ベルギーのNIDの変遷
―制度の導入から廃止まで―
山田直夫(当研究所主任研究員)
1.はじめに
本稿では2006年に導入され2023年に廃止されたベルギーのNID(Notional Interest Deduction)を取り上げる。NIDはベルギーにおける制度の名称であり、学術的にはACE(Allowance for Corporate Equity)と呼ばれる税制に該当する。ACEは1991年にイギリスの研究機関であるInstitute for Fiscal Studies(以下、IFS)から発表された報告書(IFS、1991)で提案された税制である。
所得を課税ベースとする通常の法人税では、税法上の減価償却率と経済的な減価償却率が基本的には一致しない。また、負債利子は費用として控除されるのに対して、株式で資金調達した場合には何も控除されない。こうしたことから、経済学の理論上、通常の法人税は投資を抑制する効果があるとされている。さらに、資金調達において負債を優遇することから、企業の資金調達行動にも歪みを与えるといわれている。これに対してACEは課税ベースから負債利子だけでなく株式の機会費用も控除する。また、株式の機会費用の算定を工夫することにより投資に対する歪みを生じさせない仕組みになっている⑴。
IFSの提案したACE、あるいはそれに類似した制度は、いくつかの国で実際に導入されている。ただし、ベルギーのように廃止した国もある。導入したことがある国と導入年を順番に列挙すると、クロアチア(1994)、ブラジル(1996)イタリア(1997、2011)、オーストリア(2000)、ベルギー(2006)、ラトビア(2009)、リヒテンシュタイン(2011)、キプロス(2015)、トルコ(2015)、ポルトガル(2017)、マルタ(2018)、ポーランド(2019)となる。イタリアは1997年から2003年まで導入し、2011年から2023年まで再度導入していた。ベルギーは、当初はIFSの提案に比較的忠実な税制を採用していたことなどから、ACEの代表的導入国とされていた。
ACEは中立性の面で優れており、IMFがわが国への導入を勧めたこともある⑵。筆者は2011年から2017年まで2年毎にNIDの動向を本誌で紹介してきた。本稿では、ベルギーのNIDが廃止されたことを受けて、改めて導入から振り返り、廃止までの動向を概観する。そして、最後にそれを踏まえて法人税改革の最近の世界的傾向についてみていきたい。
2.NIDの導入
ベルギーは、面積が日本の約12分の1、人口は約10分の1という小国である⑶。そのため、自国内に外国企業を誘致するための優遇税制を積極的に行ってきた。その中で代表的なものがコーディネーション・センター制度である。ジェトロ(2002及び2004)などによると、この制度は多国籍企業がグループ企業の統括を目的とする本社機能をベルギーに置いた場合の優遇措置である。優遇措置の例として法人税の優遇がある。これは課税ベースを所得ではなく、金融費用と人件費を除く運営費用の8%とするというものである⑷。このためグループ内金融によって得られた利益には課税されない。
欧州委員会は1990年代後半から経済活動に弊害をもたらす有害税制について議論をするようになった。そうした議論を通じて、コーディネーション・センター制度は有害税制であるとされた。こうした1990年代後半からの欧州委員会の取り組みを受けて、コーディネーション・センター制度は2010年末までに段階的に廃止されることになり、その代わりとしてNIDが導入されたのである。NIDは2005年6月22日に立法化され、2006年12月31日以降を決算日とする事業年度(すなわち、2007年課税年度)から適用されている。
NID導入の目的については、ベルギー財務省から公表されているTax Survey(July 2010 issue)やベルギー財務省のパンフレット(NOTIOAL INTEREST DEDUCTION:an innovative Belgian tax incentive)などに明記されており、それらをまとめると、以下の3点になる⑸。1つは、負債で資金を調達した場合と株式で資金を調達した場合の税制上の扱いを等しくすることによって、純資産の拡大を進めることである。2つ目は、企業に対する実効税率を引き下げることで、ベルギー税制を外国企業にとって魅力あるものにすることである⑹。最後は、段階的に廃止されるコーディネーション・センター制度の代替策としての役割を果たすことである。
3.NIDの仕組み
NIDの対象となる企業は、ベルギー法人税の対象となるベルギー法人及び外国法人である。したがって、ベルギー法人のほか、外国法人のベルギー支店、ベルギー法人税の対象となるNPO法人、ベルギーの不動産あるいはベルギーの不動産に対する財産権を所有する外国法人などである。また、コーディネーション・センターとして優遇措置を受けているなど、他の税制優遇措置の対象になっている企業はNIDの対象にはならない。
NIDは、調整後の自己資本の一定割合(みなし利子率)を株主に対する支払利息とみなし、法人所得から控除する制度である。ここで調整後自己資本とは、前期末におけるベルギー会計基準に基づく自己資本額から二重計算や不正使用を回避するための調整をしたものである。
ただし、2018年から控除額の計算方法が変更された。それまでは調整後自己資本が用いられていたが、それが自己資本の増加額になったのである。より具体的には、当該課税年度末の調整後自己資本から5年前の年度末の調整後自己資本を差し引いた差額の5分の1を増加額とする。したがって、税負担の軽減効果は大幅に縮小されたと考えられる。さらに課税所得100万ユーロを超える企業に対してNIDの利用を制限する措置も導入された。
また、みなし利子率は、適用年の2年前のベルギー10年償還国債の利率を基に政府が決定するので、図表1に示したように1年毎に異なる。また、みなし利子率の変動幅は前年の1%以内でなければならず、上限は6.5%(2013課税年度から3%)になっている。事業年度が1年未満、あるいは1年以上の企業に対しては、その年のみなし利率に事業年度の日数を乗じ、それを365で割った値がみなし利子率として適用される。
中小企業の場合のみなし利子率は、図表1に示した値に0.5を加えたものである。したがって、例えば2007課税年度の中小企業に対するみなし利子率は3.942%になる。なお、2021課税年度の大企業に対するみなし利子率は、政府が設定した規程に従うとマイナス0.092%となってしまうため、ゼロパーセントに設定されている。このため、2021課税年度の中小企業に対するみなし利子率はマイナス0.092に0.5を加えた0.408%となっている。同様に2022、2023課税年度については、政府の規定に従うと大企業のみなし利子率がそれぞれマイナス0.160%とマイナス0.057%であったため、ゼロパーセントに設定し、中小企業についてはそれぞれ0.340%と0.443%となっている。なお、ここでの中小企業とは、前会計年度の貸借対照表日において、年間平均従業員数50人、年間売上高(VATを除く)900万ユーロ、貸借対照表合計450万ユーロのいずれか1つを超えない法人格を有する会社と定義される。
図表1 みなし利子率の変遷

控除対象額が所得を上回る場合、翌年度以降7年間の繰り越しが可能であったが2014課税年度以降廃止されている。手続きに関しては法人税申告書に書類を添付すればよく、事前に税務当局に確認する「ルーリング」の必要がない。また、NIDを利用しても親会社が所在する国でタックス・ヘイブン対策税制が適用され、NIDのメリットが小さくなることが考えられる。しかし、前掲のベルギー財務省のパンフレットによれば、ほとんどの国ではそういったことは生じず、あったとしても適切に対処することで回避できるとしている。なお、ベルギーの税務当局はNIDの濫用に関する通達を出し、制度の濫用防止にも努めている。
4.NIDの廃止
前節でみたように、NIDは法人税改革によって2018年から算定方法が変更され、税負担の軽減効果が縮小された。さらに2021課税年度以降は大企業に対するみなし利子率はゼロパーセントに設定されていた。よって終盤はあまり機能していなかったと思われる。こうした状況の中、NIDは2024年課税年度から廃止された。
IMFのレポート(Coulibaly、2025)は廃止について、NIDの財政コストが高すぎること、多国籍企業に有利すぎることが要因となり、法人税の簡素化と透明性の向上に向けた幅広い取り組みの一環として廃止されたとしている⑺。ただ、このレポート自体はMeki(2023)の研究成果を引用しながら、企業が自己資本の額に基づいて課税所得を減額することを可能にしたと、NIDに対して一定の評価をしている。
また、Bird & Bird法律事務所のJulien Colson氏とBrent Springael氏は、算定方法の変更とみなし利子率の低下によりほとんどの企業はここ数年間、実質的なNIDの恩恵を受けることができずにいたため、NID廃止の影響は限定的となるという見解を示している⑻。
5.NIDの効果
ベルギーのNIDについてはいくつかの実証研究が行われており、企業の負債を減少させる効果が確認されている。また、理論的にはNIDには投資を促進する効果があるが、若干の促進効果があるという研究(井上・山田、2014)と明確な影響を与えているとはいえないという研究(Princen、2012)があり、確定的な結論は得られていない。また、分析対象期間については、改革前の2017年以前を対象としたものが多く、筆者の知る限り2018年以降を対象に企業の資本構成や投資への影響を分析した研究はない。ここでは、最近の研究であり、IMFのレポートでも引用されているMeki(2023)の概要を紹介する。
Meki(2023)はNIDがベルギー企業の資本構成に与える影響について分析している。分析に用いているデータはビューロー・ヴァン・ダイク社のOrbisというデータベースで、分析対象期間は2004年から2013年までの10年間である。NID導入の影響を受ける企業(処置群)としてベルギー企業、影響を受けない企業(対象群)としてフランス、ドイツ、ルクセンブルク、オランダの企業を取り上げて、差の差推定(difference-in-differences;DID)により分析している⑼。分析の主な結果は、NID導入によりベルギーの大企業の自己資本-資産比率が増加し、短期負債-資産比率が減少したことである。より具体的には、ベルギーの大企業(単独企業)の自己資本-資産比率が39.52%から3.65%ポイント増加し、ベルギー大企業(多国籍企業を含む)の自己資本-資産比率が38.95%から3.00%ポイント増加した。また、ベルギーの大企業(単独企業)の短期負債-資産比率が44.14%から5.31%ポイント減少し、ベルギーの大企業(多国籍企業を含む)の短期負債-資産比率が46.81%から5.57%ポイント減少した。長期負債-資産比率に対する効果については、推定式によってプラスで有意な場合と有意でない場合があり、明確な結論は得られていない。ただし、係数の大小関係から総負債-資産比率への効果はマイナスになると考えられる。このようにMeki(2023)は、先行研究と同じくNIDには負債を減少させる効果があることを示唆している。ただし、この研究では中小企業への影響については明示的には分析されていない。さらに投資への影響についても分析されていない。
6.おわりに
本稿ではベルギーのNIDを取り上げ、導入の背景、制度の変遷、廃止の理由などについて概観した。そして、コーディネーション・センター制度の廃止を受けて導入されたこと、2018年に制度の規模を縮小する方向で改革が行われたこと、廃止前の数年間はみなし利子率がゼロパーセントであったこと、法人税の簡素化と透明性の向上に向けた幅広い取り組みの一環として廃止されたことを確認した。また、最近の実証研究を取り上げ、NID導入に自己資本比率を増加させ、負債比率を減少させる効果があることも確認した。
ところで、ACEと同様に企業行動に対する中立性を達成し、投資を促進させる税制としてキャッシュフロー法人税がある。所得を課税ベースとする通常の法人税からの改革を考える場合、キャッシュフロー法人税の方がACEよりも制度を大きく変更しなければならないため、ACEの方が実現可能性が高いと考えられていた。しかし、最近の法人税改革の世界的な動向をみると、キャッシュフロー法人税の性格を有する税制を導入したり、導入を検討する動きが盛んである。
例えば、アメリカではトランプ大統領の政策として2017年減税及び雇用法(Tax Cuts and Jobs Act of 2017)が成立した。この法律によって2017年9月28日以降2022年末までに取得かつ事業の用に供された一定の固定資産について、100%の即時償却が可能となった。2023年以降は段階的に償却割合が縮小され、2027年以後は適用されないこととなっていた。しかし、2025年7月4日にトランプ大統領が、一つの大きな美しい法案(One Big Beautiful Bill Act)に署名し、これにより100%の即時償却の措置は恒久化された。
また、オーストラリアでは、政府の独立した研究・諮問機関である生産性委員会(Productivity Commission)が2025年7月31日に発表した報告書の中で現行の法人税率の引き下げと同時にキャッシュフロー法人税の一部導入を提案している。このキャッシュフロー法人税には、設備投資コストを削減することで、設備投資を促進する効果が期待されている。
こうした動きを踏まえると、ACEとキャッシュフロー法人税の実現可能性や経済効果について改めて比較・検討することが学術上の課題となる。今後はそうした課題に取り組んでいきたい。
注釈
- ⑴ ACEの中立性に関する理論的研究としてBoadway and Bruce(1984)がある。
- ⑵ 「2014年対日4条協議終了にあたってのIMF代表団声明」において「導入も検討し得る」としている。
- ⑶ 日本貿易振興機構(ジェトロ)のウェブサイトによると、面積は3万688平方キロメートル、人口は2024年末で約1183万人である。なお、日本の総面積は約37万8000平方キロメートル(外務省ウエッブサイト)、人口は2025年3月1日現在で1億2344万人(総務省ウエッブサイト)である。
- ⑷ こうした課税ベースの算定方式をコスト・プラス方式という。なお、法人税率は他の企業と同じ税率を適用する。
- ⑸ Haelterman and Verstraete(2008)は、法律制定の予備的作業の段階で、中小企業の発展も導入の理由として挙げられていたとしている。
- ⑹ 後述するように、NIDはベルギー法人税の対象となるベルギー法人及び外国法人に適用されるので、外国法人以外にも利点がある。
- ⑺ このレポートにおいて、財政コストが何を指すのか、どの程度多国籍企業に有利に作用したのかといった点が明らかにされていない。これらはNID廃止の要因を探るうえで重要なので、今後調査を進めていきたい。
- ⑻ https://www.twobirds.com/en/insights/2023/belgium/belgium-new-corporate-tax-measures-in-force-as-of-1-january-2023
- ⑼ この手法は、処置群と対照群のNID導入前後での変化の差を比較することで、NID導入の純粋な効果を抽出しようとするものである。
(参考文献)
- 井上智弘・山田直夫(2014)「ベルギー法人税制におけるNID導入の効果」『会計検査研究』、第49号、11-28頁
- ジェトロ(2002)「EUにおける投資優遇税制の将来」『ユーロトレンド』No.52、Report 1
- ジェトロ(2004)「欧州における日系企業の組織、ロケーション戦略の変遷と見通し(EU)」『ユーロトレンド』No.64、Report 3
- Boadway, R. and N. Bruce (1984) “General Proposition on the Design of a Neutral Business Tax,” Journal of Public Economics 24(2), 231-239.
- Coulibaly, K. (2025) “Firm Dynamics and Firm-Level Total Factor Productivity in Belgium,” IMF Selected Issues Papers, 2025/022.
- Haelterman, A. and H. Verstraete (2008) “The “Notional Interest Deduction” in Belgium” Bulletin for International Taxation No.8/9 pp.362-373.
- IBFD(International Bureau of Fiscal Documentation)European Tax Handbook各年版
- IFS (1991) Equity for Companies: A Corporation Tax for the 1990s, A Report of the IFS Capital Taxes Group Chaired by Malcolm Gammie.
- Meki, M. (2023) “Levelling the Debt–Equity Playing Field: Evidence from Belgium,” European Economic Review 151 Article 104305.
- Princen, S. (2012) “Taxes Do Affect Corporate Financing Decisions: The Case of Belgian ACE,” CESifo Working Papers, No.3713.