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証券経済研究 第53号(2006年3月)

日本証券取引所の創立と活動(中)

小林和子(当研究所主任研究員)

〔要 旨〕
 前号(上)で創立までを見,創立後の活動は(下)で見るとしたが,章建てがかなり増えたため本号を(中)として日本証券取引所評議員会までを入れ,次号(下)で戦時活動の最終段階を見ることとする。
 日本証券取引所は昭和18年7月1日の開所式当時は旧株式会社組織証券取引所のすべてを引き継ぎ,取引の実態にもほとんど変化がなかった。その後2ヶ月の間に,短期清算取引の廃止,長期清算取引の東京・大阪2市場への集中が行われ,9月1日以後は東京・大阪以外の9市場は実物取引が行われるのみとなった。旧株式組織取引所株はすでに3月末に清算取引の上場を廃止している。他方で上場制度は確立され,地方市場は一応温存が図られたが,実物取引が盛り上がらなければ市場閉鎖も見通され,実際に下位の長崎・長岡は19年4月に,横浜は20年7月に閉鎖された。取引所業株式消滅の打撃はとうてい日本証券取引所出資証券で代替されず,東京・大阪への空襲の下で市場取引は縮小し,取引員業・有価証券業の苛烈な整備も進んだ。評議員会に報告された各事業年度の業況を見ると戦時取引所運営は財政的には破綻した。とりわけ20年夏,最終段階における株価安定のための買入れが決定的な破綻をもたらしたといえる。

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