〔JSRI時事エッセイ 鈴懸の木の下〕
アメリカの気候政策とaffordability
―環境保護から経済・エネルギー安全保障へ―
西村 淑子(国際金融情報センター ワシントン事務所 客員研究員)
1.はじめに
今年はアメリカのワシントン州(※首都ワシントンDCとは別の場所)をはじめ、カナダ、南欧など世界各地で大規模な山火事が報じられている。専門家は個々の火災と気候変動との関係について慎重な姿勢をとるものの、気温上昇や干ばつによって森林が乾燥し、大規模火災が発生しやすい環境が広がっていることは多くの研究で指摘されている。
アメリカで暮らしていると、この問題は決して遠い話ではない。いつもなら真っ青な夏空が広がるワシントンDCの空が白く煙る日があった。原因は数千キロ離れたカナダの山火事である。オンタリオ州等を中心に発生した大規模火災の煙は国境を越えてアメリカ東部まで到達し、ワシントンDCを含む広い地域の大気にも影響を与えた。
しかし、こうした異常気象を経験しているにもかかわらず、アメリカの有権者が最も強い関心を寄せているのは気候変動そのものではなく、ガソリン価格や生活費負担である。ニュースで「affordability(無理なく生活できること)」という言葉を聞かない日はない。
トランプ大統領は気候変動を「史上最大の詐欺」と呼び、エネルギー価格の抑制や国内資源の活用を重視する立場から、大統領就任直後よりバイデン前政権が進めてきた気候変動政策を大幅に後退させている。
2.気候政策
第二次トランプ政権の主な政策は大きく⑴国際協調からの離脱、⑵環境規制の緩和と化石燃料支援、⑶金融規制の見直しの三つに整理できる。
⑴ 国際協調からの離脱
気候変動枠組み条約に基づくパリ協定からの離脱1)(気候変動枠組み条約自体からの離脱方針も表明2))。
⑵ 環境規制の緩和と化石燃料支援
① 新車販売に占めるEV比率目標の撤廃3)
バイデン前政権時の全販売車両に対するゼロエミッションビークル(ZEV)4)比率を2030年までに50%とする目標や、2027年モデル車以降の温室効果ガス(Greenhouse Gas。以下「GHG」という。)等に関する基準値を撤廃。
② GHG危険性認定(Endangerment Finding)の撤回5)
GHG排出量を規制する際の法的根拠であった「CO2を含む6種のGHGは公衆衛生と福祉を脅かす」との認定や「新車の車両等から排出されるGHGが大気汚染の一因になる」との公式見解を撤回。
③ 再生可能エネルギーへの投資抑制
バイデン前政権時に措置された再生可能エネルギー利用促進のための各種(新車EV購入、太陽光発電等購入・設置費用、省エネのための改築費、太陽光・風力発電関連投資)税額控除の廃止。
④ 石炭火力発電への投資推進6)
⑶ 金融規制の見直し
① 気候関連情報開示規則の撤廃
バイデン前政権下で制定した気候関連情報開示規則(企業に気候関連リスクの管理方法やGHG排出の報告を義務付けるもの)の撤廃を提案7)。
② デバンキング(Debanking)の禁止
銀行がレピュテーションリスクや価値観に基づき顧客との銀行取引を制限することを禁止8)。化石燃料業界への融資抑制に当たり、より客観的な根拠が求められる。
日本ではパリ協定離脱が大きく報じられたが、車社会のアメリカでは国民の関心は生活に直結するEV補助金やガソリン価格に向いており、トランプ政権の気候政策を象徴する出来事として注目を集めたのはEV優遇政策の見直しだった。
一方で、専門家の間では、GHG危険性認定の撤回こそが最も重大な政策転換とみられている。なぜなら、この認定は温室効果ガスを規制するための法的根拠となってきたからである。訴訟大国アメリカらしく、本撤回の公表後、直ちに環境・公衆衛生団体や環境規制の先進地域として知られるカリフォルニア州をはじめとする複数の民主党州9)が撤回の無効化に向けた訴訟を提起している10)。
3.環境よりaffordability
では、アメリカ国民はトランプ政権の行ったこれらの政策をどう評価しているのだろうか。気候政策をめぐっては党派による意見の対立が目立つが、その一方で、エネルギー価格や生活費負担といったaffordabilityへの関心は党派を問わず強い。2026年3月に実施されたPew Research Center等の世論調査でもその傾向が鮮明に表れている。
例えば、気候変動政策を政府の優先課題と考える人は全体としては半数前後に達するものの、民主党支持者と共和党支持者の間には大きな意識の差がみられる。エネルギー政策についても、共和党支持者は石油・天然ガスなど化石燃料の開発を重視する傾向がある一方、民主党支持者は再生可能エネルギーの拡大を優先する傾向が強い。
もっとも、共和党支持者にもCO2排出削減そのものへの支持は一定程度存在し、長期的なクリーンエネルギーへの移行を肯定的に捉える層も少なくない。全体としてみると、エネルギー需要の拡大と価格上昇への懸念から再生可能エネルギーの推進は依然として大多数の支持を集めるが、同時に原子力発電や国内化石燃料への支持も高まっている。
EVをめぐる世論は、環境とaffordabilityの間で揺れるアメリカ国民の意識を象徴しており、車両価格(初期費用)の高さなどから、EV購入を検討している層は限定的である11)。また、政府はEVを特別に優遇するのでも抑制するのでもなく、中立的な立場をとるべきだと考える人が半数近くにのぼる。
さらに、物価上昇や生活費負担の増加が国民最大の関心事として挙げられており、気候変動対策を最優先課題と考える人の割合はそれほど高くない。多くのアメリカ国民が気候変動を課題と認識している一方で、それ以上に日々の生活費やエネルギー価格の上昇を深刻な問題として受け止めているということである。こうした世論を踏まえると、トランプ政権によるEV普及目標の撤廃やEV優遇政策の見直し、化石燃料の推進といった政策は、少なくとも生活費やエネルギー価格を重視する層には一定の支持を得ていると考えられる。一方で、再生可能エネルギーの経済合理性を理解し長期的な視点から気候変動対策を重視する層からは強い反発が続いている。
興味深いのは、気候変動対策を重視する民主党も、2024年の大統領選での敗北を経験し、最近は政策の語り方を変えつつある点である。従来のように環境保護やGHG削減を前面に出すだけではなく、再生可能エネルギーへの投資が電力価格の安定や雇用創出につながることを強調する場面が増えている。さらに中東情勢の緊迫化を受けて、化石燃料価格が国際情勢によって大きく左右される現実が改めて認識されている。このため、再生可能エネルギーは地政学リスクに左右されにくいエネルギー源として、経済安全保障の観点からも語られるようになった。
こうした気候変動政策を、環境保護から経済・エネルギー安全保障へと広げる捉え方は、トランプ政権下で生じている現象からも垣間見ることができる。2026年7月米紙ワシントンポストがトランプ大統領を「accidental green president(思いがけないグリーン大統領)」と皮肉を込めて評した12)。記事は、トランプ政権が中国製太陽光パネルへの関税引き上げ等の結果、意図せず米国内の太陽光パネル製造能力の拡大を後押しし、再生可能エネルギーの普及を促進したと報じている。また、規制がない中においても電力需要の増加により太陽光発電や蓄電池の導入は引き続き拡大している。同記事は、こうした動きを市場原理や産業政策がもたらしたものとして評価しており、現在のアメリカにおいて再生可能エネルギーが環境保護だけでなく、産業競争力やエネルギー安全保障の観点からも推進されていることを象徴している。
気候変動政策をめぐって対立する両党も、有権者が重視するaffordabilityという課題を無視することはできない。違いはその実現手段にあり、共和党は国内資源を活用した化石燃料への投資促進や規制緩和によって、民主党は再生可能エネルギーへの転換によって実現しようとしている。
4.おわりに
アメリカの人々は環境保護の必要性を理解しながらも、同時により生活に直結するガソリン価格やエネルギー価格、雇用への影響を気にしている。気候変動政策は環境政策であると同時に、経済政策であり、安全保障政策でもある。
アメリカにおいて気候変動政策を推進するためには、有権者が環境保護以上に重視する「affordability」を理解し、再生可能エネルギーへの転換がエネルギー価格の安定や経済安全保障にどのように貢献するのかを示していく必要がある。
アメリカ社会は、異常気象が続くなか、環境か経済かという二者択一ではなく、環境政策をいかに経済政策やエネルギー安全保障政策として成立させるのかという課題に直面しているようだ。
注釈
- 1)Putting America First In International Environmental A greements – The White House
- 2)https://www.whitehouse.gov/presidential-actions/2026/01/withdrawing-the-united-states-from-international-organizations-conventions-and-treaties-that-are-contrary-to-the-interests-of-the-united-states/
- 3)Unleashing American Energy – The White House
- 4)バッテリー電気自動車、プラグインハイブリッド車、燃料電池車。
- 5)https://www.federalregister.gov/documents/2026/02/18/2026-03157/rescission-of-the-greenhouse-gas-endangerment-finding-and-motor-vehicle-greenhouse-gas-emission
- 6)Reinvigorating America’s Beautiful Clean Coal Industry and Amending Executive Order 14241 – The White House
- 7)https://www.federalregister.gov/documents/2026/06/03/2026-11091/rescission-of-climate-related-disclosure-rules
- 8)https://www.federalregister.gov/documents/2026/04/10/2026-06947/prohibition-on-the-use-of-reputation-risk-by-regulators
- 9)民主党州は州独自でCap and Trade(排出権取引)制度やグリーンプロジェクトの許認可の迅速化、再エネ・蓄電池等への補助金支援等の気候変動対策を推進している。
- 10)2026年7月Jones Day
https://www.jdsupra.com/legalnews/challenges-to-epa-s-repeal-of-the-2009-9415138/ - 11)最近の報道では、中東情勢の悪化によるガソリン価格の高騰に伴いEV所有の経済性が改善し、EV販売が増加しつつあるとの報告もある。
- 12)2026年7月16日ワシントンポスト「How Trump became the accidental green president」
(参考文献)
- 2025年6月LAZARD「levelized cost of energy」
- 2025年10月16日POLITICO「What Trump’s Victory Taught Democrats About Climate Change」
- 2026年4月The guardian「Democrats urged to link clean energy to affordability as Iran war hikes up prices」
- 2026年4月Pew Research Center「Americans’ Views Shifting on Energy Issues」
- 2026年4月Gallup 「Affordability Still Dominates Americans’ Financial Worries”」
- 2026年5月Pew Research Center「Americans See Health Care Costs, Deficit, Inflation as Big Problems Facing the Nation」
- 2026年6月Yale Program on Climate Change Communication and the George Mason University Center for Climate Change Communication「Climate Change in the American Mind: Politics &Policy, Spring 2026」