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証券経済研究 第57号(2007年3月)

戦前日本の国債市場改革-1920年の国債市場開設-

永廣顕(甲南大学経済学部教授)

〔要 旨〕
 1920年に東京と大阪の株式取引所内に国債市場が開設された。本稿の課題は,この国債市場が開設されるに至る過程を,国債の発行,消化,流通,償還の各方面にわたり変化がみられた第一次大戦中から戦後にかけての国債政策との関連において検討することにある。
 第一次大戦中から戦後にかけては,民間企業の設備投資のための資金需要が高まり,金融市場が逼迫していた状況下で,国債残高が累増する一方,国債の償還政策も消極的なものとなり,国債価格の低迷と物価の騰貴が懸念されたことから,国債の安定消化と濫費の抑制を目的として,国債の民衆化による中産階級以下の貯蓄奨励と零細資金の吸収が図られた。国債の発行方法については,公募に加えて,新たに小額国債の郵便局売出が開始され,国債の民衆化を促進するための諸施策が講じられた。しかし,国債の流通市場においては,個人投資家,特に,小額投資家にとって国債の資金化が著しく困難となっていたことから,国債の民衆化を促進するために,株式取引所内に新たに国債市場が開設され,国債の取引所取引の拡大が図られた。国債市場の開設に際しては,第一に,国債仲買人が新設され,証券会社,現物商等の従来の株式仲買人に加えて,銀行,ビルブローカー,信託会社等からも国債仲買人が選定された。第二に,国債の取引価格について,裸相場の方法が採用された。第三に,日銀は,国債市場での国債売買に直接介入することには消極的であったが,国債市場における国債取引を拡大し,国債の民衆化を促進するために,日銀の国債売買取次が開始された。このように,1920年の国債市場の開設は,国債の安定消化と濫費の抑制を目的とした国債の民衆化を促進するための施策であった。

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