第2号
研究会論文 サステナビリティ関連訴訟の近時の動向
松井智予(東京大学大学院法学政治学研究科教授)
- 〔要 旨〕
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            企業がサステナビリティのために解決しなければならない課題は多岐にわたり,利害関係者も多様である。利害関係者は,訴訟を含む法的手段によって自己の権利を実現し,企業のサステナビリティ実現への取り組みを促そうとする。現状,様々な属性の当事者が様々な訴訟を起こしているが,法域間・利害関係者間・あるいは法と判例の間で,優先すべき救済についての考え方が衝突していないだろうか。 
 以上の疑問に対し,本稿は気候・人権にかかる利害関係者の訴訟の地理的・事業別の特徴を明らかにすることを試みた。訴訟を丹念に分類すると,企業によってどのような訴訟が提起されるかが明確に異なっており,また国や地域によっても救済に特有の傾向があることが分かった。つまり,理論的には多様なステイクホルダーによる請求が錯綜しうるとしても,現実には個別の企業は特定の種類の訴訟にしか直面していないと考えられる。
 しかし,訴訟の数や勝訴可能性,損害賠償額が気候変動や人権意識の高まりとともにさらに増加すれば,企業のリーガルコストは増加する。ある地域のあるステイクホルダーへの救済が,企業全体の存続や将来のステイクホルダーに恩恵を分配できる余地に影響を与える場面も出現する可能性がある。日本では気候変動訴訟も消費者訴訟も活発でない。一方で,住民が株主たる地位を利用して原発訴訟を提起するなど,制度上はむしろ株主による請求のほうが簡便なのではないかと考えられる場面もある。国内のステイクホルダーを救済するための法整備は,国際的な枠組みとの整合性を見ながら進める必要があるだろう。また,各国が多様な私人の訴訟提起を促すことでサステナビリティを促進しようと進めることで,救済の重複や欠落が起きないか,その効率性全般について国際的に議論することも必要ではないか。




