〔論稿〕企業単位の温室効果ガス排出量の可視化
―2025年4月~2026年3月提出の有価証券報告書を対象として ―
永田 成吾(当研究所研究員)
1.はじめに
温室効果ガス排出量の削減は、依然として日本・世界の課題となっている。温室効果ガスの排出によって、地球温暖化や気候変動がもたらされ、農林水産業や水資源、自然生態系、自然災害、健康、経済活動などへの影響が生じることとなる1)。これらの影響によって、結果的に経済的な損失が生じる可能性がある。
日本政府は、2013年度比の温室効果ガス排出・吸収量を、2030年度に46%削減、2035年度に60%削減、2040年度に73%削減し、2050年度にはネット・ゼロを達成することを目標としており、今後さらなる脱炭素化の進展が予測される2)。
企業レベルで見た場合、低炭素社会の移行に際して、政策、法規制、技術、市場、レピュテーションの変化が生じ、排出量の多い企業に対して財務的な影響を及ぼす可能性があり、こうしたリスクは移行リスクと呼ばれている(TCFD, 2017)3)。つまり、企業の温室効果ガスの排出は、温暖化や気候変動を通じて経済全体に損失を生じさせるだけでなく、当該企業の将来的なキャッシュフローを毀損する可能性を抱えている。
温室効果ガスの排出が将来キャッシュフローや資本コストに影響を与えることは、当然ではあるが株式などの資産価格にも影響を及ぼすため、企業の温室効果ガス排出量は投資家の投資判断やポートフォリオの構築において重要な要素となりうる。また、温室効果ガス排出量が投資判断の要素となることは、社会全体としても、排出量の少ない企業への資金流入や資本コストの低下を通じて、脱炭素化を推進できる可能性がある。
よって、日本の温室効果ガス排出総量や部門別の排出量の情報は国立環境研究所のホームページにて公開されているものの、資本市場の観点から見ると、企業単位の排出量を分析することも重要となる4)。上場企業は、経済規模が大きく、必然的に温室効果ガス排出量が多い傾向にあると予想されること、価格メカニズムやエンゲージメントを通じた脱炭素化を推進できる可能性があること、幅広い投資家の投資対象となることから分析対象として重要な意義を持つと考えられる。
そこで本稿では、有価証券報告書にて開示された企業単位の温室効果ガス排出量の分布の可視化を通して、日本の上場企業の温室効果ガス排出量の現状を整理していきたい。ただし、個別企業や各業種における排出量水準の背景にある事業構造や産業構造について、詳細な議論や解釈はしない。あくまで、上場企業が開示する温室効果ガス排出量データを可視化し、その分布の全体像を把握することを主たる目的とする。
2.データ
本稿で使用する温室効果ガス排出量データは、上場企業が2025年4月から2026年3月に有価証券報告書で開示した数値を用いており、eolのレポートから取得している5)。
温室効果ガス排出量は、Scope1、Scope2、Scope3の3つに分類される。Scope1は、化石燃料の燃焼など、事業者自らの直接排出を指し、Scope2は、他社から供給された電気・熱・蒸気の使用に伴う間接排出を意味する。Scope3は、事業者のバリューチェーン全体において発生するその他の間接排出を指す。
本稿では、Scope1排出量とScope2排出量の合計値(以下Scope1+2排出量)に着目して分析を行う6)。なお、単位はt-CO2e(二酸化炭素換算トン)である。また、排出強度(Scope1+2排出量÷売上高(百万円))についても分析を行う。この値は、各企業が100万円を売り上げるにあたって、何トンの温室効果ガスを排出したかを意味する。売上高は、日経NEEDS-Financial QUESTから取得している。
Scope2排出量の大部分は電力会社のScope1排出量に帰属すると考えられる。そのため、本稿では東証33業種の「電気・ガス業」に属する企業を分析から除外し、サンプル企業の総排出量の重複を極力削減する処理を行う7)。ただし、電力会社の温室効果ガス排出量を分析対象外とすることは、分析対象としての重要性が低いことを意味しない。電力会社のScope1排出量は他の業種と比べて相対的に大きいと考えられるため、別途個別に分析することが望ましいと考えられる。
また、収益構造の差異を考慮し、「銀行業」、「保険業」、「証券、商品先物取引業」、「その他金融業」に属する企業も分析から除外している。さらに、決算期間が12カ月でない企業も分析から除外している。
3.記述統計
図表1は、Scope1+2排出量と排出強度の記述統計を示している。対象企業数は、807社であり、2025年末時点の東証上場企業数が3,945社であるため、概算ではあるものの、上場企業の5社に1社程度が有価証券報告書にてScope1排出量とScope2排出量を開示していたことになる8)。合計排出量は約2億5,259万トンであり、重複して計上されている排出量がある点には注意する必要があるが、2024年度の日本の総排出量が10億4,600万トンであることを踏まえると、本稿の分析対象は、日本企業による温室効果ガス排出の特徴を明らかにするうえで、一定の分析上の意義を有すると考えられる9)。また、排出強度の平均値は0.498、中央値は0.125である。これは、本稿の分析対象企業が100万円売り上げるにあたって、平均値で0.498トン、中央値で0.125トンの温室効果ガスを排出していることを意味する。
図表1 記述統計

図表2は、2025年3月末時点の全上場企業とScope1+2排出量を有価証券報告書上で開示している企業の時価総額(自然対数値)のヒストグラムである10)。現段階では自主的な開示ではあるが、時価総額の大きい企業ほど、開示比率が高い傾向が見て取れる。そのため、本稿の分析は、あくまで時価総額の相対的に大きな企業群の結果と捉える必要がある。
図表2 開示企業の時価総額分布

4.温室効果ガス排出量の可視化
⑴ 企業別排出量の分布
まずは、企業別の温室効果ガス排出量の分布を確認する。図表3パネルAは、Scope1+2排出量のヒストグラムである。分布は大きく右に歪んでおり、一部の企業の排出量がその他の企業に比べて著しく大きいことが見て取れる。このことは、企業単位の温室効果ガス排出量の平均値が、少数の企業の影響を強く受けている可能性を示している。
パネルBは、Scope1+2排出量を自然対数変換した値のヒストグラムである11)。自然対数変換後の分布は概ね左右対称であり、正規分布に近い形状が確認できる。このことは、温室効果ガス排出量を用いて統計分析を行う際には、排出量の対数値を用いることにより、極端な値の影響を緩和し、線形モデルで扱いやすい分布に近づけられる可能性を示している。
図表3パネルAでは、一部の企業の排出量がその他の企業に比べて著しく大きいことを確認した。続いて、排出量の上位の企業が、サンプル企業の総排出量のどの程度を占めるのかを可視化していく。図表4は、横軸に排出量によって降順に並べた排出量順位、縦軸に総排出量に占める累積のシェアを示している。図表から見て取れるように、総排出量の大部分を上位50社までが占めており、その後の累積シェアは緩やかに上昇している。数値としては、上位10社で総排出量の約49%、上位50社で約82%、上位100社で約91%を占めている。このことから、総排出量の削減、つまり温室効果ガス排出量の絶対的な量を減らすためには、上位企業の削減が必要不可欠であることがわかる。ただし、企業規模が小さければ、排出量は少なくても移行リスクが将来キャッシュフローに与える影響は相対的に大きくなる可能性があるため、下位企業の排出量削減も資産価格に対しては重要な意味を持つ可能性はある。
図表3 ヒストグラム

図表4 累積シェア

⑵ 業種別排出量の分布
次に、業種別の排出量の分布を見ていく12)。図表5は、総排出量に占める業種別シェア上位10業種の棒グラフである。最もシェアが高いのは化学であり、その次にガラス・土石製品、石油・石炭製品が続いている。排出量の平均値が最も高い業種は石油・石炭製品であり、その次に海運業、ガラス・土石製品が続く。化学や卸売業のように、企業数が多いためシェアが高い業種と、石油・石炭製品や海運業のように、一社当たりの平均値が高いためシェアが高い業種、その中間に位置する業種が存在することがわかる。これら上位10業種が総排出量に占める割合は約88%であることから、一部の業種が総排出量の大部分を占めている。また、多くの業種において、平均値が中央値よりも高く、同業種内においても一部の企業の排出量がその他の企業に比べて著しく大きいことを示唆している13)。
図表5 業種別シェア(上位10業種)

図表6は、業種別の排出強度の平均値と中央値の棒グラフを示している。改めて、本稿で用いる排出強度は、Scope1+2排出量÷売上高(百万円)で計算しており、各企業が100万円を売り上げるにあたって、何トンの温室効果ガスを排出したかを意味する。排出強度の平均値が最も高い業種は海運業であり、100万円を売り上げるにあたって、平均的に4.964トンのScope1+2を排出している14)。また、平均値が上位10業種の排出強度の平均値は2.063であり、下位10業種の平均値は0.134であることから、上位10業種は下位10業種と同一の売上を生み出すのに、約15倍の温室効果ガスを排出していることがわかる。
図表6 排出強度(排出量÷売上高)の業種別平均値・中央値

以上の各業種の排出量シェアや排出強度の可視化を通して、業種別の観点からも、総排出量を減らすためには、排出量上位業種の削減が特に必要であることを確認した。ただし、投資家が同業種内で温室効果ガス排出量を評価している場合は、同業種内での相対的な排出量も資産価格に対しては重要となるであろう。
最後に、図表7は、横軸に各業種の排出量の中央値の自然対数、縦軸に各業種の排出強度の四分位範囲を、各業種の排出強度の中央値で除した値をプロットした散布図である15)16)。四分位範囲の説明は注に記載しているが、この図表は、排出量の多い業種ほど、排出強度のばらつきが大きいかを可視化している。結果としては、排出量の中央値が大きい業種ほど、排出強度の四分位範囲÷中央値が小さいことが概ね見て取れる17)。この結果は、排出量の多い業種では、事業活動が温室効果ガスの排出と密接かつ固定的に結びついているため、売上あたりの排出量に同業種内での差が小さいことを示唆している。一方、排出量の少ない業種では、事業活動と温室効果ガスの排出は必ずしも強く結びついているわけではないことを示唆している。そのため、排出量の多い業種では、個別企業の努力も重要ではあるものの、業界全体としての取り組みが求められると考えられる。また、投資家からしても、排出量の多い業種に属する企業と、少ない業種に属する企業の排出量の水準や削減が意味することは異なると考えられる。
図表7 業種別排出量と排出強度(排出量÷売上高)のばらつき

5.まとめ
本稿では、企業単位のScope1+2排出量の分布の可視化を通して、日本の上場企業の温室効果ガス排出量の現状を整理した。主要な結果として、排出量上位企業が総排出量の大部分を占めること、業種別で見た際にも、排出量シェアや排出強度において、排出量上位業種と下位業種で大幅な差があること、また、排出量が多い業種ほど排出強度のばらつきが小さいことが明らかになった。
このことは、総排出量を減少させるには、排出量が上位である企業や業種の削減が特に必要であることを示している。また、排出量が多い業種については、個別企業の努力も重要ではあるものの、業界全体としての取り組みが求められることを示している。これらの結果は、企業単位で見た際にも、日本が近年推進しているトランジション・ファイナンスの取り組みは、総排出量の削減の観点からすると、一定の合理性を有していることを示唆している。
社会全体の視点からすれば総排出量の削減が重要ではあるが、将来キャッシュフローに与える影響が相対的に大きい場合や、投資家が同業種内で排出量を評価している場合は、排出量の少ない企業や業種においても、温室効果ガス排出量は資産価格に影響を与える可能性はあると考えられる。また、事業活動と排出量の結び付き度合いは業種ごとに異なるため、排出量上位業種と下位業種に属する企業の排出量の水準や削減が意味することは同一でない可能性がある。
本稿の分析には限界もある。特に重要な事項として、有価証券報告書にて開示している企業のみを分析対象としているため、その他の企業の影響を反映できていないことが挙げられる。図表2で確認したように、本稿の分析対象企業は時価総額の大きい企業が多いため、あくまでそれらの企業群の分析結果と捉える必要がある。また、有価証券報告書で温室効果ガス排出量を開示している企業とそうでない企業の間に、排出量に関して体系的な違いがある可能性も否定できない。例えば、排出量が多い企業ほど開示する傾向にあると仮定すると、本稿で示された平均値や中央値は過大な数値となっている可能性があるだろう。
注釈
- 1) 気候変動による影響については、環境省「第3次気候変動影響評価報告書(概要資料)」<https://www.env.go.jp/content/000380482.pdf>が詳しい。
- 2) 環境省「地球温暖化対策計画の概要」<https://www.env.go.jp/content/000291668.pdf>。
- 3) 一方で、気候変動が気象災害や気候パターンの長期的な変化を通じて、企業に財務的な影響をもたらすリスクは、物理的リスクと呼ばれる(TCFD, 2017)。
- 4) 国立環境研究所「日本の温室効果ガス排出量データ」<https://www.nies.go.jp/gio/archive/ghgdata/index.html>。
- 5) 温室効果ガス排出量の対象年度は企業によって異なる。また、有価証券報告書で開示している企業を対象としているため、統合報告書や企業ホームページなどで開示されている情報は分析対象外となっている。
- 6) 合計値を公表していない場合は、Scope1排出量とScope2排出量を合計した値を計算している。また、Scope2排出量は、ロケーション基準を優先的に採用している。
- 7) ただし、この処理を行っても、すべての温室効果ガス排出量の重複を削除できているわけではないため、総排出量はあくまで参考値である点に注意する必要がある。
- 8) 日本取引所グループ「上場会社数・上場株式数」<https://www.jpx.co.jp/listing/co/>。
- 9) 環境省「2024年度の温室効果ガス排出量及び吸収量(詳細)」<https://www.env.go.jp/content/000392897.pdf>。
- 10) 株価データは、金融データソリューションズが提供するデータを用いている。また、「電気・ガス業」、「銀行業」、「保険業」、「証券、商品先物取引業」、「その他金融業」に属する企業は除外している。
- 11) 自然対数とは、ネイピア数(約2.718)を何乗すればその値になるかを表すものである。なお、排出量が0の企業については、パネルBでは除外している。
- 12) 企業数の少ない業種が一部存在する点には注意する必要がある。
- 13) 業種別にヒストグラムを描いた際にも、概ね図表3パネルAのような分布が見て取れた。a
- 14) 排出量に比べて、売上高で割ることによって企業規模による影響が緩和されている排出強度では、平均値と中央値の開きは小さいことがわかる。
- 15) 同業種内で極端に排出量が多い企業の影響を緩和するため、各業種の排出量の中央値の自然対数を用いている。
- 16) 四分位範囲とは、第三四分位数から第一四分位数を引いた値である。つまり、業種内で排出強度の小さい順に並び替えた際に、75%の位置にある値(第三四分位数)から25%の位置にある値(第一四分位数)を引いた値であり、各業種の排出強度のばらつきを示す指標として採用している。四分位範囲を用いることで、外れ値の影響を緩和したばらつきを測ることができる。また、中央値で割ることで、業種間の排出強度の水準の差異を調整している。
- 17) 縦軸に各業種の排出強度の変動係数(標準偏差÷平均値)を用いても、概ね同様の結果を得ている。
(参考文献)
- TCFD. (2017). Recommendations of the Task Force on Climate-related Financial Disclosures. https://assets.bbhub.io/company/sites/60/2021/10/FINAL-2017-TCFD-Report.pdf