〔講演〕北朝鮮情勢を読み解く
礒﨑 敦仁(慶應義塾大学教授)
1.北朝鮮情勢への視座
ただいま御紹介にあずかりました慶應義塾大学の礒﨑です。本日は、貴重なお時間を頂戴してお話しさせていただきます。
北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)は、御存じのとおり、現在、金正恩(キム・ジョンウン)政権です。この政権は、金正恩氏の父親の金正日(キム・ジョンイル)国防委員長が2011年12月に死去した直後から発足し、既に15年目です。金正恩氏が北朝鮮のトップに立ったとき、日本はまだ民主党政権、中国はまだ胡錦涛政権でした。習近平氏が国家主席や中国共産党総書記になるよりも前に金正恩氏は北朝鮮の最高領導者になっています。
北朝鮮は、金日成(キム・イルソン)から始まり、金正日、金正恩と3代世襲による権力継承によって現在まで至っています。ソ連、そして東ヨーロッパの全ての社会主義体制が崩壊してから35年間、北朝鮮は「崩壊する、崩壊する」と言われ続けながらも潰れませんでした。金正恩政権の発足時、彼はまだ27歳で、「実績も経験も少ない若い指導者が突然出てきて、1つの国家を統治できるわけがない」と、北朝鮮崩壊論がまたもてはやされました。体制というものに永続はあり得ず、どこかで崩壊するとしても、金正恩が27歳で握った政権は15年目を迎えています。政権発足時の「あの政権は危うい」という主張は、結果として誤りであったことは直視しなくてはいけません。
皆様方、十分御承知のとおり、人は自分の考えに近い方向になびいてしまいます。インターネットニュースで、自分の考えに近いもの、関心のあるものをクリックしていると、その方向のニュースがどんどん流れてくるのと同じです。大多数の日本人は、拉致、核、ミサイルという大きな問題を抱える北朝鮮のような国が隣にあるのは、厄介だと考えています。だから日本では、北朝鮮は崩壊するという主張の方がもてはやされます。たとえそれが日本人の希望的観測にすぎず、外れているとしても誰も非難しません。残念ながら今後も北朝鮮崩壊論はもてはやされ、「うん、うん」とうなずいてもらえるだろうと思います。
我々はどうしても北朝鮮の脆弱性ばかりに目を向けてしまいますが、北朝鮮という国家が1948年に誕生してから、彼らはあの独特な、世襲による王朝的な国家の維持に注力してきて、間もなく建国80年を迎えます。昨年、建国77年を迎えましたが、北朝鮮に住んでいる76歳、77歳の御高齢の人たちは生まれたときからあの体制です。金正恩氏に反するような反体制的なことを口にしたらどうなるかということぐらい彼らは分かっています。北朝鮮の政治は極めて安定的に推移しているように思います。
対外的には、言うまでもなく彼らが核ミサイルの保有を考えてから久しいです。北朝鮮からすれば、アメリカは、イラクのフセイン政権、リビアのカダフィ体制を潰し、今年1月にはベネズエラのマドゥロ大統領を拘束したような決断力、軍事力を持つ国です。そのアメリカも、北朝鮮がワシントン、ニューヨークに届くミサイルを持つなら攻撃できません。ミサイルがアメリカに対する抑止力になるというわけです。我々、特にアメリカ政府は、「ソ連も東ヨーロッパの国々も崩壊した。北朝鮮は石油が出るわけでもないし、資源がない。そんな貧しい国が、核、そしてアメリカ本土に届くICBM(大陸間弾道ミサイル)などつくれるわけがない」とナメていました。その結果、今に至っているという現実から目をそらすべきではありません。
対内的には、3代続いた世襲からさらに4代目に向けて相当早い段階から整備を始めて、政治体制、支配体制を盤石化していくことに注力しています。北朝鮮のメディアにはもう3年3か月も前から金正恩氏の娘が登場しています。非常に重要な場面、例えば閲兵式、軍事パレードを最前列で見守る姿や、鶏がたくさんいる養鶏場を視察する金正恩氏の隣に立つ姿など、北朝鮮の人々はテレビメディア、そして毎日読むことが義務化されている「労働新聞」を通じて、彼女の姿を毎日のように目にしています。
朝鮮語は日本語と同じように尊敬語、謙譲語、丁寧語があります。金正恩氏の妹の金与正(キム・ヨジョン)氏、皆様も顔が思い浮かぶかと思いますが、彼女に対して一度も尊敬語を使ったことがない北朝鮮メディアが、10代前半にしか見えない娘に対しては、「尊敬するお子さま」と最大限の敬語を使っています。この娘が後継者どうか、また、その名前すら北朝鮮は公開していませんが、誰がどう見ても後継者にしか見えない演出が3年以上されている。直系の娘が重要だということです。金正恩氏はまだ40代前半です。これからも政権を率いていく意思は強いように見えますが、いざというときのために、非常に時間をかけて後継体制の整備を始めたという印象です。
北朝鮮のことはなかなか断言しにくいのが実情です。申し上げたように、「あんなに人権を侵害して、あんなに貧しいままで、どうせ4代世襲など人々の支持を得られず崩壊するだろう」という希望的観測の方がもてはやされるのも、北朝鮮の内部が見づらいからにほかなりません。我々研究者、特に私のような民間の一研究者は、北朝鮮研究のためには複数のアプローチが必要です。幾つあるかも分からないジグソーパズルの様々なピースを集め、北朝鮮の全体像がどうなっているかを描くしかありません。
本来、地域研究は、アメリカ政治の研究者ならワシントンに行ってインタビューや世論調査をする、インド研究者ならインドに留学するというように、研究対象地域に直接行ったり住んだりするのが王道ですが、我々はそれが難しい。
1990年代半ばまで、日本で一番の旅行社であるJTB、当時ナンバーツーだった近畿日本ツーリストも北朝鮮ツアーを堂々と催行していました。名古屋(小牧空港)と新潟からは平壌(ピョンヤン)への直行チャーター便がバンバン飛んでいました。しかし、新潟の女子中学生・横田めぐみさんが1970年代に北朝鮮工作員に拉致され、その後20年もたってようやくその事実が明るみに出た96年、97年になると、日本の北朝鮮に対するイメージは地に落ちました。北朝鮮への観光どころではなくなりました。
実は北朝鮮は外国人が来ることを依然として歓迎しています。自分たちに都合のいい場所を見せ、都合のいい主張をし、北朝鮮にいいイメージを持って帰ってもらえば体制の宣伝になるし、当然、外貨も獲得できるわけです。平壌に行った外国人は、必ず付く案内人と一緒に専用の車に乗り、こんなにきれいなマンションが建っています、平壌市民はこんなに立派なウォータースライダーがあるプールで楽しんでいますと、いいところだけ見て回ります。こちらが自由に見て回れるわけではありません。その意味では、北朝鮮に行けなくはないし、フィールドワークは不可能ではないけれども、それは実態を伴わないものです。確かに一部の平壌市民はプールで楽しんでいても、我々が全体像を描く材料にはならないのです。
だからこそ日米政府はそれぞれ多額の費用を使って衛星を打ち上げてきました。上空から北朝鮮の行動を監視する衛星画像分析という手法が活用されています。日本も10基の情報衛星を打ち上げて上空から北朝鮮を監視しています。それにより、「北朝鮮のこの辺りでミサイル発射の兆候がある」といったニュースが近年増えました。
ただ、衛星画像分析も万能ではありません。この分析で北朝鮮がミサイル発射準備をしていることが捕捉された場合、準備をしているのは事実でも、それを打ち上げるかどうかという政治的な判断までは分かりません。そして、地下に潜って開発しているものは見ることができません。そもそも北朝鮮も日米が上空から見張っていることを知りつつ行動していますから、その辺はイタチごっこと言わざるを得ません。
ここ20~30年来、北朝鮮分析で重視されてきたものの1つに、脱北者・亡命者へのインタビューがあります。韓国への亡命者数は延べ3万5,000人に達していますが、今日の皆様はプロですから、「すごい数の亡命者が韓国に住んでいる。これは相当な情報だ」というふうに数字のマジックにだまされることはないと思います。冒頭に申し上げたように北朝鮮は建国77年ですから、77年間で3万5,000人にしか亡命していない。北朝鮮の全人口2,600万人のうち、亡命者は毎年100~200人、金正恩政権に入ってから多くても1,000人程度です。その人たちが北朝鮮のことを代弁できるのかという意味では、インタビューとしてはかなり難しいのです。
そもそも北朝鮮の社会は我々の社会とは違います。今日、私は神奈川県の大学キャンパスで少し業務をしてから、日本橋のこの会場に参りましたが、北朝鮮の地方に住む多くの人々は、国外に行く自由どころか、国内移動の自由すらない。このことを忘れてはなりません。親戚の法事や重要なことがあっても、首都・平壌にはそう簡単に入れません。一生に一回でいいから平壌を見てみたいというのが地方の人たちの憧れですが、彼らの多くは一回も平壌に行くことなく生涯を終えます。おなかをすかせて地方から逃げてきた人生で一回も平壌に行ったことがない亡命者に、彼らの生活や政治的な不自由は聞けても、我々が知りたい北朝鮮の政治体制や軍事状況という核心的なことを聞き出すのは難しいのです。しかも、亡命前のことは聞けても、亡命後に起きている新しい情報は得られないわけです。
もちろん衛星画像分析や脱北者がもたらす情報が無駄だというわけではありません。申し上げたいのは、様々な情報を得ようとしても、それはジグソーパズルのような断片的なものであって、万能な情報はないということです。だからこそ情報を必死に集めながらクロスチェックしていくしかありません。私は民間の一研究者ですから、できることは限られていて、最近はよくオシントという言い方がされますが、結局、北朝鮮が発信している公開情報、オープンソースをどう読み解くかに集中してきました。
北朝鮮では、支配政党の朝鮮労働党の機関紙「労働新聞」を読むことが事実上、全国国民に義務として課されています。レストラン、工場、農場、学校、どこでも毎日朝礼が行われ、その場で代表者が「労働新聞」1面を大きな声で読み上げます。それによって一人一人に党の政策、最高指導者の指示が行き渡るようになっています。「労働新聞」を初めとする北朝鮮メディアは当然プロパガンダですから、北朝鮮に不利益になること、北朝鮮が隠したいことは何も書いていません。でも、プロパガンダだからこそ、彼らの論理、彼らがどのような国づくりをしたいのかというビジョン、方向性を読み解く上で意味があります。
これはもう歴史になってしまいますが、2018年6月の「労働新聞」が、シンガポールでの史上初の米朝首脳会談を大きく報道しました。金正恩国務委員長が超大国アメリカの大統領と対等な立場で会談していることを国民に見せつけるのに十分な装置でした。そして、2回目の首脳会談を行うべく、金正恩国務委員長は平壌から列車で中国を経由してベトナムのハノイに向かいました。このとき平壌で盛大に行われた出発式の様子を、「労働新聞」は「金正恩同志が米朝首脳会談のために出発された」と敬語で報じています。
北朝鮮では、自分たちがまだ貧しいのは、アメリカが国連を主導して経済制裁をがんじがらめにかけているからだ、経済制裁によって厳しい思いをしているという説明を長年行ってきました。当然、金正恩国務委員長の失政によって貧しくなったなどとは絶対に認めませんから、あくまでも対外要因であって、アメリカや国連が悪いという言い方をしてきました。だからこそ北朝鮮の人々は、シンガポールでの史上初、ハノイでの2回目の米朝首脳会談に対して、経済制裁が解除されるのではないか、そうすれば北朝鮮もようやく経済発展の道筋に乗れると大きく期待していました。
しかし、2019年2月のハノイでの米朝首脳会談は、金正恩氏が核施設を全て開示することを渋ったため、トランプ大統領が怒って席を立ち、何ら合意することなく決裂に終わりました。金正恩氏が戻ったときの「労働新聞」の1面トップは、「ベトナム社会主義共和国に対する公式親善訪問を成功裏に終えられて、祖国に到着された」でした。「米朝首脳会談」などどこにも書かれていなかったのです。プロパガンダメディアで、「失敗した」「お土産を持って帰れなかった」とは書けないので、論理のすり替えをしたのです。
もちろん北朝鮮の人々もバカではありません。大きなディールをしに米朝会談に行ったはずなのに、ベトナム公式親善訪問から帰ってきたとされているのは、うまくいかなかったということだなと気づきます。今日も隅から隅まで読んできましたが、私は30年近く毎日「労働新聞」を読んでいます。米朝首脳会談について堂々と書かず、ベトナム公式親善訪問成功と論理をすり替えているところから、人々の期待に反して何も得られなかったという北朝鮮の落胆ぶり、失望感を読み取ることができます。
間もなく閉幕になると思いますが、今ちょうど朝鮮労働党第9回大会が開かれています。この5年に1回の大きな党大会で金正恩氏がどのような形で対外メッセージを出してくるか、注目せざるを得ませんが、北朝鮮ではそもそもなぜ党大会が重要なのかもきちんと見ておく必要があります。
我々は、思想・信条の自由といったことを定めているのが憲法だと思っていますが、北朝鮮は、憲法第3条で「朝鮮民主主義人民共和国は、偉大な金日成・金正日主義を国家の建設と活動の唯一の指導的指針とする」と明確に定めています。金日成も金正日も亡くなっているとなれば、金日成・金正日主義を掲げて解釈するのは金正恩国務委員長です。
そして、第11条で「朝鮮民主主義人民共和国は、朝鮮労働党の領導の下に全ての活動を行う」と定めています。朝鮮労働党という支配政党の指導の下に国家がある。党が国家を指導するのであって、党の方が優位であるということですから、5年に1回の朝鮮労働党大会が非常に重要で、党大会の方針の下に最高人民会議という国会が開かれ、憲法をいじったりするわけです。
2.南北統一の否定
北朝鮮では、国内で金正恩の娘を登場させて3年3か月たちました。他にもこの2~3年の間に大きな変化がありました。それは国是とされてきた南北統一を捨てたことです。
北朝鮮は、韓国について、これまで国としての存在を認めず、あくまでも南朝鮮の傀儡一味であるとしてきましたが、2年ほど前から南朝鮮ではなく大韓民国と正式名称で呼ぶようになっています。これは簡単な論理です。北朝鮮はもはや統一を捨て、韓国を主権国家として認めて正式名称で呼ぶ、だから韓国も北朝鮮の吸収統一の夢を捨て、北朝鮮を主権国家として認めよ、朝鮮民主主義人民共和国は朝鮮半島の北半分だけだと主張し始めたということです。非常に現実的な考え方で、守りの姿勢とも言えます。
北朝鮮は、武力での半島統一を目指し1950年代に朝鮮戦争を起こしました。それが失敗して、1960年代にゲリラをソウルに派遣し、朴正煕(パク・チョンヒ)元大統領の命を直接狙いました。それも失敗すると、今度はミャンマー外遊中の全斗煥(チョン・ドファン)元大統領を狙いましたが、ラングーン事件と呼ばれるこのテロも失敗しました。
どんどん選択肢が狭まってくる中で、経済力も、国際的な威信も、北朝鮮と韓国のどちらが上か、既に決着がついてしまった。国民1人当たりの所得は、韓国は日本を抜くまでになったにもかかわらず、北朝鮮はアフガニスタンよりも低く、アジア最貧国であり続けています。北朝鮮主導の半島統一が難しいこと自体、北朝鮮も分かっていますから、北半分だけを守り抜く方向に転換しました。つまり、「あの体制」を長期化・永続化させる策の1つであると言うことができます。
3.軍事力強化と露朝蜜月
「あの体制」を長期化・永続化させるために、北朝鮮は軍事力も伸ばしてきました。父親の金正日は、17年の政権期間中、16発のミサイル発射実験を行いました。そのうちの1つが1998年のテポドン1号の発射です。ミサイルが日本上空を飛び越してテポドン・ショックとして大きな話題になりました。一方、金正恩氏は、軍事力強化、兵器開発のピッチを速め、既に200発以上のミサイルを発射しています。北朝鮮は貧しい国だ、核を持てるわけがないし、国民も最高指導者を支持しているわけがないから、そのうち崩壊するだろう、放っておけばいいという態度を特にアメリカがとり続ける中、今年で北朝鮮が核実験を始めてから20年もたつという状況に至っています。
北朝鮮は対米抑止力として核ミサイルを開発してきました。近年はウクライナ情勢がそれを後押ししているように見えます。北朝鮮からすれば、ウクライナ、そしてベネズエラも、自分たちを守ることのできる抑止力として、相手に反撃できる核ミサイルを持っていなかったためにロシア、アメリカにやられてしまった。核ミサイルを手放してはならないと、その必要性を再認識したということです。
ロシア・ウクライナ戦争は北朝鮮情勢にとにかく大きな影響を与えています。北朝鮮が貧しいのは、国内の政治的な問題もあるでしょうが、経済制裁がかかっていることもまた1つの理由です。その経済制裁、国連制裁を国連安保理の常任理事国自らが破っているのが今の状況です。日本は北朝鮮と貿易していません。2010年から輸出入額はゼロです。私が研究のために読みたいと思って1冊100~200円の北朝鮮の本を平壌から輸入したら、日経新聞に「外為法違反」と出てアウトです。2010年から本1冊でも輸入できないほど厳格な経済制裁を履行している国がある一方で、ロシアは北朝鮮からバンバン武器を買っています。経済制裁とは何なのかと考えざるを得ません。
北朝鮮は貿易統計を公表していません。しかし、釈迦に説法ですが、貿易は必ず相手国がありますから、相手国、周辺国の貿易データを見ると、北朝鮮の輸出入が分かります。日本、中国、韓国、それぞれの北朝鮮との貿易額の推移を調べました。
小泉元総理が日朝首脳会談で平壌に赴き、5人の拉致被害者を奪還したのは、もう24年も前の2002年です。そもそも北朝鮮の対外経済規模は非常に小さかったわけですが、この頃、北朝鮮にとって日本は中国、韓国に次ぐ重要な貿易相手国でした。だからこそ小泉元総理と会談して支援を得て、貿易額も伸ばして経済発展につなげていきたいと考えていました。しかし、これ以降、日本は経済制裁をどんどん厳しくして、申し上げたとおり、2010年以降、北朝鮮に対する輸出入はゼロです。
中国は、2016年、2017年に北朝鮮が核実験を続けたため、ついにアメリカと協力して経済制裁決議に賛成し、その履行で対朝貿易額はガクッと落ちました。しかし、2000年から2014年までの15年間は、日本が経済制裁を強化し続ける一方で、対朝貿易額を15倍ほどに伸ばしました。「これをザルと言わずして何と言うか」ですが、日本は、民主党政権であれ、自民党政権であれ、経済制裁をかけてきた側ですので、それに効果はなかったと認めることは今後もないと考えられますし、「北朝鮮への経済制裁はザルだ」などと言ったら日本の世論から袋だたきにあいます。
対朝経済制裁は日本にとって行うべきものです。効果がないとは言えないものです。でも、統計を見れば明らかなように、北朝鮮は、日本と貿易できないのであれば、他の国と貿易すればいい。中国は社会主義国で、北朝鮮の同盟国でもあります。それに、私から見れば、そもそも日本の言うことを聞いてくれる国ではないので、北朝鮮との貿易は仕方がないのかもしれませんが、ここで問題提起すべきは韓国です。
韓国は、日本が厳格な経済制裁を履行し続ける間、北朝鮮にジャブジャブと外貨を流し続けました。これは進歩政権ではなくて保守政権の話です。日本が対朝貿易をゼロにした2010年頃は李明博(イ・ミョンバク)政権でした。李明博政権5年間の後、さらに貿易額を伸ばした時期があって、そのときは朴槿恵(パク・クネ)政権でした。どちらも保守政権でありながら、日本と足並みをそろえることなく、北朝鮮に外貨を流し続けました。私は経済の専門家ではありませんが、やはりデータを見ながら北朝鮮政策を組んでいくべきであると思います。
日本は、拉致、核、ミサイルの中でも、拉致という日本人の心としてどうしても許せない問題があります。拉致問題は、被害者と加害者、白黒がはっきりしています。横田めぐみさん、蓮池薫さんたち拉致被害者の方々には何の落ち度もありません。日本は100%被害者ですし、北朝鮮は100%加害者です。我々日本国民が北朝鮮を非難するのは当然であり、本来であれば、交渉ではなく、無条件で北朝鮮が謝罪し、全ての拉致被害者が健康な状態ですぐにでも一括で奪還されることが望ましいわけです。
しかし、その望ましいことを言い続ければ世論は納得してくれるものの、現実を直視すると、小泉元総理が自らリスクを負って、2002年の日朝首脳会談で、外交交渉によって蓮池薫さん御夫妻、地村保志さん御夫妻、曽我ひとみさんの5人を取り戻しました。当時、日本は北朝鮮に制裁をかけていません。それ以降は20年間にわたって制裁をかけ続けていますが、誰も奪還できていません。「対話する必要などない、あんな理不尽で何をしているか分からないクレージーな国」と対話した結果、少なくとも5人の拉致被害者と、その後の小泉元総理の再度の平壌訪問でその5人の方々の御家族も取り返しているわけです。
2018年のシンガポールでの米朝首脳会談は、北朝鮮の非核化からはほど遠い交渉決裂で終わりました、それでも、トランプ大統領が金正恩氏と直接交渉することによって、北朝鮮に拘束されていた全てのアメリカ人を取り返し、少なくとも1年間はミサイル発射実験を止めました。2018年は、金正恩政権でミサイルを発射しなかった唯一の年です。制裁では何も動かなかったけれども、外交交渉によって一部は動いたということです。
拉致被害者全員が帰ってこなければ、そんなことをやっても意味がないという意見も道徳的に正しいです。北朝鮮に対してはあくまでも完全な非核化を目指すべきだという主張も確かに正しいので、私も真正面から否定できませんが、そうした完全かつ最大の目標をあの厄介な国との間で達成し得るのか。もう少し現実的な外交をやっていただきたいと常に思っている次第です。
平壌では外国人が宿泊するようなホテルでも停電が頻繁に起こりました。最近は平壌全域で停電がほぼなくなったとすら言われています。それは全て金正恩元帥様のおかげと北朝鮮は説明していて、戦争特需を認めていません。日本のメディアも北朝鮮の戦争特需をなかなか報道しませんが、ロシア・ウクライナ戦争で、北朝鮮は、ロシアに武器を売り、派兵もしている結果、戦争特需が生まれています。北朝鮮がロシアに何を渡し、ロシアから北朝鮮にどのくらいの外貨が渡っているのか、両国とも公表していないので、分かりづらいのですが、がんじがらめの経済制裁をロシアとの蜜月で突破し、一部で好景気が発生していることは否定しようがありません。
北朝鮮のメディアを見ていても、金正恩氏の演説から悲壮感が消えました。以前は人々の前で涙を流しながら、こんなに経済的につらい思いをさせてすまないというようなことをよく言っていましたが、今は非常に自信を持って、平壌も地方も発展させていくという意思を明確にしています。以前よりも外貨を獲得できる源泉を持っているということです。
ただ、ロシア・ウクライナ戦争がずっと続くものでないことも北朝鮮は分かっています。この戦争が終われば、プーチン政権は平壌を必要とせず、平壌は潤わない。そもそも北朝鮮は自主路線・自主外交の主体(チュチェ)思想が基本ですから、1つの国に寄りかかるのは本来の姿ではない。昨年9月、金正恩氏は6年ぶりに北京を訪問して中朝首脳会談を行い、中国との関係修復にも努めています。
まるで冷戦期のようです。冷戦期、金日成氏は、中ソ論争で対立しているソ連と中国を行ったり来たりしながら、双方から利益を得つつ自主路線を獲得しました。その等距離外交のようなものがあったからこそ、今の体制が生き延びていると北朝鮮は解釈しています。ソ連に寄りかかっていた東ヨーロッパの国々は潰れました。中国に寄りかかり、中国を模倣したような国は改革開放路線に転じました。でも、北朝鮮は、ソ連とも中国とも距離を置いていたから、独自の国家づくりができているという考え方です。
これは今も変わりません。ロシアと蜜月関係にあるようでも、北朝鮮が本当にロシアを信用しているということはあり得ません。北朝鮮が同盟国である中国やロシアを信用していたら、そもそも自分で核ミサイルをつくる必要はありません。中露の核の傘に入ってしまえばいいからです。自主国防を明確にしているというのは、バランス外交であるということです。
ロシア・ウクライナ戦争に伴う戦争特需がいつ終わるか分かりませんから、究極的にはアメリカと交渉した方がいいということになります。しかし、金正恩氏はハノイでの米朝首脳会談で恥をかかされたと考えています。拘束されていたアメリカ人を解放し、ミサイル発射実験も止めたにもかかわらず、北朝鮮はアメリカからビタ一文得ることができませんでした。次はアメリカが譲歩する番だ、トランプ大統領が大幅に譲歩してくれるなら、再交渉してもいいというスタンスをとり続けています。
当然これまでのアメリカでしたら、例えば国交正常化をするとか、北朝鮮に大幅譲歩するなど考えられませんが、今のトランプ大統領は予測不可能性が高いことは言うまでもありませんし、第1期目と比べて、第2期目に入ってからは格段にレガシービルディングに熱心になっています。「自分はノーベル平和賞が欲しい」と明確に口にするようになってきた中で、ウクライナや中東などの問題で成果が得られなかった場合、再び北朝鮮問題に関心を示し、一方的な譲歩を示してでも自分のレガシーを獲得する可能性は否めません。
ここは私の範疇ではなく、アメリカ研究の専門家にお聞きすべきところですが、北朝鮮はそれを狙っていると思うのです。1970年代初め、キッシンジャー外交で日本の頭越しにニクソンが訪中し、米中国交正常化に至ったことを忘れてはなりません。アメリカ国民には、我々と違って拉致問題のような国民的感情の問題がありませんから、世論を要因として考えることなく、大統領の一存で一気に物事が進む可能性を注視すべきです。
4.足並み揃わない対北朝鮮外交
国連加盟国193か国のうち、北朝鮮と国交を持っているのは今159か国です。北朝鮮は日米韓とは国交を持っていませんが、国連全加盟国の8割以上の国、カナダともオーストラリアとも国交を持っています。日本は、193か国のうち、北朝鮮とだけ国交を持っていません。日本からは北朝鮮は孤立しているように見えます。「国際的に孤立している北朝鮮は」とわざわざ枕詞を付けているのを日本のメディアでは目にすることがあります。でも、国際的に本当に孤立していたらとっくに崩壊しています。
平壌に行くと、イギリス大使館、ドイツ大使館、もちろんスウェーデン大使館もあります。イギリス、ドイツはG7の仲間ですが、日本がこんなに制裁をかけて拉致問題を解決しようと努力しているのに、彼らは、解決への協力を呼びかける日本に「はいはい、そうですね」と言う一方で、北朝鮮と外交関係を続けて大使館まで置いている。この辺、足並みがそろっているわけではないことを我々はもっと認識して、国際的に連携することが本当に可能かということを考えるべきです。
日本は、すぐ隣にある北朝鮮について、新聞やテレビで常に話題になりますし、リスクとして常に考えていなければいけないという問題意識を持っています。しかし、ヨーロッパの人々は、たまに北朝鮮のニュースが出ても、別に北朝鮮のミサイルがこっちまで飛んでくるわけではない、中東にもっと大きな問題があるということになります。自分の問題として結び付いていないわけですが、これは我々も同じです。新聞のトップに、ミャンマーの問題や、シリアで子どもたちが大勢死んだと出たときはとても悲しい思いをするけれども、いつの間にかミャンマーのことも、シリアのことも、香港のことも忘れているのではないでしょうか。
アメリカも、日米同盟といっても、日本とは温度差があります。リビアやイラク、はたまたベネズエラと違って北朝鮮では石油が出ません。北朝鮮を攻撃して金正恩体制を追い詰めて崩壊させたとしても、アメリカが石油の利権を取れるわけではありません。北朝鮮政策はアメリカにとって優先度が下がるに決まっているわけです。アメリカの大統領は、同盟国の日本の首相に対してリップサービスはしてくれます。「拉致被害者の問題、大変ですね。一緒に協力して解決しましょう」で、もう20年やってきました。北朝鮮の問題は、懸案だと思ったことは日本が独自に動かないといけないですし、日米韓で連携できるのかということは常に考えておかないといけません。
5.日朝関係の行方
最後に、日朝関係についてお話しします。
北朝鮮については、体制が崩壊するだろう、何か起きるだろうとアラートを出し続けていれば、自分の身は守れるという生き方も研究者としてあるのかもしれませんが、せっかくの場ですから、私は、北朝鮮自体は極めて安定的である、国内的に暴発のリスク、政治体制が不安定になる要素は今の段階では極めて低いという判断を正直に申し上げます。
拉致、核、ミサイルという問題を抱えている中、2002年には成立した日朝首脳会談が今は成立しません。当時との違いは見ておく必要があります。まず、当時よりも極度の相互不信があります。確かに2002年に日朝首脳会談が開催されたときも日朝関係はいいものではありませんでした。だからこそ首脳会談が行われたのですが、その頃からさらに不信感が高まりました。横田めぐみさんの遺骨として提出したものが偽物だったり、北朝鮮の態度はとても誠実とは言えませんでした。これに日本国民全体が憤慨したのは当然です。
一方で、この二十数年にわたって、北朝鮮側も日本政府に強い不信感を抱いてきたことは間違いありません。北朝鮮は政権交代のない国です。外務省など担当部署は、人事異動することなく、20年も30年も前から同じ人が日本をウォッチし続けています。そうした中で、2014年に、支持率の高い安倍政権が北朝鮮との交渉により、ストックホルム合意で北朝鮮が日本人拉致被害者に関する再調査をするという約束までこぎつけました。そのとき北朝鮮は安倍政権に対して、田中実さん、金田龍光さんの2人の拉致被害者が生存しているというレポートを出しましたが、その受け取りを日本政府は拒否しました。北朝鮮は、拉致被害者の調査をせよと言われてレポートを出したのに、その受け取りを拒否するというのは何なのかと強い不信感を抱くようになり、現在に至っています。
日本が北朝鮮のレポートの受け取りを拒否したことについては、北朝鮮が田中さんと金田さんの2人だけを出して拉致問題に関する調査を打ち切ってしまったら、横田めぐみさんほか大勢の拉致被害者はどうするのか。だから受け取りを拒否したという好意的な見方ができる一方で、拉致被害者を区別したという批判の声も一部に上がりました。大きな関心を呼び起こして話題にされることもなく、彼ら2人はもう10年以上帰れないまま現在に至っています。
今、中国が経済大国となり、韓国も大きな経済力を持った状況で、北朝鮮がわざわざ日本と交渉する必要があるのかと考えたときに、やや言葉は悪いですが、日本の片思いのようなところがあります。日本のメディアは北朝鮮問題を多々報じますが、北朝鮮のメディアは日本に言及しなくなりました。今更日本と交渉して国交正常化できるとも思えないですし、国交正常化に伴って莫大な資金が得られるとも思えません。彼らにとって日本の経済的な価値は落ちてしまったということです。今は武器をロシアに売って手っ取り早く稼いだ方がいいと考えるに決まっています。
中国、そして、近年はロシアの存在により、小泉訪朝の2002年時点より、彼らの経済は格段によくなっていると言わざるを得ません。これは非常に説明しづらいし、分かりづらいのですが、1990年代の大量に餓死者が出た時期に比べると、相当持ち直したという意味で回復しているということです。今、1990年代のように、北朝鮮全域で餓死者が大量に出ているという話を聞くことはありません。日本から見ると北朝鮮はアジアの最貧国です。確かに日本や韓国や中国、そしてモンゴル、ベトナムに比べても、とてつもなく貧しい国であることは間違いありませんが、北朝鮮がこの20~30年にわたって緩やかに成長してきたことは1つの事実です。
小泉訪朝の2002年当時、前年の2001年に9・11テロがあり、アメリカのブッシュ元大統領が1月の一般教書演説でイラク、イラン、北朝鮮を「悪の枢軸」と呼んで、米朝関係が非常に悪化していました。米朝のチャンネルも稼働していませんでした。だからこそ北朝鮮は、まず小泉元総理と交渉して日本との最低限の関係をつくり、それをテコにしてアメリカとも交渉するという構想を持っていたのですが、今は日本の頭越しに直接トランプ大統領と交渉できます。やろうと思えばチャンネルを稼働させられるのですから、日本は、日朝関係を動かし、拉致、核、ミサイル問題を動かすのが難しい立場にあります。非常に残念な話です。結局、日本の国力、経済力を上げていくのが一番の王道です。
北朝鮮は隣にある国なので、好きか嫌いかという感情が先に立ち、崩壊論や、制裁すれば何でも解決できるという話がもてはやされますが、1959年当時の日本の主要紙の見出しを見ると、毎日新聞「若さと活気の北朝鮮」、朝日新聞「『ばく進する馬』北朝鮮」、読売新聞「八分間に一戸建つ 信じられぬほどのテンポ」、産経新聞「躍進する北朝鮮」と、当時の金日成首相の手腕を高く評価して、北朝鮮の問題点は何も指摘することなく、朝鮮戦争からの復興ぶりを礼賛する記事を載せていました。このことを忘れてはなりません。
今の学生さんに直接お話しすると、産経新聞、読売新聞は保守的で、毎日新聞、朝日新聞は進歩的だったのではないかと反応がステレオタイプ的に決まっているのですが、確認できていない日経新聞を除く全ての主要紙が北朝鮮に好意的でした。読売新聞社は1970年代、私が生まれた頃にも金日成主席の著作集を出版していました。その本は、1ページ目に金日成主席の大きな肖像画があり、金日成主席のお言葉がつらつらとつづられています。それに対するコメントや批評は一切載っていないプロパガンダです。また、やはり読売新聞の論説委員が『領導の芸術家』という金日成礼賛本を出しています。
別に特定の新聞を批判したいわけではなく、当時の空気感ということで全ての新聞を御紹介しました。さらに、1971年、当時の東京都知事の美濃部亮吉さんが金日成首相に会いに平壌に行った際の会見録を御紹介します。
美濃部「私は、お世辞でいうのではなく、キム・イルソン首相の指導されておられる社会主義建設にまったく頭が下がるばかりで、感心しています」
金日成首相「ありがとうございます」
美濃部「資本主義と社会主義の競争では、平壌の現状を見るだけで、その結論は明らかです。我々は、資本主義の負けが明らかであると話し合いました。これから残っている数日間に、できるだけたくさん見て回り、非常に困難な状況にある東京都の建設に我々が利用できるものは、できるだけ利用したいという考えを持っております」
これは作り話ではありません。実際に出された会見録を加工することなく、そのまま御紹介しました。私が申し上げたいのは、時間がたたないと歴史的な評価ができないということです。美濃部亮吉氏は独裁者ではありません。都民が一票一票、投じた結果、民主的な多数決によって3選12年間、東京都知事を務めました。当時はそんな感じだったよなと笑うことができるのは、半世紀たったからです。
1970年代に至るまで、日本全体として北朝鮮に好意的なイメージを持っていたことを忘れてはならないと考えたときに、この20年ほどの対北朝鮮政策は果たして40年後、50年後の歴史的な評価に耐えられるものなのかどうか、私自身も分かりません。ただ、北朝鮮自体は、保守的で支持率の高い政権しか相手にしてきませんでした。だからこそ過去、小泉元総理と向き合いましたし、保守的で支持率の高い安倍政権なら保守層を抑えられると考えてストックホルム合意を行いました。今、久しぶりに保守的で支持率が極めて高い政権が誕生しましたので、是非、歴史的な評価に耐えられるような、しっかりとした成果のある対北朝鮮外交をしていただきたいと考える次第です。
これで終わりにさせていただきます。ありがとうございました。(拍手)
○森本理事長 北朝鮮に関する大変リアルなお話をありがとうございました。
それでは、御質問、御意見をお受けします。
○質問者A 南北統一の否定というお話がありましたが、韓国の今の李在明(イ・ジェミョン)大統領は北朝鮮に対して割と友好的な言動が見えるようです。韓国の大統領が代わっても北朝鮮が韓国を敵国とみなすことに変わりはないのでしょうか。また、そのことで韓国に対して動きやすくなるのか、ならないのか、見解をお伺いします。
○礒﨑 非常に重要な論点です。北朝鮮は、韓国の政権が進歩派でも保守派でも相手にしないというスタンスを今も保持しています。2018年、4月、5月、9月の3回にわたって、金正恩氏は、進歩派で北朝鮮に融和的と見られた文在寅(ムン・ジェイン)元大統領と南北首脳会談を行いました。南北間で2つの重要な合意文書が成立したのですが、結局、韓国は、国連の経済制裁の決定に反してまで北朝鮮を支援することはできませんでした。
金正恩氏は当時の不満を文在寅氏にぶつけました。2020年6月、南北共同連絡事務所が爆破されました。あれは進歩政権である文在寅政権下で起きた事件です。進歩政権と交渉してどんな合意があったとしても、米朝関係が進展しない限り、韓国はそれを履行できません。南北関係を動かしても仕方がない。そのことを金正恩氏は見てとりました。
しかも、今の李在明大統領はおっしゃるとおり進歩派ですが、北朝鮮問題に対する思い入れは、文在寅元大統領と比べると、ないに等しいという言葉では強いかもしれませんが、政府の中には統一部長官のように北朝鮮に非常に融和的な発言する人がいる一方で、外交全体では日米韓、特に日韓関係重視の主張が強い人たちも多く、過去の進歩政権とはやや違います。北朝鮮が今の進歩政権も徹底的な敵国として扱うことに変わりありません。
日本としては、過去、北朝鮮に融和的だった政権よりは、日韓の協力はやりやすいと思います。ただ、そもそも地続きの韓国と、海を隔てた日本では、地政学的にも北朝鮮問題に対する危機感、脅威感が違います。日本は海を隔てているからこそ自由に物が言えるところもあります。一方で、韓国は直接無人機が飛んできます。70年前、北朝鮮が直接韓国を奇襲攻撃して朝鮮戦争が始まったという恐怖感、脅威感は依然としてあって、北朝鮮と対話をすべきだという進歩派の人たちが半分います。ここは対話、交渉をしてでも北朝鮮と向き合うべきだと考える人がほとんどいない日本の現実とは異なります。
○質問者B 拉致、核、ミサイルの問題で形成された国民感情と、経済的水準の圧倒的な差によって、北朝鮮問題について、日本では非常に希望的な観測が強く、きちんと論理的、現実的に考えている人は少ないかもしれないというお話は勉強になりました。北朝鮮と外交関係を持っているヨーロッパ諸国は、ウクライナ戦争で北朝鮮がロシアを支援し、派兵までしている状況について、かなり危機感を持っているように思いますが、どのように対応しているのか、教えていただければと思います。
○礒﨑 これについては、申し訳ないことに、具体的に把握しているところが私にはほとんどありません。ただ、プーチン政権が北朝鮮の核ミサイルを含む軍事力強化を支持していることから、北朝鮮もプーチン政権を全面的に支持する姿勢を取っています。経済制裁を履行しているEU諸国は当然、北朝鮮に厳しい目を向けているのでしょうが、イギリス、ドイツは依然として平壌に大使館を持っていて、抗議をしていたとしても、それを断交するといった動きは一切見られません。EU諸国は実態としてはあまり変わりがない。現状維持という感じがいたします。
○森本理事長 朝鮮戦争以来、中国にとって北朝鮮は、アメリカなどの西側勢力と対峙する上で必要な緩衝帯的存在であるというのが我々の何となくの理解ですが、当時と違って、中国は強大になり、これまで圧倒的に中国に依存していた北朝鮮も最近はロシアと蜜月関係のような面も見せています。中国の緩衝帯的な役割、「血の同盟」的な関係に変わりはないのか。中国が最近の北朝鮮をどう見ているのか、教えていただければと思います。
○礒﨑 おっしゃるとおり、中国は朝鮮戦争に参戦しました。この戦争で毛沢東の長男が戦死するなど中国は血を流しました。そこから血で結ばれた関係、「血盟関係」という言葉が言われるようになったのですが、この言葉を北朝鮮は今ロシアに使うようになりました。まさに北朝鮮の兵士がロシアのために血を流しているということですが、これを中国は非常に苦々しく思っています。
昨年9月、金正恩氏が北京を訪問して中朝首脳会談が6年ぶりに行われましたが、その後も中朝関係は依然としてギクシャクしています。例えばロシアと北朝鮮の間では閣僚級のハイレベル往来が頻繁に行われていますが、中国との間ではそれが復活していません。観光においても、北朝鮮はロシアからは一部の観光団を受け入れていますが、ドル箱だった中国からの観光客の受け入れはまだ再開していません。
北朝鮮は中国に対して強い不満を持っています。北朝鮮の核実験、核開発に対して、中国の習近平政権は明確に反対しています。一方で、ロシアは、「賛成」とは言わないものの、「軍事力強化の方針を支持する」という言い方で事実上、黙認しています。北朝鮮としては、財政的にも支援してくれるロシアの方に気持ち的になびいてしまったというのが、この2~3年の動きです。ただ、ロシア一辺倒ではまずいので、中国とも関係を修復してうまくやりたいという思いが昨年秋から出てきたというのが現状です。
○森本理事長 それでは、ちょうど時間となりましたので、本日の「資本市場を考える会」は以上とさせていただきます。
礒﨑様、本当にありがとうございました。(拍手)
(本稿は、2026(令和8)年2月25日に開催した講演会での要旨を整理したものであり、文責は当研究所にある。)
御略歴
【略歴】
- 慶應義塾大学教授。
- 1975年東京都生まれ。
- 慶應義塾大学商学部在学中、上海に語学留学。
- 慶應義塾大学大学院修士課程修了後、ソウル大学大学院博士課程留学。
- 在中国日本国大使館専門調査員、外務省第3国際情報官室専門分析員、警察大学校専門講師、ジョージワシントン大学客員研究員、ウッドロー・ウィルソンセンター客員研究員、オーストラリア国立大学客員研究員などを歴任。
【著書】
- 『北朝鮮と観光』(毎日新聞出版、2019年)
- 『北朝鮮を読み解く』(時事通信出版局、2025年)
- 『北朝鮮を解剖する』(編著、慶應義塾大学出版会、2024年)
- 『最新版 北朝鮮入門』(澤田克己との共著、東洋経済新報社、2024年)など。
- 時事ドットコム「コリア・ウオッチング」、新潮社Foresight「Weekly北朝鮮『労働新聞』」連載中。