〔講演〕 AIバブルを乗り越える
―AI革命と情報・半導体産業の競争の行方―
クロサカ タツヤ(株式会社 企 代表取締役/慶應義塾大学X Dignityセンター副代表/ジョージタウン大学 客員研究員)
皆様こんにちは。ただいま御紹介いただきました株式会社 企(くわだて)のクロサカと申します。どうぞよろしくお願いいたします。
本日は「AIバブルを乗り越える」というタイトルで、世界中で多くの人が関心を持っているAI(Artificial Intelligence:人工知能)について、今後どのようになっていくのか、その背景はどういうものなのかをお話しさせていただきます。
AIについては、多くの方々がいろいろな観点でお話をされていますし、現在、株式市場を中心に、活況どころではない状態を呈しています。今日、私がお話する内容は、もしかすると皆様がこれまで聞いておられる内容と少し違うところがあるかもしれません。ただ、AIは非常に多様で複雑で、人間にとって影響が大きいものであることは間違いありませんので、いろいろな見方がある中の一つとして是非お聞きいただければと思います。
「AIバブル」というタイトルですが、私自身はバブルを全否定しているわけではありません。バブルというのは経済活動の一環であり、人間が社会の中で起こす自然現象の一つだと思っています。ですので、むしろバブルという現象を正しく理解して、さらにその後に来る黄金期をどのように迎えていくのか、あるいはそこに至るまでの波のあるプロセスをどのように理解していくのかを皆さんと考えていければと思います。
簡単に自己紹介しますと、私は、18年ほど前につくった小さなコンサルティングファーム 企の代表をしております。10名足らずの小規模ですが、自ら「少数精鋭」と名乗って、通信セクター、放送セクター、デジタル領域の経営戦略等のお手伝いをしております。また、縁がありまして様々な政府委員をお引き受けしております。現在、実際に公開されて動いているもので15~16件、政府委員会の中でも非公開会合的なものも幾つかしております。とりわけサイバーセキュリティ、ナショナルセキュリティという機微性の高い分野についてもお手伝いしています。
私は今、トランプ大統領がいるアメリカの首都ワシントンD.C.に近接しているヴァージニア州で生活しております。AI戦略、AI政策はワシントンD.C.が世界中の震源地の一つでもあり、目まぐるしい毎日です。トランプ氏は仕事が終わった夕方に、自分が運営しているTruth SocialというSNSで、「大本営発表」みたいにドーンと出すのが非常にお好きな方です。夕方からが本番で、アメリカ人もヘトヘトですが、私は夕方から東京との打合せをするので、ダブルヘッダーでヘトヘトになる生活をここ2年ほどしています。
次に、会社の紹介をさせていただきます。今は5Gですが、間もなくやってくる6Gのことなどを通信事業者の方と一緒に考えたり、今のデータの時代にデータをどう獲得し、守るのかといったデータ戦略をいろいろな観点で検討しています。
本題に入る前に、私が昨年9月末に出版した『AIバブルの不都合な真実』(日経BP、2025.9.29 第1版第1刷発行)という著書の、中身ではなく、なぜこれを書こうと思ったかをお話しします。
図表1の左側が本の表紙です。実は300ページ強を1か月ちょっとで大急ぎで書きました。書こうと思ったのは去年の年明け頃です。facebookをパラパラ見ていたら、「社長様ご注目! とっておきの投資情報」と、右側のような広告が出てきました。私自身は企という中小企業の経営者であることがfacebookには特定されているので、その人向けの広告がよく出てくるわけです。
図表1
![図表1]](/publish/review/image/6608/6608_02_01.png)
このとき、私は、AIはいよいよここまで来たかと、バブルを感じました。これは「AIデータセンターに投資しましょう」という広告です。AIデータセンターは設備投資や全体の投資に1,000億円、2,000億円かかります。私が1,000億円も出せるわけはなく、一口投資みたいなものです。大きなものを割って小口で投資する商法は、例えばワンルームマンションの投資とか、若干いかがわしい原野商法などが昔からあります。つまり、非常に高まっている期待に乗り遅れまいとする人々の気持ちをかき立てる瞬間が来たんだなと、去年の初め頃に感じました。これは整理して本を書いてみるタイミングかもしれないと思い、構成を考え始めたら、調べれば調べるほど、これは大変だという状況があちこちに発生していました。
今日の話は、何で今バブルと私は感じているのか。バブルをかき分けていって、AIの本当の種の部分はどういうものなのかを見定めた上で、その種がどのように芽吹いて実っていくのか。そのときに誰が勝ち残っていくのか。これはAIを提供する方だけではなく、AIを使う側にも問われている問題です。この観点から、勝ち残っていくための必要条件をお話し、最後にまとめたいと思います。
1.AIバブルを想起させるファクト
まず初めに、AIバブルを想起させるファクトです。
Magnificent7という言葉は皆様よく御存じだと思います。S&P500の構成銘柄の中で、GAFA(Google、Apple、Facebook(現Meta)、Amazon)、プラス、Tesla、NVIDIA、Microsoftの上位7銘柄がずば抜けて成長しています。今週に入って、いよいよ調整局面が来て、S&P500もここ数日で大分揺さぶられてきていますが、まだまだ高いという状況です。
上位7銘柄と残り493銘柄を比較すると、図表2のグラフで示すように、これだけ差が付いていますが、これがAIバブルの実態だという解釈に、私は若干疑義を呈したいのです。
図表2

一つは、釈迦に説法で恐縮ですが、これは重み付けされています。
時価総額の大きな企業をどんどん大きく構成していき、伸びれば伸びただけその割合が大きくなります。ですから、全体のフラットな評価ではなく、成長していっていることをより極端に表しています。
これはモメンタムを表現しているように見えますが、冷静に考えると、「AIはすごいぞ」と言うために使っているグラフだと感じます。
率直に言うと、NT倍率の方がまだ実態を表現しています。S&P500とMagnificent7の関係がAIバブルであり、AIはすごいという説明材料になっていますが、本当かなと思います。
ただ、AIバブルそのものの現象として、明らかに言えることがあります。
また、スタートアップ全体にすごくお金が集まっていますが、ここ何年かで明らかなことは、AIスタートアップに偏っているということです。「AI」と付いていないスタートアップは評価されないという状況にほぼ確実になっています。数字の裏付けもあります。私自身も、自分の会社や大学でスタートアップの支援や相談を受けることがしばしばあります。
私はそういう言い方はしたくないのですが、VCの皆さんは仕事なので、「ちょっとでもAIをかすっていたら、AIと名乗ってください」とか、「ピッチのスライドに少し目立つように『AIをやっています』と書いておいてください。それだけで読まれるか読まれないかの差が出てきます」と言われるのをよく耳にします。「うちはAIを使っているだけなんですが、本当に『AIをやっています』と書いていいんですか」と学生に聞かれて、私は「できるだけ正直になってほしいが、波には乗らなきゃいけないから、危ないと思った瞬間に『AI』という文字をすぐ消すように」と、割と現実的なことを言っています。ただ、「慎重になれよ」と言いたくなるぐらい偏りのある状況です。
この後、Open AI、Anthropic、他のAI企業もIPOが続々進んでいきます。スペースXをAI企業と言っていいかどうかもありますが、巨大IPOラッシュです。世の中からお金がなくなってしまうのではないかという気にもなりますが、金利が法外に高い状況でも、アメリカ人は借金してでも買うでしょう。金曜日の夕方にビールを飲みながら、「おまえ、去年の秋に日本でAIバブルの本を書いたらしいな。バブルを潰すなよ」と、冗談でアメリカ人に詰め寄られましたが、私は正直に生きていきたいのです。
二つ目は、バブルの構造を一番示していると言われる循環取引の図表3です。実はAIのお金の流れは、循環取引及びベンダーファイナンスと呼ばれるもので構成されています。
図表3

昨年、私の本が出た直後あたりに、ウォール・ストリート・ジャーナルが循環取引ではないかと指摘し、その後、日本経済新聞が解説を書きました。私はここまで内実を取材し切れなかったので、私の本には循環取引のことは明確には書いていませんが、読み解いてみると、確かにこういう構造になっています。
昨年10月頃は、Open AIがエンジンになっているという解釈でした。しかし、循環取引及びベンダーファイナンスの本当のエンジンはNVIDIAです。その理由は簡単で、半導体のNVIDIA、ソフトウェア開発のOpen AIやAnthropicはAI企業ですが、この中でビジネスモデルがしっかり確立されている会社はNVIDIAしかありません。NVIDIAは、御存じのとおり、GPUや半導体をつくって顧客に提供し、対価を得ています。小学生でも分かるビジネスモデルです。アメリカではそろそろ夏休みで、街角でレモネードを売ってお小遣いを稼ごうという子供たちが出てきます。これと同レベルで、誰でも分かるビジネスモデルを構成しているAI企業は他にあるか、ということに気づきます。
例えばOpen AIは、もちろん有料モデルはあります。私も毎月300ドル払って使っていますが、300ドル払っているのは恐らく上位数パーセントの人で、多くの方は無料サービスを利用しているはずです。Anthropicも同様です。最近お金を取り始めたGoogleは、もともと広告モデルで無料で回そうという人たちです。それでもビジネスモデルは成立していると思われるかもしれませんが、成立しているかどうかまだ分かりません。なぜならば、対価というのはそれにかかるコストをリクープ(recoup:投じた費用を回収すること)しないといけないので、対価はもらったが赤字だというなら、それはビジネスではありません。
いわゆる伝統的なバリューチェーンでお金の構造が明確に見えているのはNVIDIAだけです。というわけで、NVIDIAに当然お金が集まります。NVIDIAは、AMDやインテルのような半導体企業との熾烈な競争の中にいますから、自分たちが市場でより優位なポジションを取れるように、お客様をもっと盛り上げたい、自分たちのGPUを買ってくれる人たちの成長を助けたいというインセンティブがあります。そこで、融資をする、あるいは顧客の株を買う。これが循環取引及びNVIDIAが提供しているベンダーファイナンスです。
経験豊富な皆様は、昔もそんなことがあったと思われるかもしれません。実際に2000年前後のいわゆるITバブル、ネットバブルのときも全く同じ構造で、マーケットがどんどん大きくなっていきました。あのときはまだGoogleやAmazonは、今のOpen AIやAnthropicのような駆け出しの企業でした。そのときインターネットを爆発的に広げたベンダーは、シスコシステムズ、ルーセント・テクノロジーズ、カナダのノーテル・ネットワークスという、ネットワーク機器のスイッチやルーターをつくって提供している会社です。ここに大量に発注が来ました。日本のNTTのインターネットもフレッツもほとんどシスコシステムズで構成されていて、NTTだけで年間何千億円というお金がそこに注ぎ込まれていました。彼らも同じような構造で、ベンダーファイナンスをやっていました。
エマージングマーケットで、強烈にお金が集まるところがマーケットを広げ、ポジションを強固にしていくために、こういった構造を取ることは以前からありました。ですから、同じことが起きていると感じたわけです。そして、今後も同じことが起きるだろうと類推されます。
先ほど申し上げた、シスコシステムズとルーセント・テクノロジーズとノーテル・ネットワークスの中で生き残っているのは、シスコシステムズだけです。ルーセント・テクノロジーズはアルカテル・ルーセントと名乗っていますが、ルーセント・テクノロジーズ部分はかなり衰退しています。ノーテル・ネットワークスは清算して完全になくなりました。
この苛烈な競争の中で、恐らくNVIDIAが勝って、シスコシステムズになるように見えますが、ゲームチェンジャーのようなものが出てくると、彼らの立場も分かりません。今シスコシステムズは生き残って非常に強いプレゼンスを持ってはいますが、その後ゲームチェンジャーが出てきて、業界の構造が変わりました。
それはスマートフォンが出てきた瞬間です。ネットバブルの2000年前後、Appleは存在していましたが、iPhoneの「i」の字もなかったのですが、2007年にiPhoneを発売し、日本には2008年に入ってきて、2010年代はスマホの時代になりました。それまでは、PCでインターネットを見るしかなかったのですが、ゲームが完全に変わってしまったのです。そういうものが、たかだか数年で出てくるというのが、この業界の特徴でもあります。
そこで、我々はこの構造を見ながら、ここにいない人たちは誰だろうと考える必要があると思っています。
ネットバブルのときも、似たようなことはありました。ベンダーファイナンスを受ける側のソフトウェア企業、AI企業の皮算用の帳尻が合っているのかという問題があります。
Open AIの数字は、どう足し算しても合わないというレポートが昨年末にHSBCから出され、フィナンシャル・タイムズで報道されました。私はHSBCの知り合いに頼んでレポートを読ませてもらい、このグラフを使わせていただいていますが、非常にシンプルで、それほど機微性はないと思っています。
Open AIの言う積み重ねの数字を読み解くと、何年後にこれぐらい儲かるというところまで行かないのです。これはほぼ足し算と引き算だけの計算ですが、彼らが言っている数字を達成しようとすると、2030年、あと3年半でユーザーが30億人、そのうちの10%が有料サービスを使うことになります。今、地球上の人口は約80億人です。先ほど私は、300ドルの有料サービスを使うのは多分数%と申し上げましたが、本当に10%行くのか。デジタル広告市場全体の2%程度をOpen AIが獲得して、企業向けのソリューションだけで4,000億ドル近くを販売することができるか、ということです。今後Open AIはIPOをしますが、きっとできるだろうと思って投資する人たちが、いっぱいいるだろうと思います。
最後は新しいファクトです。今、Mythos(ミトス)をめぐる狂騒が起きています。
金融業界の皆さんは、投資云々ではなく自らの生業の問題として、これと向き合うことが、問われていると思います。御存じのとおり、大量の未知の脆弱性が発見されました。これを放置するわけにはいきません。このままだとシステムは大量に停止せざるを得なくなります。アメリカでも同じような問題に直面していて、「今年は長い夏休みになりそうだな」と、冗談めかして言っている業界の方の話を聞きます。
今、世界中の企業や日本も含めた政府が、どうしたらAnthropicから選ばれる存在になれるのか、どうしたらミトスを使える立場になれるのかということに頭を悩ませている状況です。私は、これこそが狂騒そのものだと思います。選ばれる存在になるという考え方自体、本当にそれでいいのか、ということです。
コンピューターを科学として考えようという計算機科学の観点から申し上げると、AIがプログラミング言語(機械言語)を得意とするのは当然のことです。我々が会話で使う、まさしく今お話ししている自然言語に比べて、機械言語は、はるかに単純で、揺らぎが少なくて、解釈がぶれません。それは、機械言語は人間が100%作っているからです。人間が人間の制約の中で作るものが、人間を超えていくことは基本的にありません。しかも、人間が言語を作り出すことは、神への挑戦みたいなところがあって、どだい大したものはできないのです。これまでもエスペラントのように人間が意図的に言葉を作り出そうというチャレンジは幾つもありましたが、世界中で普及はしていません。コンピューターの場合は、むしろその方が都合がいいのです。なぜならば、人間が勉強しやすい、解釈しやすい、書きやすいからです。
AIはコンピューターによって作られているので、機械言語という非常に制限的な体系を持った言葉を理解するのは簡単なのです。皆さんや私が話している言葉を理解する方が、コンピューター的には、はるかに難しいのです。今、私は日本語を話していますが、日本語には主語があって、助詞があって、目的語、述語、動詞とか、いろいろ言葉があるわけです。英語は、前置詞を抜くと意味が通じなかったり、get up、get on、get downと、前置詞を変えるだけで全然意味が違います。前置詞と日本語の助詞は少し違うのですが、助詞は我々にとって非常に重要な言葉であるのに、助詞を抜いても大体通じます。例えば、「今日何食べたい?」と「今日は」の「は」を抜きます。二つを比較すると、「は」を入れることによって、少し硬くなるというニュアンスの変化はありますが、意味は通じます。ニュアンスの変化は、関係性や状況に依存しています。たかだか数文字の言葉でも、我々の意味の世界は非常に揺れるのです。
ですから、AIにとってはプログラミング言語の方がはるかに簡単です。これにOpen AIとGoogleが追随していないはずはないです。彼らは同じような技術を絶対持っています。公開していないだけです。Anthropicが今これだけ台頭しているのは、技術ではなく、先んじて出して寡占できた、マーケティングのやり方がうまかっただけだと、アメリカも日本の研究者も言います。
ただ、脆弱性の問題は確かに回避できないと思います。なぜなら、乱暴な物言いで恐縮ですが、これまで人間がコンピューターのコードを書いてきましたが、機械言語を使ってコードを書くという観点では、AIに比べると人間の方がずっとボロだったからです。
実は我々はこれを既に経験しています。「AlphaGO」を御記憶の方はいらっしゃるでしょうか。コロナ前の話ですが、今はGoogleの傘下に入ったDeepMindという会社のAIが囲碁の世界最高位の方と戦って、勝ちました。AIが人間に勝ったということで、非常にインパクトがありました。それでは、囲碁は廃れてしまったかというと、今でも多くのファンがいて大いに盛り上がっています。私も囲碁を打つのは楽しいと思います。
囲碁は非常に複雑なゲームですが、打ち手の組合せは猛烈な数があるものの有限であり、確率論的には必ず収束します。碁盤があり、ルールが決まっていて、非常に奥深いものではあるものの、限界は必ずあるからです。組合せの数が多くて、確率はとても人間には計算できないけれども限界があるというものは、コンピューター、とりわけAIは得意です。特にコンピューティングリソース(計算機能力)をたくさん持てば持つほど、どんどん得意になっていきます。
それでも囲碁は廃れていません。それは、「囲碁は面白いよね」と言う人間がいるからです。「囲碁は面白い」という評価をする側は常に人間であるという現状を考えると、AIが人間を超えていくのは簡単な話ではありません。
これと同じように、ミトスが見つけた大量の脆弱性は、困った、大変だ、と思うかもしれませんが、サイバーセキュリティの世界では、実は脆弱性は松竹梅のように評価があります。これは脆弱性だけど全然大したことない、取りあえず後回しにしていいだろうというものが、山ほどあります。一方、本当にこれはまずい、社会が壊れるというものは、そもそも公表しません。脆弱性が発見されても対処の方法が分からない状態でそれを世の中に公開すると、ゼロデイアタック等の社会不安が起きるので、セキュリティの世界では、対策が見つかるまで公開しないという暗黙のルールがあります。ですから、評価に人間が介在している限り、ミトスは偉い、ミトスに選ばれたい、ということは少し違うのではないかと思います。
こういった問題を様々引き起こしているのが今のAIであり、今我々は立ち止まって冷静に解題することができない状態にいる。これがバブルなのではないかと私は思っています。
2.AIの理想と現実
バブルの構造の源泉について、少しお話したいと思います。
「シンギュラリティ」という言葉は、AI、機械が人間を超えていくということです。図表4にありますとおり、シンギュラリティに到達すると言われているのが2045年です。あと20年弱たつと、機械が人間を超えて、全てのことをAIがやってくれるようになるという話がまことしやかに言われています。実際、「GPT」という言葉は、Generated Pre-Trained Transformerという技術的なことを説明しているのですが、General Purpose Technologyと読み替えて、何でもできると思っている方がいらっしゃいます。
図表4

そう思う理由は幾つかあります。そもそも、AIは最近ずっと波が続いていました。2010年前後、まさしくスマホが出てきたあたりから、今のパラダイムの起点であるマシンラーニングが、世の中で広く知られるようになりました。その後、ディープニューラルネットワークで、プロならAIをこんなふうに使いこなして、こんなすごいことができるんだと、みんなが思うようになりました。
今、我々は、同じパラダイムの上の次のステージにいます。生成AIが出てきてから、プロだけでなく、誰でもAIを使っていろんなことができると思うようになりました。これは、機械言語(プログラミング言語)ではなく、「こんにちは。私はクロサカタツヤです」と、我々が日常使っている自然言語を使って、AIを操作することができるようになったからです。「クロサカタツヤという人間は51歳、男性、中肉中背です。アジア人です。絵を描いてみてください」と言うだけで、それっぽい絵が出てくる。自然言語で制御できる。プログラミングも大体できる。AIはすごい。エンジニアが要らなくなり、人間の仕事はどんどん減って、機械が上回っていく。
今、プログラミングができるとわざと申し上げましたが、機械言語を使って、何かをすることはAIは得意中の得意ですから、プログラミングには向いています。
しかしながら、「面白い新作落語を考えてください」と言うと、100回ぐらいやって、たまに「おっ」と思わせるものが出てくるかもしれませんが、プロに見せたら、どれもこれも駄目だと言われると思います。落語は、非常に複雑な言葉の綾を使って面白さを作り出しますが、そこまで複雑な自然言語の使い回しは、AIにはまだまだできないのが実態です。
こういう中で、AGI(Artificial General Intelligence:人工汎用知能)とかASI(Artificial Superintelligence:人工超知能)などのAIが人間を超えていくのは本当なのか。実際、何でもできるわけではありませんが、今は限界をどんどん超えている状況なので、ある分野に特化すればAIはかなり使えると私自身も思っています。
図表5は昨年の夏にGartner社が発表したハイプ・サイクルです。普及が始まって、過度な期待があって、幻滅期をくぐり抜けて、安定していく。昨年の時点でAIエージェントはピークに来ていて、ここから先はジェットコースター的に落ちていって、幻滅期に入る。生成AIは既に落ち始めていました。実際に、生成AIは去年より若干勢いを失っています。去年は、絵が描ける、音楽が作れてすごいと言っていましたが、一巡して飽きた。今、絵を描いている人たちはあまりいません。Open AIもディズニーと戦略的提携をして、あのディズニーがいよいよコンテンツ事業に乗ったか、変わっていくんだなと、去年あたりは期待していましたが、あっという間に提携を解消して、お絵描きの「Sola」もほぼやめています。正直、コンテンツ業界とかメディア業界では、波に完全に乗ってしまう方もいたのですが、はしごを外された状態です。これがものすごいブームが来ている中での幻滅期の動きです。
図表5

ただ、その手前のところで、例えば創薬とか、ロボティクス的なもの、いわゆるフィジカルAIと言われるものは、まだまだ来るだろうと考えられています。
幾つかの分野において、AIはかなり重要な存在になっていくだろうと思いますが、AI、とりわけ今日の生成AIには、どうしても克服できない課題があります。恐らく構造上無理だろう、というところまで来た課題を幾つか御紹介したいと思います。
一つは、AIはそもそも計算していません。計算というのは、そろばんであり、電卓であり、PCのエクセルです。コンピューターサイエンス的に言うと、電卓もPCの計算もエクセルも、何百万回に1回エラーを起こして計算間違いをします。間違いのない人間がそろばんを打つ方が実は正確です。構造上、コンピューターは計算をしていますが、AIは計算していません。
家族でアメリカに引っ越して、下の娘が高校1年生で、代数の宿題が出ました。私自身、高校卒業ぐらいまでの数学であれば、まだ自分で解けるつもりでいるので、娘と一緒に解いたのですが、数学ではなく、英語の方が不安でした。私の解釈が本当に合っているのか、Chat GPTに聞いたら、私の解き方で合っていたのですが、計算結果が違いました。4桁×4桁ぐらいの計算でしたが、何度計算しても私は間違っていませんでした。Chat GPTの計算が間違っていました。そもそもChat GPTは計算していないのです。
フォトリーディングを御存じですか。本を読むのがものすごく速い人たちは、1字1字読んでいるのではなく、写真を撮るようにページをめくって読んでいるのです。AIは、画像情報や何らかの形を持ったデータをそのまま受け入れて、それを解釈するのではなく、全部記憶しています。例えば、1975×2388がどこかで計算された結果を見て記憶しているので、それは言えます。ただ、似たような数字を「何となくこれかな」ということで計算間違いをします。これがAIです。
東京大学の入試が解けるAIに、慶應大学の一番面倒くさい先生が作った入試問題を解かせてみたいと思います。AI研究者といつも議論になるのですが、多分無理です。慶應大学の一番ややこしい先生は、人でなしじゃないか、これは解けなくてもいいだろうと思うぐらい、訳の分からない問題を作ります。そういうものをAIは解けないだろうと思います。
何でこんなことが起きるかというと、AIは、LLM(Large Language Model)の手前で出てきているもので、教師あり学習とよく言いますが、languageを学習しています。この源流は「マシンラーニング」で、先ほど申し上げたとおり、学習ではなくフォトリーディングです。日本では、九九を学んだ後に、2桁×1桁の掛け算ができるようになります。33×3と3×3は、何となく構造が分かれば解けます。そうか、こうやって展開していけばいいんだというのが「学習」です。AIはそれをやっていないので、解けない問題があります。
例えば、マシンラーニングないしはディープニューラルネットワークのときから、AIが使える代表例として言われるのは、ヒヨコの雄雌の識別です。あれは職人技で、人間はヒヨコのお尻のあたりの特徴をパパッと見て識別するらしいのですが、AIは、例えば1万枚のヒヨコのお尻のあたりの写真を記憶させることで、雄雌の区別が大体できるようになります。分野特化すれば、できるのです。
ところが、ヒヨコの雄雌を識別する学習をしたAIに、ブタの写真を見せて「このブタは何歳ですか」と言うと、何も解けないはずです。この当たり前を克服できないのが今のマシンラーニング、ディープニューラルネットワーク、生成AIで、原理的な構造は全部同じなので共通の課題として出てきています。これを人工知能やコンピューターサイエンスの世界では「共変量シフト」と言います。マシンラーニングが登場した時点で、この共変量シフトが必ず起きることは実証されていました。
一昨年から去年にかけて、生成AIでも共変量シフトが起きるという実証論文が、大量に出てきました。学会で発表された論文を研究者たちがピアレビューをして、これは間違いないというところに至っていますので、共変量シフトは必ず発生します。AIはどこまでいっても何でもできるということにはならないわけです。
それを我々が知っている感覚で申し上げると、世界中のAI研究者でよく言われる「カボチャの色は何色ですか」という問いです。今日お聞きの皆様はほぼ100%、「中は黄色だけど、表面は緑だ」と言うでしょう。私もそう思っていたのですが、アメリカに引っ越すと、9、10、11月ぐらいは、カボチャはハロウィンのオレンジ色しかありません。つまり、カボチャの色は世界で違って、文化によって扱い方も違うのです。
「カボチャの色は何色ですか」に対して、我々の社会あるいは地球の多様性に、AIはシンプルで確実な答えを出すことができません。これを「ハルシネーション」と呼びます。今はRAGという技術を使い、裏付けを取って、「日本では緑色です。アメリカの秋ではオレンジ色です。中国では○○色です」と、AIが答えを返すようになりました。
一見すると、AIは非常に誠実で、さらにいろんなことをやってくれそうに感じます。この答え方を誠実だと感じるのは、恐らく皆さんがホワイトカラーだからです。ホワイトカラーの皆さんは、曖昧な答え、明確でない答えを自身がもう一回解釈して、「今私が欲しいのはアメリカのカボチャの色の話だから、オレンジね」と言います。
今、AIエージェントということで、業務の自動化のために、AIを幾つか組み合わせて連ねて処理していこうとしています。そのときに、ダグのような対策を打たれた「カボチャの色は何色ですか」という問いをパッと出されて、正確に自動化できるのか。次のAIが何を求めて、その全体のシステムが何を求めているのかを理解し切った上でちゃんとバトンを渡すことはおよそ無理です。自動化は、1、3、2ぐらいの簡単な指示しか受け入れられません。あるいは、「カボチャ、緑」と、パッと言ってくれないと困る。これが、自動化が本来求めているものです。
このように考えていくと、AIそのものにも限界があり、AIを組み合わせていくことによって、0.9×0.9=0.81になって精度がどんどん下がっていきます。これは、本当に克服する必要があるのでしょうか。克服しようとすればするほど、ものすごい電気と水を使います。この辺は、皆さん御存じのとおりです。
アメリカ全土で一番大きいデータセンターが集積しているサーバーファームは東海岸のヴァージニア州にあり、私の家から車で30分ぐらいのアッシュバーンというところです。日本で思われているように、テクノロジーは西海岸からいっぱい出てきますが、実ビジネス、実経済は、残念ながらアメリカ東海岸とヨーロッパで構成されています。トラフィックの量、お金の流通量、飛行機の飛ぶ量、いずれにしても大西洋と太平洋では比べものになりません。ワシントンD.C.と東京の直行便は1日2本ですが、ワシントンD.C.とロンドンの直行便は1日20~30本で、これはインターネットもデジタルの世界も同じです。
私がここで申し上げたいのは、一番巨大なデータセンターが一番の電気食い虫になっていることです。我が家の電気料金が、この半年で倍になりました。しかも、この後どうなるか分かりません。電気は簡単に作れませんから、需要が逼迫すると値段が上がっていきます。だったら、そこに原発をつくればいいじゃないか、という非常に雑な議論をする人がアメリカにもいっぱいいます。「ホワイトハウスから車で約30分で行けるアッシュバーンに原発をつくるつもりですか」「あ、そうか」みたいなことをアメリカ人は普通に言うので、この人たちは大丈夫かと思う瞬間があります。
この前、ソフトバンクがフランスにデータセンターをつくると発表しました。御存じのとおり、フランスは強烈な原発大国で、電気を輸出しています。そういうところでないと、データセンターの建設は無理なのです。また、冷却のことも含めて水の問題も非常に深刻です。ですから、今データセンターをつくると言うと、大体の地域で反対運動が起きるようになって、日本も既に始まっていると聞いていますので、この辺も頭打ちの要因になるでしょう。
もう一つ根源的な問題として、データの不足です。先ほどのヒヨコとブタの話を解決するためには、ブタの写真もいっぱい見せなければいけません。我々の物理世界の情報をもっとどんどん注ぎ込まなければいけないわけです。例えば、今日この部屋に何人いるか。数えれば分かりますが、それはデジタルな情報(データ)にはなっていません。データ化する手段がこの部屋にはないからです。カメラで撮って数えればいいのですが、それを誰もつくって置いていないのは、そのインセンティブがないからです。
つまり、物理世界にある情報をデータにするためにはインセンティブが必要です。もっとシンプルに言うと、儲かるのか、損をしないのか、大丈夫かということをちゃんと克服しないとデータにならないので、教師データはまだまだ足りません。
きっとできるようになると、私はずっと期待し続けたいと思います。世の中で起きていることのほとんどは、まだデジタルになっていないので、もっとデジタルを使おうという私としては、もっと進化するだろうと思っています。しかし、今のところ見通しは立っていません。
そこで今、世界中で合成データの話をしています。自然界からデータを取ってくるのではなく、それっぽいデータをつくろうとしているのですが、残念ながら、ろくなものにならないだろうという研究結果が少しずつ出始めています。でも、どうにもならないからやろうという競争に拍車をかけてしまって、結果的に持続可能性はどんどん足りなくなっていく。これは本当に意味があるのかと言いながら、電力をじゃんじゃん使い、電気代はどんどん上がる。徐々にもう無理だろうというところに来ています。
S&P Globalは、一昨年から去年にかけてAI導入をPoC(お試し)段階でやめた企業、とりわけホワイトカラーの会社の割合が増えたという数字を出しています(図表6)。日本よりも進んでいると言われているアメリカ企業がAIをギブアップし始めたのです。
図表6

これは、コンピューターやITの世界では当たり前のことで、AIを使うための準備が企業側に全然できていないのが実態です。自然言語だから準備は不要と思われるかもしれませんが、自分の会社のルールや物の言い方、解釈の仕方を理解しないと、AIはおよそ使い物になりません。どんなに頭がよくても、新入社員は新入社員であるということと同じです。「暗黙知」とよく言われますが、今までデータ化するインセンティブがなく、何をデータにすればいいのか分からなかったため、全くデータ化されていません。データ化されていないと、AIは学習できませんし、推論もできません。やはり、使えないということになってしまうのです。
加えて、AIは、自社で使うだけではなく、取引先との関係の中でも使いたい。そうしないと業務、プロセスが改善していかないからですが、「うちの会社でつくったAIに御社のデータを入れてもらえますか」「何でだよ」という話になります。必ずコンプライアンスの問題になります。これも全然解決されていません。
そういうわけで、AIを使える会社は先に進もうとしていますが、残念ながら今のところアメリカ企業でもそれは少数で、いわんや我々をやと考えると、まだまだ厳しいと言わざるを得ません。
そこで、「DX(Digital Transformation)」という言葉をもう一回きちんと捉え直す必要があります。デジタイゼーション(Digitization:アナログ・物理データのデジタル化)、デジタライゼーション(Digitalization:個々の業務・製造プロセスのデジタル化)という一連の営みを達成すれば、デジタルトランスフォーメーション(DX)が実現するという議論はミスリードでした。デジタルはそんなに簡単なものではありません。先ほど申し上げたとおり、我々の物理世界のほとんどは、まだアナログのままです。デジタイゼーションレベルも含めて、やらなければいけないことはまだ山ほど残っていて、たどり着くはずがありません。ゴールは300年ほど先ではないかと、私は思っています。
登ろうと思っていた階段は3段ではなく、300万段だったのですが、まず3段目のことを考えることが必要で、それが先ほど来申し上げている業務の自動化(オートメーション)です。今、世界中のAI企業もAIユーザー企業も、業務の自動化のためにAIを使うことを標榜しているのですが、これが非常に難しい。
データが不足していることはもちろんですが、良質なデータが圧倒的に不足しているという問題があります(図表7)。世の中にある様々なデータ、インターネットで見ているデータの多くは、コピーだったり、模造品だったり、あるいはコンプライアンス上使えなかったり、もはやゴミばかりになってきています。にもかかわらず、データはどんどん膨張しています。我々がどんどんつくって吐き出して、さらに生成AIがどんどんつくって、ゴミの山がどんどん生まれているのです。ゴミではないデータを探すためのコストが、極めて高くなり始めています。
図表7

このような中でフィジカルAIは、本当にできるのか。毎年、ラスベガスで開催されているCES(電子機器の見本市)のイベントで、昨年、NVIDIAのジェンスン・ファンCEOが「これからのAIはフィジカル(物理世界)だ」と言って、日本も、経済産業省を初めとして多くの方々が「ロボティクスだ、製造革命だ」と言っています。
私もそこは非常に期待していますし、是非、日本の競争力を高めたいと思っていますので、あえて厳しい見方をしています。1年たった今年のCESで、NVIDIAがフィジカルAIで展示していたのはクルマだけでした。正直、肩すかしを食らいました。CESそのものは、報道もいっぱいあって、ロボットもいっぱい出ていてすごかったです。あれがフィジカルAIだと皆さん思われると思いますが、あのロボティクスはほとんどが中国製です。中国製のロボットの質は全然悪く、日本のASIMOと比べても雲泥の差です。NVIDIAだったら、さすがにいいものを出してくるだろうと思ったら、ロボットは一切出さず、彼らはクルマ、自動運転のことだけしかやっていませんでした。
しかし、これは重要なメッセージです。NVIDIAは、非常に理知的でシビアな会社なので、できることしかやりません。みんなが自動運転をやろうとしていたから、長い間にデータを十分収集し、蓄積していました。大量の情報(データ)を獲得するためのシステムやサイクルをつくっていたNVIDIAは、自分たちの技術を自動車産業に投入しようということで、クルマを選びました。
トヨタをはじめ自動車産業の皆さんは、マシンラーニングというエラーレートが、まだはっきり分からないような技術に対して、非常に警戒的です。なぜなら、人の命がかかっているからです。AIの一つ前の潮流であるルールベースで、人間が全て制御しないと駄目なのではないか。でも、マシンラーニングでないと効率が悪過ぎるので、完全自動運転は全然来ないのです。
アメリカでテスラがブンブン走り回っていますが、しょっちゅう介入してきて、しょっちゅう自動運転が止まります。乗ってみると楽しいのですが、運転している方は大変です。途中で突然、「自動運転を解除します」と出てくるので油断できません。高速道路だと大体機能するのですが、街中はまだまだです。道のりはかなり遠いというのが実態です。
3.勝ち残るための必要条件
最後は、勝ち残るための必要条件です。
そんなAIでも使いこなさないと、今後、人間は成長できない、生きていけないレベルに来ていると思います(図表8)。我々が、よって立つ環境があまりにも複雑過ぎて、自分では制御できないからです。
図表8

私はワシントンD.C.に住んでいて、東京に会社を持ったり、日本政府の仕事をしているので、1~2か月に1回、飛行機に乗って東京に出張します。飛行機はほとんど自動操縦です。雲が出てきたり、離着陸するとき、何かあるときにはパイロットが介入しますから、安心して飛行機に乗れるのですが、平時の制御は機械がほぼ全部やっていますし、その方が安定します。複雑なシステムになればなるほど、人間の手に負えなくなっています。クルマも同じです。昔はクラッチもギアも重かったのですが、今、自動運転の手前のような気持ちになっているのは、機械がそこに存在しているからです。
我々は、AIを含めた複雑な技術を使わないと、絶対に先に進めないところまで来てしまいました。だから、否定するのではなく、どうやってこれを使いこなしていくかを、考えるべきなのです。そのときに、成功するAIユーザー、失敗するAIユーザーが必ずいます。準備ができているか、ちゃんとデジタルを使いこなせるパラダイムの中にいるか、それをステークホルダー全体に説明できるかどうかが重要です。
一方のAIベンダーは、今は競争が激しいのですが、この勢いのまま信じ続けていいのか、という問いがいよいよ来ていると思います。資本市場は、昨年の今頃と違って、AIというだけで株価が上がる状態では既になくなっています。一番分かりやすいのがオラクルで、「AI投資をする」と言った瞬間に、株価が下がりました。つまり、この投資が本当に正当化されるのかというところに、投資家の皆さんはもう来ている状況です。
Googleなどデジタルビジネスを提供している方々の多くは、結構無責任です。からかいのニュアンスを含めて「サ終(サービス終了)」と言います。彼らはある日突然、勝手に「来月でこのサービスはおしまいにします。ありがとうございました。さようなら」ということを何度も繰り返してきました。これをピボットとかアジャイルと言いますが、我々が本当にそれに自分の命や財産を預けられるのか。その一環として、またAIが出てくるのだとすると、たまったものではありません。ステップをどんどん刻んでいって、ここまで来たら足場を固めて、次のステップに行こうということを、考えなければいけないのです。
そのときに必要な基礎的な要件は、データを獲得し続けるエコシステムを持っているかということです。Googleが改めてAIに強いと言われるのは、まさしくそこです。
去年、アルゼンチンのブエノスアイレスの信号システムの制御にGoogleが協力しました。このシステムを導入することによって、信号待ちが減り、人々は楽に早く動けるようになるだけでなく、渋滞もなくなってCO2も削減されました。この理由は単純です。GoogleはAndroidを持っているので、世界中の人たちの位置情報をリアルタイムにたくさん取ることができるからです。皆さんが新しいお店に行くときに、Googleマップのバーを見て、「木曜日の夕方は混んでいるな。じゃ、行くのをやめようか」というのは、位置情報と人の動きを見ているからです。
ところが、Googleはサ終をする人たちなので、本当に信頼できるのか、委ねられるかと考えると、自分でやらなければいけないところが、ユーザー側にも出てきます。それが何なのか、それをどのように構成するのかを考えることが、恐らく新しい時代のミッション・ビジョン・バリュー+パーパスだと思います。それがないと、取引先やステークホルダーからデータを預かったり、もらったりすることが正当化されません。これができないから、日本企業は、個人情報保護法などでつまずいたりするわけです。これがやりたい、この価値をつくりたい、それをあなたに提供したい、だからこのデータをください、と言えるかどうかが重要です(図表9)。
図表9

金融業界では「フィデューシャリー・デューティ」という言葉が一般的だと思いますが、受託者としての責任を明確化する必要があるということです。
データはどのように生成され、どのように処理され、どう吐き出されて循環していくのか、というデータエコシステム全体の理解も必要になります(図表10)。これが理解できないと、どこでどんなトラブルが起きているのか、どんな新しい技術がどこに入ってくるのかが分からないので、次の世代の経営は恐らく立ち行かないだろうと思います。
図表10

4.AIエージェントについて
最後に、AIエージェントの話を一つだけします。
最近、「次はAIエージェントだ」ということをよく聞くと思いますが、先ほど申し上げたとおり、0.9×0.9=0.81になり、エラーレートがどんどん悪化していきます。その中で、AIエージェントをどうやって導入して、実験して、トライアンドエラーをしていくか。結局、価値を評価するのは人間なので、人間の側でその受け止めの準備ができている領域が重要です。
私がアメリカに引っ越して強く感じたのは、アメリカは返品大国です。ネットショップであれ、実店舗であれ、物を買ってサイズが合わない、ちょっと色落ちしているなと思い、店に持って行くとすぐ100%返金してくれます。レシートなんか持って行かなくてもいいのです。
Amazonの誤配送などは、回収するのも面倒くさいし、送るのも面倒くさい。お金は要らないから、よかったら使って、となります。これは、消費者保護が徹底しているからです。規制が非常に強く、その分が価格に転嫁されているからですが、全体で見るとエラーが起きても、この方がいいという状態ができています。
そういうことが整備されている領域ならば、もし正答率が0.9から0.8、0.7になったとしても、「すみません」と言うだけで済む。こういったところからAIエージェントが始まっていくのだろうと思います。
ただ、このエラーレートを上げていかないと話にならないので、ファーストパーティーデータ(1st party data)、新鮮なデータ(fresh data)、検証可能なデータ(verifiable data)など、質のいいデータを持っている人たちが最後に勝ち残っていきます。
半導体の勝ち残りで言うと、性能の過当競争がどこまで進むのか、ゲームチェンジャーは一体どこから出てくるのか、ということを考える必要があります。そのときに、コンピューターサイエンスをすっ飛ばした話を、いきなりされる方が結構いらっしゃいます。例えば、量子コンピューターの時代はまもなく来るのだろうと言われますが、コンピューターサイエンスの観点からすると、2050年で来るかどうかと思います。コンピューターは、小型化(ダウンサイジング)しないと、普及しないのです。パソコンがスマホになり、スマホがスマートデバイスになったように、小さくなって集積率がどんどん上がっていくことだけが、唯一の成長の道であり、普及の道でもあります。現在、量子コンピューターでスマホと同じ性能を出すためには、体育館と同じぐらいの巨大な冷蔵庫が必要です。この電気代が上がっている時代に、誰が使うのか。
半導体業界はきちんと現実を見定めて、循環取引も含めていろんな形でマーケティングをしていますが、彼らが核心を突いているのはどこなのかを見定めていくことが、重要だろうと考えています。
5.結語
最後に、まとめとして一つだけ申し上げたいのは、AIも産業も受け止める人間側も、今は非常に不安定な状態です。トラストがどんどん失われて、アントラストな状態にあります。ただ、それだと我々人間が生きていく知恵がないので、いかにこの状態を回避し、トラストを高めていくか。この取り組みができる方が最終的には生き残り、勝ち残っていくだろうと思います(図表11)。
図表11

最後は駆け足になってしまいましたが、私からの話は以上とさせていただきます。ありがとうございました。(拍手)
○森本理事長 クロサカ様、AIの実像について大局的なお話をいただき、ありがとうございます。
それでは、御質問、御意見をお受けしたいと思います。いかがでしょうか。
○質問者A 次世代のIT技術のIOWN、電力からの光ということを先生はどのように御覧になっておられるのでしょうか。
○クロサカ 弊社はコンサルタントなので、NTTは取引先の一つであるという前提のもとにお話をさせていただきますが、私自身は、大きな意味ではIOWNには非常に期待しています。パラダイム(目指すべき方向)としては正しいだろうと思っています。
一方で、あえて苦言を申し上げると、日本の半導体業界がたどってきた道筋、つまり、罠にはまっていないかということをちょっと感じています。日本の半導体業界は、技術だけで1990年代から2000年前後にかけて突っ走ったわけですが、需要をきちんと創造し切れていませんでした。世の中が何を欲しがって、そのためにどういう半導体をデザインすればいいのか、ということをマーケティングする力が必要です。
半導体業界は、もともと設備投資が非常に巨大で、かつ、回収期間が長く、大体10年スパンと言われています。インテルは、「インテル入ってる」という標語を作って、世界中インテルがなかったら嘘である、みたいな世界を作りました。マーケティングそのものであり、世の中がインテルが思っている方向と、ちょっとでも違う方に行こうとすると、引き戻し続けるものすごいパワーがあったから、インテルはあの時代に世界を支配しました。今のスマホの時代では、クアルコムが同じことをやっています。
IOWNは、本当にそういうマーケティングができているのか、そういう発想を持っているのか。つまり、ビジネスロードマップを持っているのか、ということはNTTの皆さんにも常に私から投げかけていますし、是非そういうことを考えてほしいと思っています。それができるようになれば、IOWNはきっとバラ色の未来が待っているでしょう。今のところ、もう少し頑張らないといけないと思います。
○質問者B 今の時代、日本人は答えを早く求め過ぎているのではないかと思います。このままいくと、例えばAIオリエンテッドガバナンスとかAIフォーカスドガバナンスが確立されていく時代が、我々にとって本当に生活しやすいものになるのでしょうか。そのあたりの御感触をいただければ幸いです。
○クロサカ 私は個人的には、AIを普及させていって人間に豊かな時代が来るかどうかは、全て人間の意思決定にかかっていると思います。今時点のAIは、冷静に考えて、やはりポンコツで、大体のことはできないと言わざるを得ない状況です。
ただ、ある特定領域ではものすごくできるし、それを使わないと我々は生きていけません。今、世の中の電子メールの8割、9割はスパムなので、スパムフィルターがないとメールはまともに使えないのですが、スパムフィルターはAIで作られています。そう考えると、ここでこういう使い方をしないと駄目だという特定は可能です。それを積み上げていくことで、我々は本当に使いこなしていけるのだろうと思っています。
実は、これはAIを道具として考えようという発想で、私はどちらかというとそちらに立っているのですが、今、あるコンテクストでは、道具以上のものとしてAIを見立てようとする人たちが発生しています。この人たちを否定しないで、どのように付き合っていくか、この人たちがどのような社会を作っていくかということはかなり真剣に考えないと、場合によっては、戦争という形で我々自身を滅ぼしていく可能性がゼロではない、ということは言わざるを得ないと思います。
○質問者C AIを活用できる社会にするためには、法的に相当の改変をする必要があると考えますが、政治家の皆さんはどの程度それを御理解されているのでしょうか。
○クロサカ その必要性や危機感は、かなりの代議士の方が理解されているだろうと思いますし、信じたいのですが、方法論や道筋は全く見えていません。これは、世界中どこもつまずいています。ヨーロッパでも、先行した結果、実態と合わない法律ができてしまって、産業や社会を毀損しています。例えば、ヨーロッパでAI規制法ができた後に、ドイツでは、お医者さんは必ずAIでセカンドオピニオンを得なければいけないという方向に行き始めています。AI規制法で言っていたことと、真逆なことが起きているわけです。アメリカは州法で、いろんなことができているのですが、立法は取りあえず先送りしています。世界中の人がみんなひとしく悩んでいます。恐らく中国でさえも、法律は作るけれども執行できないという状況になっていると思います。
手に負えないという状態から、我々はどう脱却するのか。法体系の整備はもちろん非常に重要ですし、やれることはすぐやるべきですが、一方で、AIそのものを、我々はどのように規律していくのか、開発をどのように規律していくのか、ということをそろそろ考えないといけないところに、来ていると思います。
○質問者D データセンターの消費電力及び冷却に必要な水を大幅に削減するような革新的な技術はあるのでしょうか。もしあるとして、実際に消費電力が下がってくるのはいつ頃になると思われますか。
○クロサカ 電力について幾つかの方法はありますが、取りあえず今起きている問題を解決するためには、構造から変えないといけないと思います。データセンターに集約し過ぎて、電力需要及び熱が巨大過ぎるから、そこで大量の水を使い、大量の冷却装置が必要になるのです。5年前はこんなことはありませんでした。パラダイムの変化及びその過当競争によってこうなってしまったのです。あまりにも知恵がなさ過ぎるだろうというのが、恐らくゲームチェンジャーが考えていることだと思います。
先ほど、ダウンサイジングしないとコンピューターは普及・発展しないと申し上げましたが、そのパラダイムにのっとると、むしろこれから先は、データセンターに集約するのではなく、一つ一つのデバイスの中で、できることを高めていく方向に行くでしょう。もちろんこれでも十分発熱するので、熱くなる瞬間はありますが、制約されていますから制御可能なはずです。そういうパラダイムに進むことで初めて、今ほど電気や水が要らなくなるとか、人間の需要の実態により合わせていくことで、無駄がなくなることが期待されます。逆に言うと、今のパラダイムでデータセンターに集約して激しく競争しようとする限り、解決方法は、緩和でしかないと思います。
○質問者E 少し前に、NHKで『AIの不都合な真実』という海外の制作会社が作成した番組(2025年に放送されたフランス制作の番組)を放映していました。その番組では、グローバルサウスの安い労働者を雇って、様々なデータ入力をさせていることや、AI産業の裏側にある搾取構造を描いていました。このように、AIが進展するほど、人間によるデータ入力労働が増えるという逆説的な構造について、クロサカ様はどのように評価されるでしょうか。また、こういった構造は、今後も変わらないのでしょうか。
○クロサカ 番組自体は見ていないのですが、ご指摘のような状況は規制のような能動的対策をしない限り、当面続くだろうと思います。機械を動かすために人間が苦労するというのは、トラックを人間が後ろから押して走らせているようなことであり、倫理以前に無駄というか本末転倒だと思います。逆に言えばそういった(本来ならば人間が手を動かすべきではない)労働集約型の作業形態を省人化・自動化するのが機械の本懐であって、ビジネスチャンスが大きく存在する、と考えたいところです。
○森本理事長 時間も大分過ぎましたので、以上をもちまして本日の「資本市場を考える会」は終了させていただきます。
クロサカ様、大変明快なお話をありがとうございました。(拍手)
(本稿は、2026(令和8)年6月11日に開催した講演会での要旨を整理したものであり、文責は当研究所にある。)
略歴等
【略歴】
- 1999年慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了。
- 三菱総合研究所を経て、2008年に株式会社企(くわだて)を設立。
- 通信・放送セクターの経営戦略や事業開発などのコンサルティングを行うほか、総務省、経済産業省、OECD(経済協力開発機構)等の政府委員を務め、政策立案を支援。
- 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任教授を経て、2026年から慶應義塾大学XDighityセンター副代表、2024年からジョージタウン大学客員研究員を兼務。
【主な著書】
- 『5Gでビジネスはどう変わるのか』(日経BP社、単著)
- 『生成AI時代の教養 技術と未来への21の問い』(風涛社、共著)
- 『AIバブルの不都合な真実』(日経BP社、単著)
【主な役職等】
- World Wide Web Consortium(W3C)Board of Director(理事)(2026年~)
- 総務省 巧妙化・複雑化するサイバー攻撃への対策の在り方に関する検討会 構成員(2026年~)
- 日本成長戦略会議 情報通信成長戦略官民協議会 構成員(2026年~)
- 総務省 情報通信審議会 情報通信技術分科会 電波有効利用委員会 専門委員/重点技術作業班 主査代理(2025年~)
- 経済協力開発機構(OECD) DFFT専門委員会 委員(2024年~)
- 一般社団法人日本ネットワークインフォメーションセンター(JPNIC)理事(2024年~)
- オリジネーター・プロファイル技術研究組合 事務局長(2022年~)
- 公正取引委員会 デジタルスペシャルアドバイザー(2021年~)
- 総務省 デジタル空間における情報流通の諸課題への対処に関する検討会 デジタル広告ワーキンググループ 構成員(2024年~)
- 総務省 電気通信事故検証会議 構成員(2022年~)
- 総務省前身の検討会 消費者保護政策委員会 主査代理(2016年~※前身の検討会を含む)、他