「永久先物」は有望な取引仕法か
森本 学(当研究所理事長)
要旨
米国CFTCが、規制市場に初めて上場認可したことから、「永久先物」が注目を集めている。永久先物は、満期のない先物取引であるが、本質はFXや信用取引と同種の「決済繰延型デリバティブ」である。決済繰延型では、繰延料をやり取りする必要があり、その理論価格は(金利―貸付料)である。これまで米国で行われてきた暗号資産の永久先物では、繰延料(Funding Rate)の変動が大きく投機的な取引となってきた。今回上場されたビットコイン永久先物が、安定した繰延料の下で価格発見機能を適切に発揮できるかが、永久先物の他の金融資産(個別株や株価指数)への適用可能性を占う上で試金石となる。永久先物自体は、取引仕法として特段の新規性や競争力はないが、ブロックチェーンなど新技術を活用して提供されており、また、現在はそれら新取引への規制が緩いため、そうしたことが永久先物の今後の展開にどう影響するかも注目される。
はじめに
CFTC(米国商品先物取引委員会)は、本年5月末に、規制市場(商品先物取引所)にビットコイン「永久先物」の上場を認可した。「永久先物」は、これまで、暗号資産交換業者がその取引を提供していたが、規制市場に上場されるのは初めてである。また、CFTCは同時に政策文書を公表し、その中で、永久先物の個別株式や株価指数への適用可能性について言及した。このため、株式市場では、既存の取引所の経営への懸念から、米国の三大取引所グループ(CME、ICE、Cboe)の株価は大幅に(7~15%)下落した。
果たして、「永久先物」はどれほど有望な取引仕法なのだろうか。本稿では、「永久先物」が、これまでのデリバティブ取引と何が異なり、何に似ているのかを解説するとともに、その可能性、有効性について私見を述べることとしたい。
永久先物とは何か――決済繰延型デリバティブ
永久先物(Perpetual Futures)は、報道では、「満期日(限月)のないデリバティブ取引。永久先物の価格は現物と差が広がりやすいので、買い手と売り手の間で定期的に調整金をやり取りする」などと説明されている。これだけでは中々判りにくいのであるが、簡単に言えば、永久先物は、FX取引や信用取引の仲間である。
デリバティブ取引(オプション、スワップを除く)には、大別して、「先物取引型」(先日付の売買取引)と「決済繰延型」(現物取引の決済を繰延べるもの)がある。前者は、株価指数先物、国債先物、各種の商品先物が代表的な取引であり、後者は、FX取引や信用取引、CFDが代表例である。先物取引型は、先日付の売買を約束することでポジションを造成するのに対し、決済繰延型は、現物取引として売り又は買うものの、対象資産又は資金の引渡し、受取りは猶予される(その間、資産又は資金は借りる)形となる。そして、反対売買又は現渡し、現引きにより取引がクローズすると、当該借入れは返済される。
決済繰延型における繰延料の授受
決済繰延型の特徴は、決済の繰延べに伴って、日々費用又は収益が発生することである。この取引では、売建て又は買建てを行うのに、対象資産又は資金を借り入れるが、同時に、売却代金又は買入れた資産を担保として提供する。この担保は転貸等の利用が可能であり、結局、経済的に見れば、対象資産を借りて資金を貸す(売り方)か、資金を借りて対象資産を貸す(買い方)ことが行われる。このため、資金及び対象資産の貸借料を決済の繰延べに伴って授受する必要が生じる。
問題は、資金の貸借料は金利なので明確であるのに対し、対象資産の貸借料はしばしば実勢レートが不明確なことである。日本の信用取引では、ふだんは貸株レートは隠れていて、売り方は(担保金の)金利と相殺してネットゼロ1、買い方は(担保株の貸株レートはゼロと見做して)金利をグロスで負担するという非対称な取扱いとなっている。そして、貸株超過になると、急に逆日歩として高率の貸株料を授受するという不連続的に状況になる。
この点、FXは理想的な決済繰延型取引である。取引資金(通常は円)と対象資産(ドル、ユーロなど)の貸借料(即ち金利)が明確なので、両者の金利差がスワップポイントとして授受され、そこには(多少利鞘は抜かれるものの)非対称性や不連続性は存在しない。
米国の永久先物の仕組み
米国で永久先物は、主として暗号資産の取引仕法として発達してきた。それも、米国外に本拠のある分散型取引所(DEX)が取引プラットフォームを提供する形で行われてきた(米国におけるデリバティブ規制上の取扱いははっきりせず、いわばグレーな位置づけのままだった)。
この永久先物では、問題の繰延料の授受はどのように行われているのだろうか。米国の永久先物では、この繰延料は“Funding Rate”(日本では「資金調達率」と訳されている)と呼ばれ、他の繰延型と同様、理論的には(金利-暗号資産の貸付料)になるものとされている。そして、Funding Rateが正(Positive:買い方が売り方に支払う)か負(Negative)かは、暗号資産投資家のセンチメントを表す指標として市場で注目されている。Negativeのときは、空売りが増えて貸付料が高騰しているので弱気相場と見るのである〔ただし、こうした指標が示す相場動向というのは、もちろん当てにならない。類似の状況において、日本には「逆日歩に買いなし」と「逆日歩に売りなし」の相反する相場格言が存在する〕。
永久先物の有望性
米国では、多数の暗号資産(100種以上)が永久先物によって取引されている。それらの中には、Funding Rateの変動が激しく、Funding Rateのトレード(又は裁定取引)が永久先物を取引する誘因になっているものも見られる。既存の取引で言うと、(逆日歩が発生しやすい)小型株の信用取引に似ていると言うことが出来る。
それらの対象資産は、概してレンディング市場に厚みが無いため、貸付料のボラティリティが大きく、取引を不安定又は投機的にする。上場直後のスペースX(と連動するトークン)の永久先物取引では、玉不足からFunding Rateが大きくNegativeに振れ、多くの売り方が損切りを強いられた。
決済繰延型取引において、FX取引のように対象資産のレンディング市場に厚みがあり、貸付料(FXの場合は金利)が安定して明確なものが理想形であるとすると、現在の米国の永久先物はそれから懸け離れていて、マニア向けの取引と言うことが出来る。その意味で、暗号資産の交換業者取引とは連続性があるのであろう。
このように、米国の永久先物には独特の投機性と取引妙味があり、それが市場拡大の原動力となってきた。ただし、永久先物が既存の取引所を脅かすに至るには、メジャーな資産の取引において、安定したFunding Rateの下、純粋に対象資産の価値にベットできる市場になる必要がある。その意味で、今回認可されたビットコイン永久先物の動向は、その個別株式や株価指数への取引拡大を占う上からも、一つの試金石となるであろう。
さいごに――日の下に新しきものなし、しかし…
以上論じたように、永久先物は取引仕法としては特段新しいものではなく、それ自体、他のデリバティブ取引に対して強い競争力を持つものではない。ただし、現実の永久先物の競争力を推し量るには、留意すべき点が二つほどあると思われる。
第一は、その取引が提供される環境である。永久先物は、インターネット、ブロックチェーン、トークン化などのテクノロジーを最大限活用してサービスを提供している。多くは、対象資産、資金ともトークン化した上で取引しており、ブロックチェーン技術を用いて決済される。プラットフォームがシンプルでダイレクトアクセスであることを生かして、計算期間(値洗いやFunding Rateを授受する期間)が短く設定(8時間のところが多い)されており、それにより低い取引コストと高いレバレッジ(100倍程度のものも多い)を実現している。また、永久先物を多く取引しているDEX(分散型取引所)は、注文のマッチングに特化したプラットフォームであり、他の(取引所の)機能はスマートコントラクトやアウトソーシングにより提供されている。いわば、取引所の業務がアンバンドルされているという革新性がある。
第二の留意点は、既存の取引の欠陥又は非効率性と規制対応の違いである。永久先物に本質的な新規性がないとしても、既存の取引に非効率や高コスト等の弱点があれば、それは既存取引を脅かすことになる。例えば、米国の信用取引は、レバレッジが2倍と低く抑えられており、繰延料も基本的に売買両サイドから徴収する高コストの制度設計となっている。また、米国の規制環境は、(少なくとも現状においては)既存の証券取引に比べて、ブロックチェーンやトークン技術を用いた取引に対して宥和的である。
温故知新すれば、短期清算取引という例がある。日本の戦前期には、個別株式の先物取引が盛んに行われていたが、後から登場した決済繰延型の短期清算取引が、規制・税制の緩さ及び高効率性によって、先物取引型の長期清算取引を凌駕したという歴史がある。永久先物について、筆者は必ずしもデリバティブ取引の本流に取って代わるとは考えていないが、上述の様な留意点も含めて、今後の動向には注目していく必要があろう。
(本稿の内容は、金融ファクシミリ新聞社の許可を得たうえで、筆者が同社の「金融資本市場展望」に掲載した記事を加筆修正したものである)
(以上)
(補論)決済繰延型デリバティブで繰延料の授受が必要な理由
決済繰延型デリバティブ(FX取引、信用取引、CFDなど)は、スポット価格を用いて取引するので、一見、(スポット価格が)値上りすれば買い方がその差額を儲け、売り方はその分損をするだけのように思える。では、それに加えて何故繰延料を日々授受しなければならないのだろうか。
例をFX取引にとって説明しよう。FX取引は、現物取引の決済を繰延べていると見ることも出来るが、日々期限1日の先物取引を行いそれをロールオーバーしていると見ることも出来る(金融庁の定義はこちらの方である)。1ドル=160円の日に(ドルの)買い方、売り方が取引開始し、翌日161円になったとしよう。スポットの価格差だけで決済すると、買い方が1円儲け、売り方が1円損をすることになるが、取引としてはそれだけではダメなのである。
なぜかと言うと、売り方が並行して、現物でドルを買って保有する取引をしていると、1日分とは言えドル金利(厳密には円ドル金利差)が得られる。その場合、売り方はFXで1円損をしても現物で1円儲けているので、差引きドル金利分だけ利益を上げている。その関係は、翌日1ドル=159円になっても同じであり、売り方はドル金利分の利益を得る。つまり、単純にスポットの価格差を授受する仕組みにすると、現物取引との組合せにより(相場の如何によらず)確実に儲かる方法(裁定利益)が存在してしまうのだ。
このため、CFDのように「スポットの価格差のみをやり取りする」と謳っている取引でも、(取引に伴って貸借は生じてないように見えるにも拘わらず)繰延料の授受(CFDでは「ファンディング・コスト」と呼んでいる)が行われる。繰延料に授受は、これらの取引全てにおいて、取引のパリティを保つために必須なのである(先物取引型では、現物と先物の価格差によって、繰延費用・収益の調整は行われている)。
(以上)
注釈
- 注1日本の信用取引は、従前、売り方の繰延料は原則ゼロだったが、2002年の空売り規制強化の一環として、貸株の市場レートとは無関係に1%程度(日証金は証券会社に0.4%)の一律の貸株料を課す仕組みを導入している。