第2号
研究会論文 ドイツにおける公開買付規制の監督およびエンフォースメント
齊藤真紀(京都大学公共政策連携研究部教授)
- 〔要 旨〕
- 
            本稿は,金融審議会「公開買付制度・大量保有報告書制度等ワーキング・グループ」報告を受けて,わが国の今後の公開買付規制の監督およびエンフォースメントの在り方を検討するために,ドイツ法を整理・分析することを目的とする。市場関係者による自主規制が中核をなす英国の規律とは異なり,ドイツの公開買付規制は,法律と国家による監督を基軸とする点でわが国と共通点が多い。 
 ドイツにおいては,BaFin が公開買付規制にかかる包括的な監督権限を有し,各種の裁量的判断や調査をする権限が法により認められている。また,監督当局の監視が行き届きにくい領域では,対象会社株主に買付者に対する私法上の金銭支払請求権が立法または判例により認められる一方で,BaFin が事後に判明した事情により民事的請求を受ける事態は回避されるよう,法解釈が展開されている。さらに,義務的公開買付けの実施義務には,監督当局によるエンフォースメントが及びにくいが,株主権の停止および利息支払義務を通じた私法上の制裁が事後的に働くことを通じて,間接的に,適時の実施が促される構造になっている。
 以上のような監督当局の監視と私法上の制裁の役割分担には,わが国においても参考になる点が多く存在する。
 もっとも,ドイツをはじめとするEU 構成国においては,対象会社の支配権を取得した者に,公正な価格による全部買付けを実施することを求める義務的公開買付けに関するルールがあるところ,わが国においては,これに対応するものがない。令和6年金商法改正後においても,引き続き,わが国の公開買付規制は,対象会社の支配権の閾値を超える株式等の取得をするときに,その方法として公開買付けによることを求める。したがって,現在の規制の下では,民事的な規律についてはドイツの在り方をそのまま取り入れることは難しい。




