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証券経済研究 第51号(2005年9月)

戦後60年間の銀行貸出・国債残高の変動について―資金循環統計を中心に―

石田定夫(元明治大学政治経済学部教授)

〔要 旨〕
 戦後60年間わが国経済は終戦時の荒廃・窮乏から立ち直りインフレーションを克服し,1960年代には目覚ましい成長を遂げ,世界の先進工業国の一員として伍してきた。現在はデフレーションからの脱出過程にあるが,これは経済の長い流れのなかでとらえるべきであろう。本稿は,こうした日本経済の中長期的な発展過程における銀行貸出・国債残高の動きをおもに資金循環統計によって素描し,それが果たした役割を経済成長・インフレ・デフレとの関係において考察するものである。以下はその要旨と論点の整理である。
 (1) 戦後インフレの進行によって戦時国債残高は全額減価し,実質価値は消滅した。同時に,国民の預貯金など金融資産の蓄積残高も減価した。これがインフレの魔力である。インフレは占領軍総司令部の強力な指令「ドッジ・ライン」によって収束された。インフレ克服には安定恐慌,あるいはこれに類する経済への副作用が必ず生ずることも覚悟する必要がある。国民はインフレの経験から貴重な教訓を学ぶべきである。
 (2) 60年代の民間投資主導型の高度成長経済は,おもに銀行貸出の増加によってファイナンスされ達成された。経済成長における銀行の信用創造活動の役割が評価されるが,同時に,日本経済は内外条件に恵まれていたこと―対外的には1MF体制のもとで1ドル-360円レートが固定されていたこと,国内では均衡財政(国債不発行)であったこと―にも留意すべきである。
 (3) 高度成長に終止符を打ったのは,71年8月「ニクソン・ショック」に始まる国際通貨不安が拡がり,円切上げ,フロート制移行と続いたことである。国内では過剰流動性の問題が現われ,需要インフレが発生し,さらにOPECの原油価格の引上げを動機にインフレが加速し,国際的インフレーションへと発展した。74年日本経済はいわゆる「トリレンマ」(マイナス成長・2桁インフレ・経常赤字)に直面し,70年代後半にインフレと経常赤字を早期に改善したが,経済は低成長に移行した。そして銀行貸出の増勢は低下し,景気支持から国債発行額は増大した。
 (4) 85年に米ドル・レートの調整問題が再発した。「プラザ合意」(9月)後,ドル安・円高の流れが強くなり,内需拡大のため金融緩和政策が進められた。銀行貸出が増大し,景気は上昇したが,バブル(資産インフレ)が発生した。バブル崩壊(資産デフレ)後,景気が後退するにつれ,企業では設備・雇用・債務に過剰問題が顕在化し,銀行には不良債権が発生した。いわゆる「バランスシート調整」が必要となり,景気低迷が長期化した。そして,98年ころからわが国経済はデフレ局面にはいり,銀行貸出残高は減少し,国債の大量発行が続き国債残高は累積した。
 (5) このような戦後60年間の動きのうち異常な戦後期を別として,60・70・80年代の30年間と,90年代以降03年度までの13年間とに大きく二分すると,両時代の金融・経済のトレンドは著しく異なることが明らかになった。諸時系列の平均年率増加率で対比してみると,まず信用総量残高は+15.0%から+1.6%に急低下している。銀行貸出残高は+14.2%から-1.1%へ,つまり,銀行の信用創造から信用消滅への大変化であり,これに伴ってマネーサプライM2+CD残高は+13.9%から+2.6%へと,増勢が大きく低下した。国債残高のトレンドは例外で,それぞれ+12.8%,+10.2%と高水準を続けた。この間,名目GDP成長率は+11.5%,+1.0%,実質GDP成長率は+6.2%,+1.3%,GDPデフレーター(物価)は+4.8%,-0.5%である。日本経済の中長期的な局面は,成長から停滞へ,インフレからデフレへの180度転換した。銀行貸出・国債残高の対照的な動きは,こうした日本経済のドラマティックな局面転換を反映するものである。
 (6) このようなデフレ局面にあるわが国経済の課題は,民間主導の自律的な経済拡大を通じてデフレの早期脱出をはかり,財政健全化への道を確立することである。この新しい経済の構図を資金循環バランスに投影すれば,銀行貸出の増加,国債発行残高の増勢抑制をはかり,これによって資金の借り手としての政府部門の地位を低下させ,投資活動の担い手たる企業部門の地位を高めることを目指すものである。日本経済の今後の方向を占ううえで,銀行貸出と国債発行は戦略的に重要な変数である。

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