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第66巻第2号(2026年2月)

証券規制と市場の変節

若園智明(当研究所理事・主席研究員)

弊所は事業の一環として証券経済学会の事務局機能を担っている。1966年11月に創立された証券経済学会は、今年で60周年の節目を迎える。これを記念して、9月に大阪で開催される全国大会では特別な企画を複数予定している。その1つが、市場開設者や市場監督者、資産運用業者、そして大学の研究者(アメリカ金融)を揃えた2時間の座談会であり、筆者が司会進行を拝命している。各自が専門の立場から意見を披露し合う趣向だが、肝心の「お題目」を選ぶのは司会者の役目であり、昨年末からずっと思案を続けている。

筆者はアメリカの証券規制を研究対象としてきたため、日米の市場を比較することも多い。例えば昨秋、アメリカのビッグテックがAIやクラウドのインフラ投資を目的に相次いで発行した巨額社債は象徴的である。9月のオラクルを皮切りに、メタ、アルファベット(Google)、アマゾンの4社が発行した社債は総額で900億ドル近い(約14兆円)。しかも償還期限が30年や40年といった超長期債を含む。わずか2か月ほどの間に、これだけ大量の社債が難なく消化されていく光景には、市場の深さを改めて実感させられた。

日本でも、昨夏にNTTデータが組織再編等を目的として総額177億ドル相当のグローバル社債を発行している。アジア企業として最大級の規模であることは確かだが、アメリカの例はAIデータセンター投資という共通テーマが明確であり、成熟した証券市場が企業成長をどう支えているかがよく表れている。ただし、これらは生き残るための巨額投資でもある。競争が成長を促す一方で、敗者もまた生み出すことを忘れてはならない。

話を戻そう。

証券経済学会は、証券市場を研究テーマとする大学教員や実務家が会員の中心であるため、座談会にはそれにふさわしい論点設定が求められる。そもそも、江戸弁で言えば「そんな才を筆者に期待するたァ、どだい無茶な話で、無責任とも言われましょうよ」なのだが、そうも言っていられない。

お題目の候補として考えているのが「市場間競争」である。特に株式流通市場の日米比較はコントラストが出しやすく、学術的にも興味深いテーマではないか。

日本の株式流通市場をみると、構造変化が進んでいる。2020年の東京証券取引所のシステム障害を契機として、私設取引システム(PTS)の規制が緩和され、その機能が向上した結果、PTSシェアは12%程度にまで拡大した。東証の代替市場と呼べるほどではないが、PTSの普及は新たな問題を生んでいる。

この話は、弊所の森本学理事長が『金融資本市場展望』に寄稿した「CBOEジャパンの撤退の意味」(2025年10月)が遙かに明快であるため詳細は譲るとして、現在の日本では個人投資家の売買注文の7割近くがネット専業証券を通じて執行され、その中でもSBI証券と楽天証券の存在感は突出している。両社は取引の内部化から得られる収益を背景に国内株式売買手数料の無料化を進め、結果として個人注文のさらなる流入を招いている。

SBIジャパンネクスト(PTS)やジャパン・オルタナティブ・マーケット(楽天PTS)、さらには両社内部のダークプールを合わせると、受けた注文の相当部分が東証には回送されず、グループ内で執行される。これが取引の内部化(インターナリゼーション)である。なお、PTSでは東証より細かいティックサイズを設定できるため、顧客が不利な価格で執行されているわけではなく、最良執行義務にも反しない。

しかし、その結果として流動性が複数市場に分散する「フラグメンテーション(市場の分断)」が生じている。理想とされる市場間競争とは異なる構造であり、例えばSBIが受けた注文が楽天で執行されるといった越境は起きない。

このフラグメンテーションは、日本特有の現象ではない。そもそもアメリカでは1970年代に同様の問題が顕在化し、現在のナショナル・マーケット・システム(NMS)導入の契機となった。そして今日、アメリカ市場でも再びフラグメンテーションが議論されている。ただし、その構図は日本とは少し異なる。

アメリカでは、個人投資家の注文の多くがニューヨーク証券取引所やNASDAQではなく、ブローカーからシタデル・セキュリティーズやヴァーチュ・フィナンシャルといった高頻度取引業者(HFT)に回送され、彼らがマーケットメイカーとして執行している点が問題視されている。HFTは注文をより多く引き付けるため、ブローカーにリベートを払い、それがペイメント・フォー・オーダー・フロー(PFOF)と呼ばれる。

本稿執筆時点(1月)で24X取引所が新規に稼働しており、現物株を扱うアメリカの国法証券取引所は17となった。さらに本年からはテキサス証券取引所とグリーンインパクト取引所も新たな取引所として現物株の取扱いを始める予定である。UTP(非上場取引特権)があるため、上場先以外の取引所でも売買できる仕組みになっているが、個人注文がHFTに流れることで、その需給が公開市場の価格形成に反映されにくくなる。複数市場を束ねて単一市場のように機能させるNMSの理念そのものを揺るがす問題であり、日本よりも深刻と言えるだろう。

もっとも、フラグメンテーションを一概に善悪で語ることはできない。少なくとも、日米ともに個人投資家の売買手数料は無料化し、内部化によって顧客価格が不利になっている確たる証拠もない。

こうした市場間競争とフラグメンテーションの問題は、座談会で議論する価値が十分ある。

興味深いのは、現在のフラグメンテーションの一因が、かつてこの問題に対処するために導入されたレギュレーションNMSであるという点だ。この規制は2005年にSECが採択したが、当時の委員長が共和党のジョージ・W・ブッシュ大統領に指名されたウイリアム・ドナルドソンであったにもかかわらず、同じ共和党系の2人の委員が反対票を投じた。その1人こそが、今のSEC委員長ポール・アトキンスである。

アトキンス委員らが当時公表した反対意見書では、市場間競争の阻害、フラグメンテーションの悪化、そして価格発見機能の弱体化といった懸念が示されており、今読み返しても示唆に富む。また当時の学術論文でも、レギュレーションNMSの施行により取引がリット・マーケットからHFTに流れる可能性が指摘されていた。

証券規制は市場構造に大きな影響を与える。証券市場の機能向上が経済成長に不可欠であることを思えば、規制のあり方は学術・実務双方にとって永続的な研究テーマである。

ここまでツラツラ考えたが、どうも2時間では収まりそうもない。さて、どうしよう。また悩んでいる。