると思います。
3.矛盾するトランプ政権の経済政策
にもかかわらず、トランプ氏の政策は、物価が上がるような政策しかしていないと言ってもいいほど、矛盾があります。主要貿易国に10%以上の相互関税をかけ、中国への100%以上の報復関税は、今年の10月までは休戦中ですが、その後はわかりません。それから、不法移民の強制送還は企業の人件費を上げます。法人税減税を実施し、トランプ減税(所得税)の恒久化を去年、One Big Beautiful Bill Actで行いました。これらはもちろん経済にプラスの要素も多いですが、間違いなく物価を上げます。不法移民の強制送還は、ICE(U.S. Immigration and Customs Enforcement:移民・関税執行局)の移民狩りで、不法滞在者は怖くて自由にジョブマーケットに出られません。安い労働力ほど不足して、その労働力対価の上昇が物価に転嫁されます。
インフレに不満を持ってトランプ氏に投票した有権者の意向とは矛盾した経済政策をしているわけですが、金利を上げようとするFRB議長に対して常に利下げ圧力をかけ、金利を下げるのが遅過ぎると批判したり、FRBのビルディングの改修をめぐって「訴訟を起こす」と言ったり、経済がわかっているのか、わかっていないのか、不明です。
4.矛盾するトランプ政権の外交安保政策
どんな大統領も2期目はレガシーを作りたいと思うものです。トランプ氏は、外交面でノーベル平和賞に匹敵する成果を残したがっています。みんなが受賞に納得するような成果は、ウクライナの停戦、中東和平、北朝鮮の核兵器開発を止めさせることだと思います。トランプ氏はこれまでの外交における調停活動だけでも、十分な受賞資格があると主張していますが、今の時点では、ないです。
トランプ氏のコアな支持者は、自国の安全と経済利益が最優先で、国際秩序を支えるような外交は求めていません。アメリカ・ファーストで余計な関与はしないという抑制主義が基本ラインです。トランプがウクライナへの資金援助を止めたのは、コアな支持者から非常に好感されています。ただ、抑制主義のアメリカは、戦争という牙がないから怖くない。世界におけるアメリカの求心力を損なって、トランプ氏の外交実績の期待とは大きく矛盾します。
そう思っていたところ、トランプ氏がベネズエラに対して積極的な軍事介入に出ました。有権者も、西半球内は米国の裏庭なので仕方がないと思っていたのもつかの間、次はイランを攻撃しました。昨年6月のイランの核施設の攻撃は12日間で終わった相当に抑えた作戦だったのに、今回は下手をすると地上作戦まで発展するかもしれません。これはMAGA派には納得がいかないことです。現にMAGA派の代表のバンス副大統領はイラン攻撃開始前に、抑制的な提言をしました。ただ、トランプ氏に全面的に反対するとクビになるので、最後まで突っ張れなかったようです。そのような背景もあり、2週間の停戦の間にパキスタンで行われる停戦協議の担当を命じられました。
MAGA派で、もともと中東への軍事介入などしたくないバンス氏にとってはいい機会です。ただし、トランプ外交について言えば、抑制的になれば世界への影響力がそがれ、軍事力行使による圧力はMAGA派が反発するという矛盾を抱えていると言えます。
ちなみに、今日のような話はテレビなどの公開メディアではしません。今度アメリカのビザなし入国(ESTA)のルールが変わって、申請の際に、SNSのアカウントを提出する必要があります。私もアメリカ研究者としてアメリカには入国したいので、入国拒否にならないように気を付けて活動しています。中国滞在中の私の友人2人がオンラインで聞いてくれていると思いますが、「アメリカは入国拒否するだけまだいい。中国は入れてくれるけれども出してくれない可能性がある」という冗談を伝えたいと思います。
5.ドナルド・トランプの創り方(1)
トランプの師匠にロイ・コーンという人物がいます。彼はジョセフ・マッカーシー上院議員の片腕でした。アメリカでソ連の脅威が非常に高まり、政府の中にも共産主義や社会主義のシンパが多く存在した冷戦時代の1950年代、メディアでも、ハリウッドでも、そして社会の至るところで、多くの人が左翼思想のソ連のスパイだということで職場から追放されました。これが魔女狩りならぬ赤狩りで、それを推進したマッカーシー氏にちなんでマッカーシズムと言われます。ロイ・コーン氏も彼の片腕として赤狩りを主導しましたが、問題は、ソ連のスパイだけではなく、議会の非米委員会に呼び出されることを恐れ、レベラルな言論も抑圧されたことです。
やがて赤狩りは批判を浴びて終わりました。当時のアメリカ社会が健全だった証拠です。マッカーシー氏は失脚して、ロイ・コーン氏は故郷のニューヨークで弁護士稼業を始めました。マッカーシー氏がニクソン氏と大変近い関係だったので、彼も弁護士としてニクソン氏の政治力をうまく使いながら、法的なサバイバル術を駆使しました。当時、父親の不動産業を手伝い、訴訟をされて非常に苦労していたトランプ氏は、ロイ・コーン氏と知り合い、法律を使った際どい生き残り策を教えてもらい窮地を脱して、彼のアプレンティス(弟子)になりました。このトランプ氏とロイ・コーン氏の経緯が『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』という映画になり、昨年1月、日本でも封切られました。映画の宣伝広告では、椅子に座っている若き日のトランプ氏の後ろにロイ・コーン氏が立っている絵があります。
ロイ・コーン氏はトランプ氏に3つの教えを授けました。①常に攻撃すること、②非を絶対に認めないこと、③たとえ敗北しても常に勝利を主張すること。
この有名な3つの教えはトランプ氏を考える上で非常に重要です。
最近、トランプ氏はイランに対して「石器時代に戻す」「文明が一夜にして崩壊する」との過激なSNS投稿をしました。これは「常に攻撃すること」に沿っています。今後も妥協的な発言はしないと思います。しかし、妥協しないわけではない。妥協も堂々とするでしょうが、「妥協した」とは言わない。「非を絶対に認め」ず、「我々の勝利だ」と主張する。実はイランも「我々の勝利だ」と言っていますが、別に問題ではありません。表面上、ウィン・ウィンで物事を解決すればいいのです。
「非を絶対に認めない」ということでは、昨年9月、インフレ率が相当上昇して物価が高かったのですが、11月に放送した番組でトランプ氏は「インフレなど起きていない。食料品の価格は下がっている」と発言しました。今年2月24日の一般教書演説では、物価高で生活が苦しいということを批判する言葉、「アフォーダビリティ(物価が手頃で暮らしやすい)」を取り上げて、「民主党が政治目的でつくり上げた汚いデマだ」と堂々と発言しています。これは金持ちはともかく、本当に生活が苦しい人は信じないと思います。
6.ドナルド・トランプの創り方(2)
昨年6月、アメリカはイスラエルとともにイランの核施設を限定攻撃しました。トランプ氏は「地下核施設を完全に破壊した」と言いましたが、今回またイランの核施設を空爆したので、「完全に破壊した」は事実ではないことがわかります。実は、当時、国防総省のインテリジェンス機関、DIA(Defense Intelligence Agency:国防情報局)は「核開発を1~2年遅らせる程度」と見積もっています。でも、MAGA派は、限定攻撃だったこともあり、6月の攻撃を支持し、トランプ氏の発言に納得しました。
ハーバード大学教授のスティーブン・ウォルトは「フォーリンポリシー」誌に、「トランプ氏が最終的にイラン空爆に懐疑的だったMAGA派を説得できたのは、『事実は異なっていても、成果の幻想を作り出す顕著な能力』による」と書いています。これはトランプ氏のかなり大きな資質と言えます。ウォルト氏はそれを政治学者らしく極めてうまく表現しました。「ペテン師」と言われたらトランプ氏は訴訟も考えるでしょうが、こう言われたらあまりぴんとこない。
トランプ氏の特質について、ウォルト氏は次のように続けています。
「トランプ氏のビジネスマンとしてのキャリアは、親の事業を受け継ぎ、何度も倒産を経験したり、虚偽の資産申請などのトラブルもあり、凡庸なものに過ぎなかった。しかし恥知らずなほどの自己PRと嘘と、テレビのリアリティ番組の成功により、ビジネスと取引(ディール)の天才というイメージを作るのに成功した。」
このテレビのリアリティ番組のタイトルは「アプレンティス」です。毎週1回放送の1時間番組で、ビジネス志望の10人ほどの若者がトランプ氏の課すいろいろな課題に取り組みます。番組の最後の評価では、一番できの悪かった人がクビになって、次週は新しい人が入ってきます。クビを言い渡すときにトランプ氏が「You are fired!(おまえはクビだ!)」と叫ぶのが大人気になりました。この番組の成功で、トランプ氏はウォルト氏が言うように、ビジネスの業績は大したことがなかったけれども、ディールの天才というイメージをメディアで作りだしました。最近のテレビやネットで見た人がいると思いますが、イランの革命防衛隊がトランプ氏に対して厳しい反応をして、「You are fired!」と言いました。イラン側はトランプ氏についてよく研究している節があります。
ウォルト氏はさらに続けて、「トランプ氏は共和党支持者に対して、ブッシュ(子)大統領やネオコンのような国家建設の泥沼に入ることなく、米国の安全にも脅威となるイランの核兵器の野望を砕いたという幻想を作り出すことに成功」と指摘しています。
私は今回のイラン攻撃でもそれを期待しています。軍事攻撃に深入りせず、何とか停戦を維持して、「俺が『石器時代に戻す』『文明が一夜にして崩壊する』と言ったからイランは妥協した。俺が勝った」と主張して停戦してほしい。イラン側も「トランプは口ばかりだ。我々がホルムズ海峡を押さえていたから結局退いた。俺たちが勝った」と言って、両方に勝利宣言して、ホルムズ海峡を平和裏に空けてほしい。トランプ氏が、非を絶対に認めず、敗北しても常に勝利を宣言するという特質を理解して、実利を得ることが重要だと思います。
7.トランプ政権の矛盾をどうみるか?
ロイ・コーンの3つの教えと、「事実は異なっていても、成果の幻想を作り出す顕著な能力」に加えて、トランプ氏は、矛盾だらけのカオス(混沌)と混乱は、自分のディールにプラスだと考えています。これはニクソン元大統領が自分の戦略について語ったマッドマン・セオリー(狂人理論)です。ニクソン氏は、当時アメリカと対抗していたソ連や北ベトナムのトップに、アメリカ大統領は時として狂ったように怒り出したり、何をするかわからないと思わせることも、相手を抑止する上で重要であると話していたのです。
今回イランはなぜ、一時停戦に応じたのか。彼らとしては、軍事攻撃が泥沼化してホルムズ海峡を通航できなければ、ガソリン価格が上がってアメリカは困る。そもそもMAGA派は中東への軍事介入を嫌がっているので、トランプ氏の更なる軍事攻撃という発言はブラフだろうと思いつつ、一方ではトランプ氏はまともではないので、軍事攻撃の激化の可能性もあると考えていたはずです。まさにマッドマン・セオリーは、時々非常にうまくいくことがあるのです。トランプ氏の言っていることと、実際にやることは違うというのは、皆さんわかっていると思います。もちろん投資家の方にも重要なことですが、トランプの方向性が全くどちらに転ぶかわからないのが頭の痛いところです。
8.トランプ政権に影響を与える市場と支持率
ただ、それなりに信頼できる要素もなくはない。トランプ氏に影響を与えるのは、まず市場です。彼は恐らく自分でも家族も、かなり多額の株式を持っているので、自分が損をすることはやりません。株価と債券とドルのトリプル安になると、彼は間違いなく一旦後退します。このトランプ氏の行動が、市場関係者が名付けたというTACO(Trump Always Chickens Out)です。昨年4月、一方的な相互関税を打ち出したときもトリプル安になり、トランプ氏は一旦実施を延期して、トリプル安が落ちついたところでもう1回実行しました。これが1回目のTACOです。
2回目のTACOは今年の年初です。トランプは、グリーンランドを領有したい、領有に当たっては武力行使も排除しないと発言しました。グリーンランドはNATO加盟国のデンマーク領です。もしトランプ氏が武力でグリーンランドを取ってしまえば、デンマークと交戦する可能性があり、NATOという軍事同盟が崩壊してしまうので、そうならないように、NATO主要加盟国はデンマークと演習するという名目でグリーンランドに軍を送りました。それに対して、トランプ氏は、制裁のあめにNATO主要加盟国、すべてEU加盟国ですので、結果的にEUに対して報復関税を課すと脅しました。
昨年のIMFのレポートでは、トランプ氏があれだけの関税戦争を一方的に仕掛けたのに世界の経済がそれほど悪くならなかった理由として、例外措置が結構多かったことと、ヨーロッパと日本と韓国などのアメリカの主要取引国が、対抗関税を課さなかったことを上げています。これらの国が対抗関税を課していたら、経済はもっと悪くなっていたはずです。フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長がグリーンランド関連でアメリカの報復関税に対して、それに対して対抗関税を課すと明確に打ち出したところ、トリプル安となり、TACOとなりました。トランプ氏はダボス会議において、米国の特別の地位をNATOが認めたとして、ルッテNATO事務総長とともに記者会見に出て、グリーンランド領有の強硬論とEUへの報復関税を取り下げました。
もう1つトランプ氏に影響を与えるのは、特に共和党支持者の支持率です。ミネアポリスでICE職員が市民を殺害し、それに抗議するデモが起こって、そのデモ参加者がまた移民取り締まり当局に殺害されました。殺害された2人はアメリカ国籍を持つれっきとしたアメリカ市民ですから、共和党支持者の中からも「やり過ぎだ」という声が出てきました。最初はICEをかばっていたトランプ氏も、結局、担当者を更迭し、対立していたミネソタ州のウォルズ知事と電話で話し、態度を軟化させました。
トランプ氏がある程度妥協するときの重要な指標は、市場と、コアな共和党支持者の反発を反映した支持率の低下です。今回のイラン攻撃でも、市場への影響はもちろん、ガソリン高は、トランプ氏を熱狂的に支持している共和党支持の低所得者層の生活に影響を与えます。マッドマン・セオリーで矛盾するメッセージを出しているので、わかりにくいのですが、トランプ氏は、米国の軍事作戦をこれ以上拡大したくはなく、停戦合意を求めていると思います。市場と支持率がトランプ氏を動かすという私の仮説から、現状をみると、そうなります。
1回目の関税のTACOは、関税をかけたくてしようがなかったけれども、株価を考えて少し我慢して実施時期を延長しました。2回目のグリーンランドのTACOは、グリーンランドを領有したくてしようがなかったけれども、経済の悪化を考えて取りやめました。今回のイランのTACOはそれらとは少し違います。
トランプ氏はもともとイランと全面的な戦争は望んでおりませんでした。今回は、トランプ氏は、ハメネイ師の斬首作戦を行えば、イランで体制転換が行われるというネタニヤフ、イスラエル首相の説得に騙されたと感じているのではないでしょうか。すべてが上手くいかないイランと交渉には、飽き飽きしているようで、バンス氏に交渉は任せて、早く終わらせようと思っているようです。そして、「次はキューバだ」と言っています。イランの場合、それほど乗り気ではなかったので、原油高と支持率の低下が、TACOとなる要素です。トランプ氏が戦争を拡大させないのであれば、世界の市場にとっても、我々にとっても非常にありがたい話です。ただ、もちろんこのまま、イランと合意できるかは不透明です。特に、不確定要素はイスラエルで、単独ではイランと戦争できないので、何とかアメリカを引きずり込もうとしています。このまま合意されては困るので、停戦を邪魔することは十分あり得ます。
9.トランプ関税の目的(1)
トランプ氏が何のために大統領をやっているのかという話と関係するのが、トランプ関税の目的を考えることです。一般的には以下の4つと考えられています。
1つ目は、トランプ減税を継続するための財源確保。
2つ目は、アメリカに製造業を取り戻すこと。実は、これがそもそもの関税のあるべき姿に一番近いです。関税は国内産業を保護するために認められています。アメリカの場合、国内産業を保護するというより、外に出た国内産業を取り戻す。これは理屈としてはまともですが、現時点でほとんど目標は達成されておりません。
3つ目は、トランプ氏に得意な使い方ですがアメリカの利益を達成するためのディールの材料です。例えば、フェンタニルという合成麻薬の前駆物質が中国からメキシコ国境の中米の国々に輸出されていて、フェンタニルとして米国内に流入しています。中国にこれを止めさせるために中国に関税をかけています。米国に次ぐ軍事力を持つ中国に対して、軍事力による圧力はさすがに危なくてできないけれども、米国の市場に依存している中国に対して、関税なら結構使えるということです。
4つ目は、対中経済デカップリングにより中国経済を封じ込める。これはトランプ氏自身は、あまり真剣に考えていませんが、政権の中には真剣に考えている人もいます。
10.トランプ関税の目的(2)
この4つに加えて、トランプ氏にとっては、関税政策によって他国を翻弄することが「楽しい」ということが重要です。これは、昨年7月4日の雑誌『Politico』の記事が示しています。この記事が載った当時、日本の関税交渉担当の赤澤大臣が、トランプ氏が一方的に設定した交渉期限に合わせるため、毎週ワシントンを訪れていました。記事は、ワシントンとの往復を繰り返す日本の担当大臣の大変さに言及し、トランプ氏は予測不可能な関税政策で世界を混乱させ、各国を手玉に取る状況を米国民にアピールする『トランプ劇場』の一コマと考えており、トランプ氏は関税を巡る諸外国とのやり取りをゲームとして楽しんでいると指摘しています。
この点に関して、ホワイトハウスに近い関係者の匿名発言が引用されています。「トランプ氏は自身の大統領職で最も面白いものは関税を巡る議論だと考えている」「彼がそれを簡単に手放すとは到底考えられない。全てがフェイク(偽り)だ。実際の(関税交渉終結の)期限はない。これは劇場の見世物で自分が設定した節目にすぎず、それが現状だ」。
軍事攻撃についてもこれと同じように考えると非常に理解しやすいです。トランプ氏は、もし軍事的泥沼に入ったら物価を上げ、自分の支持率にとってマイナスなので、当初は、イラン攻撃のような軍事攻撃を控えていました。でも、ベネズエラで、自分の意のままに、米軍を動員してマドゥロ大統領を捕捉したことで、軍を使った「ゲーム」の面白さを知ってしまった。そこで、昨年6月には、かなり抑制して行ったイラン攻撃を、ベネズエラで行った「斬首作戦」にまで拡大して行った。火事になったら大変なことになるのに、面白いからやってしまう火遊びを、まさにイランに対してやってしまったのだと思います。
本来であれば、MAGA派の人たちが望んでいなかった対外軍事関与をトランプ氏がしてしまったのはなぜかという質問をよく受けます。「『トランプ劇場』の一環だから」というのが、それに対する私の説明です。「トランプ劇場」はトランプ氏にとって重要です。自分が楽しむことも重要ですが、それだけでなく、エプスタインファイルの開示問題、物価高への不満など自身に不利なものから、米国人の視線をよそに向けさせる効果があります。また、泳ぎ続けなければ死んでしまうマグロのように、常に火種をつくり、メディアにネタを提供して自身への関心を維持し、求心力を保つ。今回、もし無事にイランと停戦合意ができたとしても、トランプ氏が、火遊びを止めてしまうとは思えません。延焼して大変なことにならない程度に、面白くて、ちょうどいい火種で火遊びし続けると思います。既に、イランはすっかり飽きたようで、「次はキューバだ」と言っています。
11.トランプ政権の米中関係(1)
米中関係では、トランプ大統領は、中国との貿易赤字は解消したいけれども、中国の台湾統一や、東シナ海、南シナ海での拡張姿勢を抑止することには興味がありません。トランプ政権の閣僚、特にルビオ国務長官、あるいは共和党議会は、中国との地政学的競争に勝利したいと考えていますが、今回のイラン開戦でもそうだったように、トランプ政権にはトランプ氏に異論を唱える者はいません。
今後、中国が台湾に対して武力行使をするような事態になり、トランプ氏が「そんなことは放っておけ」と言ったときに、「いや、大統領」と言う人はそれほどいないというのは、非常に怖い話です。トランプ氏は中国に妥協しかねない。第一次政権のボルトン元国家安全保障担当補佐官は、「トランプ氏は中露などの強権リーダーとよい関係を築くことが、国家関係も良好にすると考えている」と指摘しています。
かなり極端な言い方ですが、中小企業の社長同士の関係を考えれば分かりやすいと思います。あくまでもワンマン企業を例にしますが、中小企業では社長の権力はかなり強いため、社長同士の関係がよければ、そのビジネスはうまくいきます。ただし、国家関係はそれほど単純ではありません。しかし、トランプ氏はそのように考えているので、習近平氏とトランプ氏の次の首脳会談は、米中があまり接近し過ぎると困る、台湾、日本、インドなどにとっては懸念材料になります。
12.トランプ政権の米中関係(2)
昨年10月の米中首脳会談では、経済を悪くしたくないという思惑が一致して、両国は貿易戦争を一時停戦しました。トランプ氏は経済優先ですから、中国側のレアアースカードの輸出規制というカードが相当効いたと思います。
トランプ氏は民主主義国の指導者で、中間選挙を控えていますが、中国にはありません。経済が悪化して支持率が下がったからといって、別に退陣しなくてもいいというのは、中国側の強みです。ただ、一方で、斬首作戦により、トランプ氏は、ベネズエラのマドゥロ大統領を拘束し、ハメネイ氏を殺害しました。中国はベネズエラにもイランにも対空ミサイル等の兵器を提供しています。マドゥロ氏拘束、ハメネイ氏殺害という今回の一連の斬首作戦で、アメリカが高い軍事的能力を示したことで、中国はそれなりに懸念していると思います。
いずれにせよ、米中関係はかなり微妙です。台湾、日本、インドが困惑するほど米中が接近するかどうかわかりませんが、繰り返し言うように経済優先のトランプ氏は、経済を悪くしないこと、物価を下げることが一番の目標です。中間選挙後はわかりませんが、それまでは中国と貿易戦争をやっている場合ではないので、米中関係をそれほどは悪化しないだろうと見ていますが、むしろ米中接近が日本にとってはリスクです。
13.トランプ政権のウクライナ政策
ウクライナに関しては、イギリスの『エコノミスト』誌が書いておりますが、次の①~④のパターンを繰り返しています。
①トランプ政権側がロシア寄りの停戦・和平案を発表して、ウクライナに妥協するように圧力をかける。②ウクライナと欧州のアメリカ同盟国がロシア寄りの案を修正して妥協案を作る。③欧州とウクライナが妥協案をアメリカと合意する。④妥協案をロシアが拒絶する。そして、しばらく動きが止まって、突然またトランプ氏が思い出したようにロシア寄りの和平案を発表するということで、①~④の経緯をたどる。
昨年はこのサイクルを3周しました。今は、トランプ大統領がゼレンスキー大統領にドンバス地方の対露割譲を妥協しろと圧力をかけ始めていますが、4周目の最初の段階だと思います。イラン攻撃による原油価格の上昇は、ロシアの戦費調達を助け、ウクライナ戦争をしやすくするので、プーチン氏への大プレゼントです。ホルムズ海峡の封鎖が継続するようであれば、トランプ側は原油価格を下げたいため、ロシアへの制裁を緩め、ある程度妥協せざるを得なくなり、ロシアが有利になり、ウクライナは苦しくなります。もしイランとの停戦合意が上手くいけば、この①~④のパターンを繰り返すことになるかもしれません。ウクライナの和平に関しては、少なくとも前向きな進展は残念ながら期待できないのが現状です。
14.11月の中間選挙の見通し
11月の中間選挙でアメリカの有権者が重視する政策は、①インフレ・物価30%、②雇用・経済15%、③医療政策11%、④移民9%の順です。イランの核兵器開発阻止という政策は、期待される上位の政策にはありません。イランへの攻撃によるホルムズ海峡の閉鎖がこのまま続けば、ガソリン価格上昇により、すべての物価が高止まりして、インフレが続く可能性は十分あります。
もちろん、中東産石油の供給が止まれば日本を初めアジア経済は大打撃を受け、世界同時不況もあり得ます。これは第一次・第二次オイルショック時を考えればわかります。トランプ第一次政権下ではコロナ感染で多少落ち込みましたが、全般的に景気は悪くありませんでした。バイデン政権もインフレでしたが景気は悪くなかった。今回もし世界同時不況になれば当然アメリカにも不況の波がやってきます。そうなれば、インフレ下の景気後退(スタグフレーション)という「悪性の」経済となり、選挙には勝てません。1979年にイラン革命による第二次オイルショックを経験したカーター氏は、インフレ収束に大変苦労し、大統領選挙で共和党のレーガン氏に大負けしました。レーガン氏も選挙に勝利したのはいいけれども、面倒なインフレ経済を引き継いで、一期目の中間選挙では共和党のボロ負けとなりました。
トランプ氏自身はそこまで経済理論がわからなくても、トランプ政権の経済閣僚やエコノミストはよくわかっているので、原油価格を上昇させるイラン戦争のエスカレーションを選択したくはないと考えているはずですが、イスラエルに引きずられるなどしてその選択をすれば、共和党は中間選挙で間違いなく負けます。
現にアメリカの有権者は、インフレ・物価、雇用・経済について、先行きの不透明感と、トランプ氏の政策がその払拭に努力していないことに非常に不満を持っています。この数字は資料作成当時の今年1月の数字ですが、「今、中間選挙が行われたら、どちらの党に投票するか」を無党派層で調べたところ、27%が民主党、16%が共和党、26%が「わからない」でした。今年の1月初めの時点では、下院は民主党がやや優位で、過半数を取る可能性がやや高い、上院は共和党が過半数を維持するというのが一般的な予想でしたが、現時点では、下院は民主党が間違いなく過半数を取る、上院も共和党が過半数を維持できないかもしれないという予想となり、共和党候補が支持を減らしています。
15.高市首相の戦術を考える
高市首相は、短期的(戦術的)には、イラン情勢への対策として、トランプ大統領を不要に刺激しない、イランとの友好関係を維持するという二兎を追うことです。今年3月の訪米の際、高市首相は、自衛隊の艦船派遣は停戦状態が認められない限りできないことを伝えましたが、トランプ氏がヨーロッパに不満を持っているのをうまく利用して、逆鱗をヨーロッパに向かわせ、火の粉を逃れました。
先ほど言ったようにトランプ氏は人間関係で動くので、今後、米中首脳会談をにらむと、トランプ氏との関係を良好に維持することが重要です。良好な関係を維持したいなら、高市首相に足りないのは、もう少しまめにトランプ氏に電話することです。電話を続けているとだんだん親近感がわき、印象がよくなります。彼は安倍さんから電話がかかってくると喜んで、必ず出てくれたようです。トランプ氏の場合、好きな人とは電話で話したいし、電話では結構まともな人らしいです。
16.日本へのプランAプラス戦略
長期的(戦略的)には、これまでのように日米同盟だけに頼り切って日本の独立・繁栄・尊厳を守ることはできないので、ヨーロッパも動いていますが、プランA(日米同盟)をグレードアップする「プランAプラス」が必要です。日本はアメリカ抜きでは国を守れません。トランプ政権は、ヨーロッパと違って、日本が別に嫌いではないし、対中戦略上、重要だと思っていますので、こちらから同盟を解消する選択は愚かです。ただし、アメリカから一方的に切られる可能性は排除できません。そのときにプランBやプランCに移行できるように、「プランAプラス」にしておくことが必要です。
それにはまず第一に日本の反撃能力などの軍事能力を高めるが重要です。もちろん経済力も上げる必要がありますが、それは簡単にいきません。軍事力増強は比較的短期的にできますし、日本の自衛隊は基礎がありますので、例えば、直近で進めている巡航ミサイル導入など、効果は大きいはずです。また、オーストラリア、韓国、インドなどのインド太平洋の米国の同盟国・パートナー国と、イギリス、カナダ、NATOなどの欧州諸国との横の連携を強めることが重要です。忘れてはいけないのは、中国、ロシアとのコミュニケーション・チャンネルを維持・強化することです。これは不要な衝突を回避する意味だけではなく、アメリカが日本との同盟関係を犠牲にして、中国、ロシアと取引してしまうことに対するヘッジの意味もあります。そして、今こそ中東へのエネルギー依存を低下させるべきです。ここでやらなかったらバカです。
では、残りの時間は質疑応答ということでお願いします。(拍手)
○森本理事長 トランプ氏のやり方を、非常に生々しく我々にわからせていただいてありがとうございました。
それでは、質疑応答に移りたいと思います。
○質問者A 司法長官が更迭され、商務長官の更迭の可能性も取り沙汰されている中、現段階でベッセント財務長官の政権での位置づけはどうでしょうか。ベッセント氏が逆にトランプ氏を捨てて出ていく可能性もありますが、ベッセント氏が退いた場合、経済学者から見ると、トランプ政権の経済政策に対して懸念があります。
○渡部 ベッセント財務長官は、トランプ政権、また日本にとっても、政権にいてほしい人物です。彼は関税だけではなく経済全体を考えてくれます。もちろん彼は関税を否定するわけにはいきません。関税収入が減税への財源になっており、非常に重要な役割を果たしていることを理解していますが、だからといって、やみくもに関税をかけ過ぎて経済をダメにしてはいけないとわかっていますし、ウォールストリート出身の財務長官として金融業界への重しにもなっています。
ベッセント氏と同様にウォールストリート出身者であるラトニック商務長官も、経済全体を見ている人物ですが、エプスタインファイル問題で政権から離脱する可能性もあります。赤澤大臣は、「ラトちゃん」、「ベッちゃん」でずっと交渉してきて、グリアUSTR代表はあまり相手にしていませんでしたが、もし関税派のグリア氏が出てくると面倒です。
御指摘のベッセント氏がどこまでトランプ政権につき合うかということですが、そもそもトランプ政権も必ずレームダックになる時期が来ます。その時期は、中間選挙で負ければ早まりますし、勝っても少し遅れるだけです。一方、ベッセント氏は今、相当な力を持っています。特にマーケットでの評価が高いです。トランプ氏はいろいろ問題が多いですが、マーケットだけは気にしているので、ベッセント氏に対する信頼は、ある程度あると思います。ベッセント氏は優秀だから引っ張りだこでしょうし、やがていなくなる人物の言うことを聞く必要はないので、どこかでうまく政権を離脱することもあり得ます。
司法長官は汚れ仕事を結構やらされますが、財務長官はそれをあまりやらなくていいという意味で安定しています。もう一人重要なのはスージー・ワイルズ大統領首席補佐官です。彼女はトランプ氏に対して厳しいこともある程度言えます。彼女とベッセント氏のどちらかがいなくなると心配だと、政権内外の人たちが考えているというのが私の印象です。
○質問者B テレビなどでは話していただけないような大変刺激的なお話をたくさん聞くことができて、ありがたく思いました。トランプ第二次政権になってから市場は振り回されっ放しで、もういいかげんにしてくれというのが正直なところです。レームダックのお話が出たところで、次期政権について、今のところの見通しをお尋ねします。
○渡部 当然ながら選挙は水物なのでわかりませんが、共和党政権が続く可能性はあります。現職は優位ですし、物価が高いとはいえ経済は悪くないからです。民主党が弱いこともあって、共和党継続シナリオも念頭に置いておくことは重要です。
最初に申し上げたとおり、トランプは3期目をやるのは諦めていて、自分の影響力を残したいと考えています。後継としてはルビオ氏とバンス氏が二枚看板です。副大統領であるバンス氏の方が後継に近かったのですが、彼はMAGA派を代表していますから、今回のイラン攻撃、あるいはベネズエラに関しても積極的に支持していません。トランプ氏からすると、バンス氏は使えない、それに比べてルビオ氏は一生懸命やってくれているということで、ルビオ氏の地位が少し上がった感じです。ただし、バンス氏がイランとの協議で、戦争への深入りを避けて、そこそこに停戦に持っていければ、「バンス、やるじゃないか」となって、信頼が回復する可能性もなくはないです。
この辺は、織田信長政権における柴田勝家と豊臣秀吉のイメージです。どちらが秀吉で、どちらが勝家かはわかりませんが、トランプ氏は部下を競わせるのが好きです。ただ、彼は内輪もめをする人間は嫌いです。普通の政権では、政権内のライバル同士がさや当てをしたりしますが、トランプ政権ではトランプ氏が怖いからそういうことはありません。それがトランプ政権の特徴だと言われています。ルビオ氏とバンス氏は早い段階でそれなりに手を握っていて、ルビオ氏は「バンス氏が大統領候補になるなら、自分は出ない」とまで言っています。これは身を守るための戦術ですが、信長が死ねば(トランプ氏の影響力がなくなれば)どうなるかわかりません。
かたや民主党は、今の時点では有力候補はいません。でも、いなくていいのです。今いても潰されるだけですから、候補者を出すのはトランプ政権が弱ってきてからでちょうどいい。中間選挙が終わって、来年ぐらいから大統領選挙に向けた動きが本格化してくると思います。
例えばテキサス州下院議員のタラリコ氏は、日本で割と有名になりましたが、白人で熱心なキリスト教徒で、「他者を赦しなさい」というキリスト教のそもそもの教えに沿って、今の分断している政治の和解を訴えています。熱心な支持者が集まっており、中間選挙では共和党が強いテキサス州で連邦上院議員を目指します。ライバルの民主党候補はかなり強い人でしたが、下馬評をはね返してタラリコ氏が予備選で勝利して候補になりました。もしタラリコ氏が上院議員になれば、アメリカの場合、上院議員になったばかりの勢いのある人間が大統領候補に一番ふさわしいというパターンに当てはまります。近いところではオバマ氏、古くはジョン・F・ケネディ氏がそうでした。彼のような勢いのある人が短期間に一気に上がってくるのがアメリカの大統領選挙なので、まだまだわかりません。
民主党の知事にも人材がたくさんいます。とかくカリフォルニア州のギャビン・ニューサム知事が取り上げられますが、どちらかといえば、カリフォルニアのようなリベラルなところで強い人より、共和党も強いスイングステートや保守州で生き残っている知事が結構いて、バージニア州知事もそうですが、その中から出てくる可能性は十分あります。いずれにせよ、民主党は現職ではないので、普通に予備選が行われ、そこで切磋琢磨して候補が出てきます。しかも、共和党はもういい、次は絶対民主党だと考えている人はかなり多いはずなので、民主党側が候補選びを間違えなければ十分に戦えると考えていいです。
○森本理事長 それでは、まだいろいろあろうかと思いますが、時間も超過しましたので、本日の「資本市場を考える会」は以上とさせていただきます。
改めまして渡部様、大変生々しくエキサイティングな話をありがとうございました。(拍手)
(本稿は、2026(令和8)年4月8日に開催した講演会での要旨を整理したものであり、文責は当研究所にある。)
御略歴等
【専門分野】
- 米国の外交・安全保障政策、アジアの安全保障
【略歴】
- 1963年福島県に生まれる。1988年、東北大学歯学部卒業、歯科医師となるが、社会科学への情熱を捨てきれず米国留学。1995年ニューヨークのニュースクール大学で政治学修士課程修了。同年、ワシントンDCのCSIS(戦略国際問題研究所)に入所。客員研究員、研究員、主任研究員を経て2003年3月より上級研究員として、日本の政党政治、外交安保政策、日米関係およびアジアの安全保障を研究。2005年4月に日本に帰国。以来CSISでは非常勤研究員を務める。三井物産戦略研究所主任研究員を経て、2009年4月から2016年8月まで東京財団政策研究ディレクター兼上席研究員。10月に笹川平和財団に特任研究員として移籍。2017年10月より上席研究員となり、2024年4月より現職(上席フェロー)。外交・安全保障政策、日米関係、米国の政策分析に携わる。
- 2007年から2010年まで報道番組「サンデープロジェクト」(テレビ朝日系)のコメンテーターを務め、現在、「深層ニュース」(BS日テレ)、「報道1930」(BS-TBS)、「プライムニュース」(BSフジ)などで国際問題を解説。2010年5月から2011年3月まで外務省発行誌「外交」の編集委員を務め、現在、防衛省の防衛施設中央審議会委員。
【著書】
- 『国際安全保障がわかるブックガイド』(共著、2024年、慶應義塾大学出版会)、『NATO(北大西洋条約機構)を知るための71章』(共著、2023年、明石書店)、『デジタル国家ウクライナにロシアは勝利するか?』(共著、2022年、日経BP)、『防衛外交とは何か-平時における軍事力の役割』(共編著、2021年、勁草書房)、『2021年以後の世界秩序-国際情勢を読む20のアングル』
- (2020年、新潮新書)、『いまのアメリカがわかる本・最新版』(2013年、三笠書房)、『二〇二五年米中逆転―歴史が教える米中関係の真実』(2011年、PHP研究所)等。