〔講演〕第二次イラン紛争とホルムズ海峡危機
田中 浩一郎(慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授 兼 総合政策学部教授)
御紹介ありがとうございます。田中でございます。本日はよろしくお願いいたします。
まず初めに、タイトルについて御説明させていただきますと、「第二次イラン紛争」とは、今年2月28日から始まった、アメリカ・イスラエルとイランとの間の紛争状態を指しています。第一次は、昨年6月、イスラエルの先制攻撃によって始まり、12日間続いたことから「12日間紛争」と言われていますが、そこで決着がつかなかったため、再度イランに対する攻撃が行われ、現在に至るまで続いているわけです。そして、この第二次紛争が、停戦なのか終戦なのか、どういう形で決着するか分かりませんが、当然、終わり方次第では第三次紛争が予見されます。したがって、数で数えた方がよいと考え、「第二次イラン紛争とホルムズ海峡危機」と銘打った次第です。
さて、様々なウォーゲームやシミュレーションなど政策的なプラクティスを行っていく中で、民間であろうと軍機関であろうと、イランが絡む紛争が起こった場合、1つのシナリオとして、イランがホルムズ海峡を物理的に封鎖することは多くのケースで予見されていました。イラン側も警告的に、「何かあったら閉ざすぞ」ということを言葉の上での脅しとしてずっと使ってきたわけですが、それが今、現実の問題となり、危機に発展しています。
この危機を打破する方法は2つしかありません。1つは、アメリカ・イスラエルが軍事的に完全なる勝利を収めること。もう1つは、何らかの合意で停戦若しくは終戦に至ることです。後者に関しては、現状、相互攻撃はほぼ止まっていますが、その合意を恒久的なものにするための交渉が必要であり、それを今、アメリカとイランが間接的に行っている、あるいは行おうとしています。しかしながら、メディアを通じて伝えられているものが本当に交渉の実態を表しているかどうかについては、かなり怪しいものがあります。すなわち、情報戦として、「交渉が行われている」とか「交渉に進展が見られた」という言葉がメディア上では躍っているわけです。
それを受け、世界とエネルギー市場には多大な影響が及んでいます。あと1~2か月この状態が続けば、仮にその段階で恒久的な停戦や終戦の合意ができたとしても、2026年中にはホルムズ海峡の正常化は見込めず、2027年にずれ込むでしょう。また、原油や天然ガスの供給という観点では、2月28日のイラン攻撃開始前の、いわゆるフルスペックでの世界市場への供給体制は2030年頃まで戻らないかもしれません。つまり、泥沼化とも言える現在の状況が長引けば長引くほど、交渉が難しくなるのはもちろんのこと、この先起き得る出来事による破壊が一層拡大する余地が広がり、戦後の原状回復に時間がかかる、こういう環境に我々は立たされていることを理解する必要があります。
1.回避不能だった第二次イラン紛争
では、本論に入ります。
第二次イラン紛争を説明するに当たっては、まず、昨年6月の「12日間紛争」(第一次イラン紛争)に着目しなければいけません。第一次紛争では、図表1の右の地図に示したイラン国内のウラン濃縮施設や核関連施設をイスラエルが破壊したわけですが、このうち、首都テヘラン(Tehran)に近いフォルドゥ(Fordow)に関しては、イスラエル単独では破壊できないことが最初から分かっており、イスラエルが攻撃に出れば、やがてはアメリカも加勢せざるを得なくなる、そういう構造の下でアメリカの介入が行われました。
図表1

イスラエルによる攻撃はそれだけにとどまらず、左の地図のとおり、イラン国内の多くの軍事施設、とりわけミサイルの発射や開発に関わる施設も併せて破壊しました。イランに手を出せば、当然、イランからの反撃によってイスラエルも傷を負う可能性があります。その際の有効な手段としてイランが用いる弾道ミサイルを破壊することで、反撃の機会を与えないようにしたのです。
これらの軍事作戦は多くの成功を収めたと言えます。戦闘の初期段階であまりにも物事がうまくいき過ぎたこともあり、イスラエル、そしてアメリカもそれに乗る形で、第三の目標を掲げ始めました。何かというと、体制転換です。イランのイスラム共和国体制を潰すことも一連の攻撃の中に含め、展開したものの、12日間で停戦に至るまでの間にその目的を達成することはできませんでした。それゆえに、積み残し分を完成させるためにどこかで新たな攻撃が起きることが予見されたわけです。
第一次紛争以降、イランは様々な意味で複雑な状況に置かれてきました。
まず、2022年、ヒジャブ(イスラム教徒の女性が髪や頭部を覆うために身に着ける布)のかぶり方をめぐってマフサ・アミニさんという1人の女性が命を落としたことから、いわゆるマフサ・デモが起こり、それ以降イラン国内では、治安維持の観点から、治安当局は市民に対して腫れ物に触るような形で接することが求められる、そういうピリピリした雰囲気が広がっていました。迂闊に市民を怒らせると、当局は大きな手間を取らされることになるわけです。
経済面では、昨年末にかけて急激に通貨安(リアル安)が進行しました。10月頃からイスラエルによる再攻撃の噂がまことしやかに流れたこともあり、そのような心理的な要因も加わった上でリアル安が形成されていったものと思われます。
また、イランでは、6年ぶりにガソリン価格の引き上げが行われました。それでも世界一安い水準であることに変わりはないのですが、市民の側からすると3倍もの大幅な値上げということで、非常に強い不満が生じたことは間違いありません。前回2019年の価格引き上げの際にも暴動が起きたことを考えると、生活苦につながるガソリンの値上げは新たなデモの下地になったとも言えます。
そのほかにも、全般的な物価高が続き、特に食肉や鶏卵などが急騰しました。それによって食卓からたんぱく源が消え、ここでも人々の不満がたまっています。
さらには、気候変動の影響で西アジア地域が20年来悩まされている渇水がイランでも深刻化しています。昨年後半からは、ついに首都テヘランの水瓶も干上がるようになりました。図表2の右の衛星写真は、2020年9月(薄い色(ホームページ掲載のカラー版では黄色)の部分)と2025年11月(濃い色(ホームページ掲載のカラー版では青色)の部分)のテヘラン周辺のダム湖の水位を比べたものです。まさに干上がっている状態であることが分かります。
図表2

これらはいずれも体制に対して強い不満をもたらし、イラン国内では、昨年末から今年1月中旬にかけて、騒擾事件にまで発展するほどの混乱が起きました。アメリカとイスラエルは、そのデモを煽ることでイランの体制が中から崩壊することを期待していたようですが、さすがにそこまでには至りませんでした。とはいえ、多くの命が失われたことは間違いありません。イラン政府は、死者数は双方で3,100人余りと発表しましたが、実態としては、その2倍か3倍ぐらいいてもおかしくありません。これを受けて人権問題に敏感なEUも、イランの軍事組織であるイスラム革命防衛隊(IRGC:Islamic Revolutionary Guard Corps)をテロ組織に指定するという措置をとりました。
このあたりは、イランはとんでもないことをしている、したがって、イランに対する軍事攻撃は正当化されると言わんばかりの雰囲気づくり、環境づくりが行われていたということかと思いますが、いずれにしても、アメリカとイスラエルがこのデモを煽っていたことは確かです。例えば元国務長官で元CIA長官でもあるポンペオ(Pompeo)氏は、「トランプ政権は、イランでデモを行っている当事者をあらゆる形で支援している」と述べていますし、トランプ大統領自身も、人道的な観点から軍事介入も辞さずという形で脅していました。しかし結果として、軍事介入は行われず、デモによる体制の崩壊にも至りませんでした。
このように、取りあえず難局は乗り切ったわけですが、1月中旬の段階で私が見ていたイランのシナリオは次の3つです。
A)デモは沈静化したものの不満は増幅し、体制運営は綱渡り。どこで風船が爆発するか分からず、体制の終わりが始まる。
B)アメリカなどが最高指導者を始めとする体制上層部の「斬首作戦」を伴う軍事介入を行い、現体制が崩壊に至る。しかし、その先、民主的な政権樹立の可能性は極めて低く、むしろ、内乱や内戦を抱え込み、周辺地域に今まで以上に脅威を及ぼすようになる。
C)「斬首作戦」が成功したとしても、体制が崩壊する前に、まだ機能を残している軍部がソフトクーデターを起こしてイランの全権を掌握する。
皮肉なことに2026年5月現在においては、間違いなくC)の状況です。図らずも体制トップの首をとることはできたものの、民主的な政体にかわることも、親米になることももちろんなく、市民の側から見れば、軍が全権を掌握してしまうというより厄介な事態となっています。
トランプ大統領が2月の再攻撃を決断するまでには、様々な思案事項がありました。まず、TACO呼ばわりされたくない。TACOとは、「Trump Always Chickens Out(トランプはいつもおじけ付いて退く)」の略です。また、当時、世間の関心を集めていたエプスタイン・ファイルから目をそらしたい。ちなみに、イランでの戦争が想定したように進んでいない中、つい先日はUFOに関するファイルを公開しました。これらの行動の裏には、自分の失敗を何とか糊塗したいという意図があるようです。そして、戦争を続ければ、当然、財政赤字は拡大し、それは彼の支持基盤に歓迎されない。混乱から原油価格が上昇すると、アメリカ国内のガソリン価格が上がり、インフレを悪化させるといったことです。
そんなこんなで、周囲の様子を見ているようでもあり、全く見ていないようでもあるトランプ大統領が、彼自身の判断基準に基づいて再度イラン攻撃に打って出ることが色濃く見えてくるわけですが、そのような状況の中、駐イスラエル米国大使のハッカビー氏は、イスラエルに対して「トランプ大統領は約束を守る」と述べ、変な側面支援をしています。この場合の「約束」とは、イランを叩くことを指します。
なぜこんな話になったのかというと、昨年6回、今年に入ってからも既に2回行われているアメリカ・イスラエル首脳会談において、ネタニヤフ首相がトランプ大統領に再度のイラン攻撃の必要性を訴えていたからです。昨年10月4日の段階でネタニヤフ首相は、「6月の戦争を通じて、イランからの核と弾道ミサイルの脅威を排除した」とイスラエルの群衆の前で豪語していました。しかし、その3日後にホワイトハウスを訪れた際には、イランの弾道ミサイルの脅威が残っているということで、イランを叩く強い意欲を示したのです。
そして、さらに2か月後の12月29日、ネタニヤフ首相はマールアラーゴを訪ね、トランプ大統領と会談を行いました。その後の共同記者会見でトランプ大統領は、「イスラエルがイランを再度攻撃することをアメリカは支持する」、さらに、記者からの質問に答えて、「イランがミサイル開発を継続したら、アメリカはもちろん徹底的に叩くが、核開発の再建だったら即座に行動する」と述べ、アメリカも乗り出す意思があることを示しました。
その結果、今年2月28日、イランへの再攻撃を行ったわけですが、これは明らかにイスラエルが主導する軍事作戦です。昨年6月の「12日間紛争」において未達成だった「斬首作戦」を行い、体制転換を実現することこそが最大の目標であったと言えます。
攻撃に乗り出した初日にハメネイ最高指導者の命を取ることに成功しましたが、この戦争はアメリカ国内では非常に評判が悪く、攻撃開始1週間後の3月6日に発表された世論調査では、反対が多数派を構成しています。さらに2か月後の5月6日の調査では、賛成33%、反対60%と、ほぼダブルスコアです。ただ、党派色は残っており、民主党は90%、無党派は64%が反対であるのに対し、共和党は依然として72%が賛成ということで、アメリカ社会の分断がここでもはっきりと見えます。
これは、アメリカ国内においてイランに対するイメージが非常に悪いことが大きく影響しているものと思われますが、イスラエルのロビイスト、あるいは親イスラエルのロビー団体が熱心に活動していることによる影響も捨て切れません。
2.誰もが恐れたホルムズ海峡危機
このようにアメリカ国内で評判の悪い第二次イラン紛争ですけれども、そこに乗り出したがゆえに、誰もが恐れていたホルムズ海峡危機が生じてしまいました。
図表3の右の地図は、第二次紛争開始から約1か月の間に、アメリカとイスラエルが攻撃・破壊した地点とイランが反撃した地点を示したものです。レバノンに関しては、イスラエルだけが攻撃を行っています。
図表3

イランは、当事国であるイスラエルへの攻撃はもちろんのこと、湾岸諸国も含め、域内にあるアメリカ軍基地とレーダーサイトをターゲットにしています。一方、アメリカとイスラエルは、ペルシア湾沿岸部、そしてイランとイラクの国境付近を攻撃しています。つまり、周辺に対して脅威を及ぼし得る地点の軍事拠点を潰しているということです。全般的に言えるのは、人口が密集する都市部での攻撃が多く、イラン国内もテヘランを初めとする大都市圏が攻撃を受けています。これはイランの軍事拠点が数多くあるということにほかなりませんし、それ以外の地域においては、イランの核関連施設がある所というふうに言い換えることができます。
一方、どの国がイランから報復攻撃を受けていたのかという観点で見たのが、図表4です。リボンの太さは攻撃の頻度、色は各国を象徴する色で、左から、3月の第1週、第2週、第3週、第4週の状況を表しています。第1週においては、UAEとクウェートが主な攻撃対象でした。先ほど申し上げたとおり、そこにあるアメリカ軍の基地やレーダーサイトを破壊したということです。そして、第2週以降は、イスラエルへの攻撃がほとんどを占めるようになってきました。これが今まで行われてきた攻撃の実態です。
図表4

双方とも、消耗戦に入っていることは間違いありません。アメリカとイスラエルは、攻撃する兵器はまだ十分足りていても、イランからのドローンや弾道ミサイルの迎撃に使う兵器がどんどん減ってきており、一体どこまで持ちこたえられるか。イランの方も、様々な国内設備が破壊され、弾道ミサイルの発射能力がいつまでもつか。この2つの時間軸の中で競っている、そういうチキンレースの状態です。
では、イランの反撃は全く効いていないのかというと、決してそうではありません。図表5の衛星画像は、イランが中国の衛星を購入した上で撮影し、公開しているものです。いわゆるビフォー・アフターで、イランが破壊したアメリカの軍事施設の様子が見てとれます。アメリカ国防総省は議会証言で、イランでの軍事作戦費用の見積りとして290億ドルという数字を出していますが、実際はその倍ぐらいになっているのではないかという説も根強くあります。
図表5

この避けられなかった紛争によって、誰もが恐れていたホルムズ海峡の封鎖という「パンドラの箱」が開けられてしまったわけですが、私は、「スズメバチの巣」をつついてしまったというふうに見ています。今、ホルムズ海峡で船舶に対し最大の脅威を及ぼしているのはイランの小型スピードボートでありまして、それらがものすごいスピードで動いている様は、まさにスズメバチの巣をつついたかのように見えるからです。
それはさておき、ホルムズ海峡に対するイランの法的な立場を説明しておきたいと思います。この点が分からないと、なぜイランがホルムズ海峡にこだわるのか、そして、なぜオマーンとともにここで行動しようと訴えているのか、理解することはできません。
我々はホルムズ海峡を「国際海峡」と呼んでいますが、イランからすると「領海の中」です。自国の領海を一方的に取り上げられたことに不満を持ち、国際海峡として宣言されたことに同意していません。そのためイランは、国連海洋法条約に沿岸国として署名はしたものの、批准はしていません。すなわち、内容について不備を訴えているということです。一方、対岸のオマーンは、批准国ではありますが、ホルムズ海峡に関しては、イランと同様、領海の中の航路であると主張しています。
では、その中に閉じ込められた格好になっているイラクと、オマーンを除く湾岸協力会議の5か国(UAE、サウジアラビア、バーレーン、カタール、クウェート)はイランの目にどう映るのかと言えば、アメリカ軍基地を置かせているという点で、アメリカ軍の行動については各国にも責任がある、つまり、「中立国」ではなく「準交戦国」です。また、現在は戦時下であり、戦時国際法が適用されるとなると、国際海峡ではなく、イランとオマーンの領海であるホルムズ海峡を通航することについて、各国に関係する船舶は、無害通航権を主張することができたとしても、制約を受ける場合があり得るというのがイランの見方です。
私は、3月初旬の段階でその先のシナリオを考え、発生するであろう損害や被害を、図表6のように短期(3月)、そして中期(4~5月)・長期(6月~)に分けてまとめてみました。
図表6

短期では、トルコの地中海側にあるジェイハン(Ceyhan)港の石油積出基地の破壊、これが唯一、現実のものとなっていません。しかし、2度ほどここに向けて弾道ミサイルが飛来し、NATOが迎撃したことを発表しています。飛行経路などから、イランがジェイハンを狙っていた節があることを考えると、実際に破壊されていてもおかしくありません。
さらに、紛争が中期化・長期化していく場合、事態は一層悪化するだろうと見ておりました。上の3つのドットがアメリカ・イスラエルの行動、下の3つのドットがイランの報復です。どれを見ても、ホルムズ海峡がすぐに開放されるとは考えられません。
イランが反撃能力を失ったとしても、アメリカ・イスラエルはその先も、インフラを含め、空爆によって徹底的に破壊するでしょう。また、イランの体制転換の遂行にこだわるのであれば、アメリカは地上軍の派遣を余儀なくされます。しかも、それは数万人程度で済むような話ではありませんし、高濃縮ウランをイランから取り除くということになれば、一層多くの兵員が必要になります。加えて、ホルムズ海峡を力ずくで開放するということであれば、イランの島嶼を攻略しなければならず、この点においても地上戦が不可避です。いずれにしても、今以上に攻撃の烈度は上がります。
当然、イラン側も黙っていません。ホルムズ海峡に大々的に機雷をまくでしょうし、現在、UAEにとって原油・石油製品の代替輸送ルートとなっているフジャイラ港を攻略することにもつながると見ています。既に何度も攻撃を受けているフジャイラは、アメリカ軍にとってアキレス腱とも言えるところです。なぜなら、ここが潰されると、一般の商船だけでなく、アメリカ軍の艦船も燃料補給を受けることができなくなり、単なる洋上に浮かぶ鉄の塊になってしまうからです。
また、アラビア半島の反対側に位置するバーブルマンデブ海峡危機の再燃も懸念されます。サウジアラビアは東西パイプラインを使ってヤンブー港から原油を輸出しているため、バーブルマンデブ海峡に対してにらみがきかされてしまうと通航が難しくなり、ヤンブー港を活用しての代替輸送ルートもついえてしまうことになり得ます。
イランはイスラム革命防衛隊を通じて度々声明を出していますが、その最たるものが図表7の地図で表されたものです。
図表7

ペルシア湾の出入口に当たるホルムズ海峡の中央に位置するA、B、C、Dの4つの座標軸をとり、その4点のほぼ真ん中に収まるような形で危険区域を指定しています。ここに何があるのか、正直言って定かではありませんが、イランの外務報道官は機雷をまいたことに言及しているので、その可能性はゼロではないと言えます。しかし、機雷の敷設が本当のことであったとしたら、いかにアメリカ軍の艦船であっても、そんなところは通りません。実際は往来していることからすると、アナウンス効果を考えてのレトリックだと思われます。
この地図では、ホルムズ海峡の本来の航路に代えて、西行き、すなわち、ホルムズ海峡からペルシア湾に入る航路はイランのララク島とケシュム島の間を通る航路を設定し、出て行くときにはその南側を通る格好になっています。これがいわゆる、イランの指定した「安全回廊」と言われるものです。
そんな中、トランプ政権はどんな手に打って出たのかというと、オマーン海の海域をブロックすることを通じて「逆封鎖」を仕掛けたのです。
今後、イランに圧力をかけながらホルムズ海峡の強制的な開放を目指すのであれば、島嶼攻略は不可欠になります。その際、ララク島、ケシュム島、ヘンガム島の3つが間違いなく攻撃対象になると考えられますが、ペルシア湾のほぼ中ほどにあるアブムサ島、大小トンブ島も注目の的になると見ています。なぜなら、これらの島はUAEが領有権を主張しているからです。イランの手から取り戻す機会を得たとUAEが考えれば、ここも騒がしくなってくるでしょう。
では、アメリカに対抗しているイスラム革命防衛隊は何を考えているのか。いわゆる危険区域と言いますか、通航すると様々な形で不利益が生じることを警告する海域を広げています。図表8の地図はもはや古く、現在は、イラン側ではかなりパキスタン寄りのジャースク港、そして、ホルムズ海峡の中ではシリー島、この辺りまで線を引いた上で、そこをホルムズ海峡と呼ぶという主張に変えてきています。これはまた大きな火種になると考えられます。
図表8

3.情報戦としての「交渉」
軍事的にこじ開けることが難しいのであれば、あとは妥協を図りながら、交渉を通じて何らかの合意を得ていくことになるわけですが、ここで双方の主張を振り返ってみたいと思います。
4月11日から12日未明にかけて仲介国パキスタンの首都イスラマバードで行われた協議には、アメリカ側からはバンス副大統領らが、イラン側からはガリバフ国会議長らがやってきました。アメリカとイランが1980年4月に外交関係を断絶して以降、非公式な形での協議や外相レベルでの直接協議は行われてきましたが、それよりも高いレベルで対面協議が行われたのはカーター政権下の1978年が恐らく最後ですから、実に48年ぶりということになります。しかし、だからといって万事うまくいくことが保証されていたわけではありません。
イラン側は、それなりの期待を抱いていました。この協議が行われる数日前、トランプ大統領が例のソーシャルメディアに「イランからいい提案を受け取った。これが協議の土台になる」と書き込んだことで、自分たちが出した条件をトランプ大統領がのんだと思ったのです。だからこそ80名を超える大代表団を送り、できる限り早期の交渉妥結を目指していました。しかしアメリカ側は、バンス副大統領と、これまで交渉を行ってきたウィトコフ特使及びクシュナー氏が中心で、およそ専門的な話ができるだけの予備知識や下地のある人たちではありませんでした。
結局、合意が得られないまま、じれたバンス副大統領が先に席を立ち、イスラマバードから離れてしまったことをもって協議は終わりを迎えました。それ以降、直接的にも間接的にも協議は再開されていません。今後再開されるとしたら、その継続は、アメリカ側がどう対応するかにかかっています。なぜなら、席を立ったのはアメリカですから、アメリカが席に戻らないといけない、そういう状態を抱え込んでいるからです。
両国の間の文書のキャッチボールや、伝言ゲームのようなメッセージの送り交わしを見ていますと、時間とともに多くの変化はありますが、実質的な争点は図表9に挙げたとおりです。アメリカ側の要求、イラン側の要求、どちらを見ても、中間点が見出せるような内容ではないことがお分かりいただけるかと思います。したがって、この先、交渉が復活する可能性は低いと思われます。むしろ、脅しも含めて、双方から互いの真剣度を疑問視するような発言も出てくるでしょうし、再び軍事的な交戦に至るかもしれません。少なくとも、地域が正常化し、ホルムズ海峡の通航が可能になるところまで事態が推移しているとは到底言えない状況です。また、イラン側の要求が拡大していることから、イランはいわゆるマキシマリストの立場を取るようになったと考えられます。
図表9

交渉が実際に進んでいるのかよく分からない、あるいは、双方の言い分を聞いている限りにおいては全く話がかみ合っていないにもかかわらず、トランプ大統領はソーシャルメディアに、「物事がうまくいっている」「近くまた会合が行われる」「代表団がそろそろ出発する」といった話を書き込んだり、「イランが合意したがっている」など、イラン側が折れたと言わんばかりの発信をしています。しかし、どれも信憑性が怪しいことからすると、ある種の情報戦が展開されていると言えます。一方のイランは、焦っているようには見えませんが、仮に焦っていたとしても、アメリカに比べたらはるかにゆっくりとしたものです。自分たちには地の利があり、あの地域にずっといるという立場からしても、どこにも動く必要がなく、我慢できるというわけです。
トランプ政権の楽観論に手を貸しているのが、ニュースサイトのアクシオス(Axios)であり、オールドメディアではウォール・ストリート・ジャーナルです。いずれもホワイトハウスの内情に明るく、公になっていないイランとの接触などを積極的に伝えています。そして、トランプ大統領の楽観論に近い考えを持つ人が多いのか、毎度毎度飽きもせず、専ら合意に向けた前進を伝えています。
それが原油市場に対して沈静効果をもたらすことは間違いないのですが、トランプ大統領のソーシャルメディアへの書き込みと連動しているところもあります。市場の動きを見ていると、非常に不自然な原油の大口取引が、トランプ大統領の発信やアクシオスの報道の少し前に起きており、インサイダー取引の疑いが拭えない、そんな感覚を覚えます。アメリカの議会関係者の間でも、この点について問題視する声が徐々に増えています。
アメリカ側の意図としては、「合意できる」と言えば、イランがほだされてまた交渉に臨むのではないか、そういう期待があるのかもしれません。しかし、少なくともアクシオスに限って言えば、その著名なライターであるバラク・ラビッドという人物は、イスラエル軍の8200部隊という情報戦を展開する部隊の元構成員です。現在はジャーナリストのバッジを着けているとはいえ、彼が発信している話にはかなり怪しいものが多く、情報操作への加担がないとはとても言い切れません。
4.世界とエネルギー市場に投じる影
最後に、世界とエネルギー市場にどういう影響が生じるのか考えてみたいと思います。
今、メディアでは「エネルギー危機」という形で語られていますが、現状をそのように捉えることは、矮小化し過ぎであると私は思っています。
ホルムズ海峡の事実上の封鎖により、原油、LNG(液化天然ガス)、LPG(液化石油ガス)のタンカーが行き来できなくなったことを考えると、確かにエネルギー危機なのかもしれませんが、1973年の第一次オイルショックとは異なります。OAPEC(アラブ石油輸出国機構)による輸出削減、そしてOPEC(石油輸出国機構)による大幅な価格引上げ、これらはまさにエネルギー危機でした。加えて、当時、中東からの原油に多くを依存していたのは、言うまでもなくOECD(経済協力開発機構)を中心とする先進国でした。しかし現状においては、世界中の至るところで原油や原油の派生品が使われており、グローバリズムを通じてサプライチェーンがネットワークと化しています。もはや先進工業国だけの問題ではなく、エネルギーに特化した問題でもありません。したがって、今の状況を「エネルギー危機」と表現することに大きな疑問を感じるわけです。
むしろ、2020年からのコロナ禍において広がったようなサプライチェーンの目詰まりや寸断が、この先、世界規模で広がっていくと見ています。例えるなら、クモの糸のように非常に細いもので遠方につながっているがゆえに、巣の真ん中に鎮座して獲物を待っているクモには、どこで目詰まりや寸断が起こっているか分からない。そして、ふとしたことがきっかけで巣全体がバサッと下に落ちてしまうかもしれず、そうなったときにはもはや手遅れ、そんな状況に見えます。あまりきれいに表現できませんが、サプライチェーンにおける目詰まりや寸断は、今やどこで起きてもおかしくないということです。
例えば、日本国内でナフサの量が充足していても、東南アジアをはじめ、他の国々でナフサの不足が生じたことによって中間財が日本に入ってこないと、あらゆる製品を日本で完成させることができません。実際、コロナ禍においては、半導体の不足によってカーナビが作れず、完成品としての車両を販売することができないという問題が起きました。まさにこういった事態が様々な所で発生する可能性がある、これが今の状況です。
確かに、原油価格は上がりました。WTI(West Texas Intermediate:アメリカ合衆国南部のテキサス州とニューメキシコ州を中心に産出される原油の総称)で、上は1バレル当たり100~110ドル、下は80ドル台後半を行ったり来たりしていますが、今のところこの程度で収まっているのには以下のような理由があります。
先ほど述べたように、トランプ大統領のソーシャルメディアでの書きぶりやアクシオスの報道が、イランとの合意が近いのではないか、ホルムズ海峡もすぐに開放されるのではないか、そういう期待感を市場に与えていることによって沈静効果が生まれています。そして、アメリカを中心に、増産ではなく、戦略備蓄も含めた在庫の掃き出しによって市場に対する供給が支えられています。その一方で、中国が今、輸入を極端に絞っていることで世界市場におけるバランスが何とか保たれています。これらのことから、110ドルの壁を超えない範囲で収まっているわけです。
しかし、この状態は持続可能なのかということが最近になってようやく語られるようになってきました。例えばゴールドマン・サックスは、今のこの在庫の取り崩しは、7月に入ると在庫自体にストレスを与えるレベルに入るため、徐々に滞るようになり、市場に対する供給のペースが落ちることによって価格が上昇し、150ドルをにらむ動きが出てくるのではないかと指摘しています。150ドルはまだ少し早いと思いますが、近いうち、一段高い110~130ドルの領域に上がることは大いにあり得ます。
中東から出てくる原油・天然ガスはアジア市場との結びつきが非常に強く、中でもホルムズ海峡経由の原油の8割は、中国、インド、韓国、日本、その他アジア向けです。したがって、ナフサの不足は日本だけの問題ではなく、アジアの他の国々も同様の問題に直面しており、そういった国からの部品などに頼る日本の産業・経済も既に影響を受け始めているという現実を考えなくてはなりません。
原油価格の変動とアメリカのガソリン価格の変動はまさに連動しており、きれいな相関関係が見られます。現在、アメリカ国内のレギュラーガソリンの平均価格は、1ガロン当たり3ドル60セントレベルに入ってきています。しかし、排ガス規制や環境規制が厳しい州ではガソリンの質・価格が全く異なり、例えばカリフォルニア州では既に6ドル40セントを超えています。円/リットル換算すると、我々が日本で買うよりも高いガソリンが流通している状態です。本当ならこれはトランプ政権や共和党への強い警鐘となるはずなのですが、まだまだ届いていないのかもしれません。
一方、航空燃料輸入の多くを中東に依存しているのがヨーロッパです。我々は今、航空会社に燃料サーチャージを支払うことによって高い燃料費を負担させられていますが、ヨーロッパでは、航空燃料の不足から小さな空港や地方空港での減便が徐々に広がっており、日本とは別の面で量的な問題に直面しています。
アジアで使われているナフサの6割は、中東からの輸入に頼っています。したがって、ここが削られると、他から多少は調達できたとしても、全量を埋めるのは容易ではありません。先ほど申し上げたように、世界での大増産は生じていないため、アメリカを中心に国内在庫を取り崩すことで供給不足を補ったり、一時的に制裁が解除されているロシア産原油に頼ることはできるかもしれませんが、いずれもどこまで続けられるか疑問です。先般、日本政府は、東南アジア諸国に財政支援を行うことを表明しました。しかし、改めて言うまでもなく、東南アジア諸国はナフサの中東依存度が高く、価格も上がっている中、果たしてそれだけで十分に回っていくのかどうかが問われています。
LNGについては、日本のホルムズ海峡依存度は6%程度で高くないのですが、実際には短期契約とスポット市場で全量の約40%を調達しており、短期契約の価格が上昇したことで、その分の影響を間違いなく受けます。また、もともと世界的にスポット市場が限られている中で、カタールとUAEを合わせて年間8,300万トンのLNG供給がほぼ完全に途絶えた今、多くの国はこの分をどこかから調達しなければいけません。これまで長期契約に頼っていたか、短期契約やスポット市場を使っていたかに関係なく、仮に8,300万トン分が全部スポット+短契市場に向かうとすると、どう考えても供給余力はなく、価格上昇は否めません。
さらに、日本が買い負けするようなことになると、火力発電において大々的な問題を引き起こします。この点に関しては、高市政権が早々と石炭火力へのシフトを発表しました。もちろん気候変動対策としては褒められたものではありませんが、原発云々ではなく、短期的に対応可能な石炭火力にシフトしたのは現実的な選択だったと思います。
アジアのLNGスポット価格であるJKM(Japan Korea Marker)は、2026年に入って以降、確かに上がっていますが、ロシアがウクライナ侵攻を開始した2022年からの上昇分に比べるとまだまだ緩やかで、2倍程度に収まっています。2022~2023年は、その前年の夏以前の状況から7倍ぐらいまで上がりましたので、その観点からすると天井はまだ低いところにあります。
これには、ヨーロッパの発電燃料事情と、日本を含むアジアの電源構成の違いがもろに表れています。単純に言えば、アジアは長期契約が多く、スポットに依存する部分がそれほど大きくありません。また、東アジアにおいては、ヨーロッパに比べて石炭火力の活用の余地が大きく、経済成長の低下が最初から見込まれています。この数年間だけでも再生可能エネルギーの拡大が見られています。こういったことによってショックが和らいでいると言えます。
原油の代替ルートには日本も大きな期待を寄せ、実際に活用していますが、様々な脆弱性があります。
サウジアラビアの東西パイプラインについては、2019年に一度破断しており、軍事攻撃に対して非常に脆弱です。ヤンブー(Yanbu)の積み出し基地は今般一度攻撃を受けていることから、この先も攻撃がないとは言い切れません。加えて、アジアに運ぶための出入口に当たるバーブルマンデブ海峡も、イエメンのフーシ派の脅威が及ぶようなことになれば、通航不能になる可能性は大いにあります。東西パイプラインの油送能力は日量700万バレルまで拡大していますが、ヤンブーの積出能力は450万バレルと限られており、それ以上出すことはできません。したがって、ここを安心材料として全面的に取り入れることができるかどうか、私は懐疑的に見ています。
ホルムズ海峡の外に面したフジャイラ(Fujairah)港につながるUAEのハブシャン-フジャイラ(Habshan-Fujairah)パイプラインも、フジャイラ港がこれまで度々攻撃の対象となっていることから、非常に危ういと言えます。つい最近も一番大きなマニホールドのもとの所が攻撃を受けたことで、油送能力、積出能力低下の可能性が指摘されていますが、もともと日量170万バレル程度です。UAEのOPEC離脱を受け、パイプラインの強化とフジャイラ港の積出能力の拡張が行われるとしても、それは何年も先のことですので、現状、大々的な増産をしようとしても、実際の油送能力、積出能力には限界があります。
ペルシア湾の一番奥のイラクからトルコに至るキルクーク-ジェイハン(Kirkuk-Ceyhan)パイプラインについては、イラク南部の主要油田地帯から北につなぐパイプラインがなく、原油の輸出は結局ここで滞ってしまいます。また、つい先日、イラクの新しい首相が決定しましたが、この先、特にイランとの関係において二重三重に国内で大きな問題を抱え込む、そういう不安定さもあります。
石油の派生品である化学肥料の調達においてもペルシア湾に依存している国は多く、これらの国々で食糧生産に滞りが生じた場合、1つは飢餓の問題が起こるでしょうし、輸出しているケースでは市場への供給が減ることになります。
アンモニアも同様です。サウジアラビアとカタールに依存する国が多く、特に顕著なのはインド、韓国、モロッコです。
尿素に関しては、タイ、インド、オーストラリアがサウジアラビアから、アメリカ、ブラジルはカタールから多くの供給を受けています。トランプ大統領は、「ホルムズ海峡はアメリカには関係ない」と豪語しました。しかし実際のところ、原油ではそれほどの依存はないとしても、アルミなども含めた金属や化学品の分野においては、中東から入ってくるものもあり、やはり影響は不可避であると言えます。
尿素の供給が滞ると、ディーゼルエンジン車に不可欠なアドブルー(AdBlue:排出ガスの浄化に用いられる尿素水)がなくなり、トラックを走らせることができなくなってしまうため、日本国内の物流1つ取ってみても、とんでもない事態を引き起こすことになります。ただでさえ2024年問題、すなわち、運転手の不足などを通じて物流に大きなひずみが生じている中、尿素の供給減で運行車両がさらに減ることになれば、日本の物流全体にとてつもない影響が及ぶ、こういった脅威が潜んでいます。
UAEのOPEC離脱についても少し触れておきたいと思います。
先ほど申し上げたとおり、すぐに原油を増産できたとしても、実際の輸出能力は限られます。では、なぜUAEは今回OPEC離脱を表明したのか。言うまでもなく地政学的な問題で、1つはサウジアラビアとの確執、もう1つはイランへの対応です。
今般UAEは、イスラエルのネタニヤフ首相の訪問を受け入れ、イスラエルから軍隊の派遣も受け、さらにはイランの島に対する攻撃も行うなど、かなり積極的にこの戦争に加勢しようとしていました。しかし、他の湾岸アラブ諸国はいずれも及び腰でということで、イランへの対応をめぐって意見の対立が広がったものと見ております。
最後に、日本にとっての注意点です。
まず、トランプ大統領の発言はあまりにも不安定なので、それに振り回されないことです。最近は、TACOに続いてNACHOという言葉があります。「Not A Chance Hormuz Opens」の略で、要は、トランプ大統領がソーシャルメディアでどんなに楽観的な発信をしたとしても、実際には、ホルムズ海峡の早期開放は期待薄だということです。であるならば、日本政府は、原油の備蓄だけでなく、節約・節制・省エネに早く舵を切るべきだと私は当初から言っているのですが、なかなかそうはなっていません。
また、先ほど来申し上げているとおり、サプライチェーンの目詰まりや寸断はどうしても避けられません。したがって、経済を考えるときには、第一次オイルショックではなく、コロナ禍に模した状況を想定する必要があります。
そして、この一連の出来事を通じて、イスラエルが中東における軍事大国であることが証明されました。これまでも日本の市場に対して、ドローンやAIの売り込みなど、様々な面で積極的に働きかけてきており、日本の防衛産業、そして防衛省も、イスラエルとの協力には前向きです。しかし、ガザの件も含め、国際法を全く無視する行動があまりにも目につく現状においては、イスラエル、あるいはイスラエル系企業との付き合いについては、一定のレピュテーションリスクを伴う相手として捉えることも重要であると考えます。
私の話は以上です。御清聴ありがとうございました。(拍手)
○森本理事長 イラン紛争、それに伴うエネルギー、サプライチェーンへの影響について、大変包括的な御説明をありがとうございました。
それでは、御質問、御意見等をいただければと思います。いかがでしょうか。
○質問者A 我々はトランプの言動に振り回されやすいところがあるのですが、イランがこれほどしたたかなのは、ちょっと想定外でした。国内的には、物価高などに対する国民の不満や、現政権指導者と革命防衛隊の確執もあろうかと思いますが、経済力、あるいは軍事力も含めてイランがこんなにしたたかなのは、国土が広いことが1つの要因になっているのか。そのあたりについて先生の見解を伺いたいと思います。
○田中 私も、ここまでイランの抗戦力が続くとは正直思っていませんでした。アメリカ側の言い分を真に受け過ぎたところもあるかもしれませんが、昨年6月の第一次紛争と今回の第二次紛争初期の大々的な空爆によって弾道ミサイルの発射能力が損なわれ、反撃能力はもって2週間ぐらい。そして、イランの反撃能力がなくなっても、アメリカとイスラエルの空爆は体制転換が起きるまで続く。これが当初の段階での私の見立てでした。しかし驚くべきことに、2週間を超えても、イランはドローンや弾道ミサイルを飛ばす能力を保持し続けています。
その背景として、アメリカとイスラエルが空からのぞき見たりしていた、衛星情報に基づくインテリジェンスの評価にそもそも大きな間違いがあったのではないかと思います。すなわち、イランの能力を丸裸にしたと思っていたところ、実は十分に把握し切れていないものが相当数あったということです。当初、ヘグセス国防長官は「90%破壊した」と誇っていましたが、あのとき彼らが知り得ていた分母の数が誤っていれば、当然、その90%という解は間違っていることになります。
あとは、イラン側が十分な用意をしていたということです。ミサイルは通常、地上に置いておくのではなく地下に貯蔵するのですが、その貯蔵施設が、アメリカのバンカーバスター(Bunker Buster:地中貫通爆弾)でも破壊できないほど強靭だったということです。このあたりも読み誤っていたのだろうと思います。
そして何よりも、御指摘のとおり国土が広いということです。イランは「戦略的縦深性(Strategic Depth)」を十分に有しており、特にホルムズ海峡に対してにらみをきかせることで、単にホルムズ海峡やペルシア湾の沿岸地域だけでなく、遠く離れたイラン北部からもドローンやミサイルを使って脅威を与えることができます。この能力が、現状、ホルムズ海峡を再び開通させることができない最大の要因だと思います。仮にアメリカ軍が海兵隊など様々な部隊を投入し島嶼部を攻略したとしても、本土の奥から飛来してくるようなものに対してはまだまだ無力で、船舶の航行が通常どおり行われるような環境にはありません。その点は非常にしたたかであると言えます。
一方、国内の事情に関してですが、政府と革命防衛隊など軍部との間に確執があるというのは、かなり偽情報が混じっています。平時において文民政府と軍は並列した存在であり、いわゆるシビリアン・コントロールのように政府の下に軍があるという形ではありません。したがって、意見の相違はもちろんありますし、特に安全保障においては確執や衝突がありましたが、その上に最高指導者という存在がいることによって、文民政府と軍との間の調整を行ったり、片方をいさめたりなだめたりということで、何とか1つの形にしていたわけです。
しかし、この最高指導者を2月28日の斬首作戦によって取り除いてしまった後は、軍が文民政府の上に乗る形、先ほど申し上げたシナリオのC)で言うところのソフトクーデターが起きていますので、政府が発する言葉も、実際には軍が確認したものということになります。ですから、確執が続いているというのはアメリカにとって都合のいい解釈であり、合意に至らない理由を、自身の要求の中身ではなく、イラン内部の分裂というところに見いだそうとしているのだと思います。
なお、国民の不満が大きいのはそのとおりで、1月半ばまで続いた騒擾事件は体制にとって非常に大きな脅威でしたが、外国による攻撃を受けている、その一点においては、人々の体制に対する嫌悪感はむしろ二次的、三次的な位置に下がります。まずは国を守らなければいけないというナショナリズムの高揚があり、求心力を回復するところまではいかないものの、体制をひっくり返そうという話にはならないと思います。
○質問者B 中国とロシアは、停戦やホルムズ海峡の開放に何らかの影響を及ぼすことができるのでしょうか。
○田中 中国はエネルギーの中東依存度が高いので、船舶が往復できない状態が長く続くことは好んでいません。その点においては、日本と同じ立場、あるいは、アメリカが言っているように、アメリカと中国の間で共通する利害関係ということになります。したがって、イランに対して一定のところで歯止めをかけようとしていることは間違いないのですが、現状、中国は実質的に困るところまではいっていません。ここ数年間で、特にイランから原油を安く買うことによって備蓄量を増やしたと言われていますので、その分で何とかしのげると考えているのかもしれません。
一方ロシアは、あまり停戦を望んでいないと思います。なぜなら、世界の目が中東にくぎ付けになっている間は、ウクライナで好き勝手ができるからです。また、ヨーロッパもウクライナに対して十分なケアができなくなりますし、本来ウクライナに向かうはずだったアメリカの武器も中東の方に集められ、そこで消費されていきますので、ロシアにとって戦局は有利になります。さらに言えば、世界的な原油の供給不足からロシア産原油への制裁が緩められていますので、高値で売るチャンスでもあります。したがって、交渉も含め、イランとは様々なやり取りをしていますが、この紛争の最大の受益国とも言えるロシアが積極的に停戦を仲介するようなことはないだろうと私は見ております。
〇質問者C イランの後ろには中国がおり、米軍の展開がバランスを失っている現在の状況は、中国には好都合であろうと考えております。米中間選挙までに台湾有事に発展する可能性はいかがでしょうか。
〇田中 東アジアと太平洋の米軍戦力が中東に振り向けられていることから、確かに中国にとって好ましい環境が生じています。そのために、台湾海峡有事への懸念が高まっているという見方には説得力があります。一方、この紛争を受けて中国経済が無傷でいられるわけでもないため、現下で積極的な軍事行動に至る蓋然性はあまり高いとは見ておりません。
○森本理事長 時間も過ぎておりますので、本日の「資本市場を考える会」は以上とさせていただきます。
田中様、大変分かりやすい御説明をありがとうございました。
(拍手)
(本稿は、2026(令和8)年5月15日に開催した講演会での要旨を整理したものであり、文責は当研究所にある。)
略歴等
【生年・生地】
1961年12月5日・東京生まれ(64歳)
【学歴】
- 東京外国語大学外国語学部ペルシア語学科卒業(1985)
- 東京外国語大学大学院外国語学研究科アジア第2言語修了(1988)
【専門】
イランを中心とする西アジア地域の国際関係とエネルギー安全保障、平和構築と予防外交
【経歴】
- 在イラン日本国大使館 専門調査員(1989.4−1992.3)
- 財団法人 中東経済研究所 副主任研究員(1992.6−1998.5)
同 主任研究員(1998.6−10) - 外務省国際情報局分析第2課 専門分析員(1999.1−3)
- 外務省中近東・アフリカ局中近東第2課 課長補佐(1999.6−2001.10)
- 国連アフガニスタン特別ミッション 政務官(1999.6−2001.10)【出向】
- 財団法人 国際開発センターエネルギー・環境室 主任研究員(2001.10−2004.5)
- 財団法人 中東経済研究所 主席研究員(2004.6−2005.3)
- 財団法人 日本エネルギー経済研究所 中東研究センター 研究主幹(2005.4−12)
- 財団法人 日本エネルギー経済研究所 中東研究センター長 兼 研究理事(2006.1−2008.6)
同 兼 理事(2008.6−2012.6) - 一般財団法人 日本エネルギー経済研究所 同 兼 常務理事(2012.6−2017.8)
- 慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 教授(2017.9−)
【その他の主な活動】
- アフガニスタン第1回大統領選挙EU派遣監視団員(2004.10)
- 官邸「第1回アフガニスタン支援検討会議」委員(2010.8)
- 官邸「在留邦人及び在外日本企業の保護の在り方等に関する有識者懇談会」有識者(2013.3−4)
- 官邸「邦人殺害テロ事件の対応に関する検証委員会」有識者(2015.2−5)
- 経済産業省臨時専門アドバイザー(2018.10−2021.3)
- 日本放送協会国際放送番組審議会委員(2018.11−2022.10)、同副委員長(2022.4−10)