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2026年6月

運用会社のスチュワードシップ責任の果たし方

堀江貞之(公益財団法人日本証券経済研究所 特任研究員)

(概要)

運用会社がスチュワードシップ責任を果たすためには、アクティブ運用とパッシブ運用の投資目的の違いから起因する役割を理解し、それぞれの運用において実行すべきことを明らかにしその内容を宣言することがスタートポイントになる。スチュワードシップ・コード(以下、SC)策定後、スチュワードシップ責任の柱となる「エンゲージメント(目的をもった対話)」の重要性が増し、アクティブ・パッシブ運用のエンゲージメントの境界線が曖昧になったが、本来は、投資先企業との企業価値に関する徹底した議論はアクティブ運用が担い、パッシブ運用は投資先企業の経営規律を高めるための議決権行使に焦点を当てることが、投資目的に適った対応になるのではないか。

パッシブ運用の議決権行使は、議決権行使基準に従って行うことが基本である。企業価値や株主価値に直結する基準(ROE基準、PBR基準、TSR基準等)と間接的な基準を区分し、企業価値に直結する最低目標基準に抵触すれば、経営能力不足と推察できると考え、経営結果に責任のある取締役選任に反対するのが妥当だ。一方、間接的な基準に抵触した場合の対応は投資先企業との対話の中で個別判断すればよいと思われる。

日本では企業価値に直結する議決権行使基準に基づく行使には後ろ向きな意見が聞かれるが、パッシブ運用の本来の役割に鑑み、結果責任を問い、経営規律を高めることが長期の企業価値向上に資することになるのではないか。企業経営者と日系運用会社双方が、成果・実績によって厳しく評価されるプロフェッショナルファームになりきれていないことが行使基準に基づく厳格な行使を批判する根本的な原因になっているとも考えられ、合理的な批判とは受け取りにくい。

アクティブ運用とパッシブ運用の両方を行っている運用会社は、投資目的の異なる投資戦略ごとに議決権行使を個別に行使することが各投資戦略の顧客の意向に沿った対応になる。海外では投資戦略に応じて議決権を区分して行使するケースが始まっており、日系運用会社においても検討すべきではないか。

運用会社の課題ではないが、取締役の受託者責任に対する法的な解釈と現場の取締役の認識には大きな差があり、そのギャップを埋めることが取締役が株主価値向上に貢献できる前提条件となる。また取締役の独立性基準の中に「大株主」の項目があるが、何故、大株主との関係が独立性基準に抵触するのかについての議論が日本では十分ではない。運用会社の議決権行使の結果を企業価値向上に活用するためには、取締役の役割に関する環境整備に関わる議論を発展させる必要がある。

目次

  1. 1.はじめに
  2. 2.スチュワードシップ責任に関わる前提条件と取り巻く環境変化の理解
  3. 3.アクティブ・エンゲージメントとベータ・エンゲージメント
  4. 4.パッシブ運用の議決権行使のあり方
  5. 5.残された論点

1.はじめに

筆者は、2025年10月に「機関投資家のスチュワードシップ責任の果たし方」と題して、日本の機関投資家が現実的にどのようにスチュワードシップ責任(注1)を果たすべきかについての個人的な論考を述べた。論文執筆後、筆者は海外の運用会社や年金基金等ともこのテーマについて議論する機会を得た。また公益財団法人日本証券経済研究所でも2026年1月から資産運用業研究会を立ち上げ、研究会のテーマの一つとして、機関投資家のスチュワードシップ責任をどう果たすべきかについて議論を行っているところである。

本稿では、前論考の公表後に行った、運用会社との議論や企業・機関投資家法制に詳しい研究者等との意見交換を踏まえ、運用会社に焦点を当ててスチュワードシップ責任をどのように果たすのが現実的なのか筆者の考え方を述べてみたい。アクティブ運用とパッシブ運用がそれぞれの目的に応じて、それぞれのスチュワードシップ責任を果たすことが、日本企業の企業価値向上にとって車の両輪となるという考え方は変わらない。ただし、本稿ではパッシブ運用が果たすべきスチュワードシップ責任の内容をアクティブ運用と対比することでより具体的に述べ、さらにコーポレートガバナンス・コード(以下、CGC)策定後、日本企業の取締役会構成が変化しつつあること等も踏まえ、法律的な視点も含め、運用会社のスチュワードシップ責任の在り方についての論点を整理してみたい。

2.スチュワードシップ責任に関わる前提条件と取り巻く環境変化の理解

スチュワードシップ・コード(以下、SC)では、スチュワードシップ責任の柱になる活動として「目的を持った対話(エンゲージメント)」が据えられている。エンゲージメントの内容及びその意義を正しく理解するには、アクティブ運用とパッシブ運用という2つの投資戦略の違いと株式投資及び日本企業を取り巻く環境変化を知ることが必要だ。

(1)2つの投資戦略の違いを理解する

アクティブ運用の目的は「定められたベンチマークを上回る超過リターンを獲得すること」である。投資先企業の企業価値向上を通じて株価が上昇することでキャピタルゲインを獲得し、高い超過リターンを獲得することがその目的になる。「投資先企業の将来の企業価値をできる限り正確に推定すること」、「その企業を想定する企業価値よりも安い株価で購入すること」が高い超過リターンを獲得するために重要になる。場合により、投資先企業の経営者と企業価値向上に関わる議論を行い、企業価値向上に影響を与えることもあるだろう。そこにアクティブ運用のエンゲージメントの価値がある。

 一方、パッシブ運用は、「定められたベンチマークと同じリターンを獲得すること」が目的だ。定められたベンチマークの構成銘柄及び構成比率が公表されているため、ベンチマークと同じ構成銘柄を同じ構成比率で組み込むことで同じリターンを獲得することができる。これがパッシブ運用の基本戦略である。

ベンチマークの構成銘柄及び構成比率はベンチマークを作成している企業が定めるため、パッシブ運用者の付加価値部分は、ベンチマークと同じリターンをどのようなポートフォリオで構築するか、ベンチマークと同じリターンを実現するための取引をどのように行うか(タイミング等の工夫で取引コストを削減する)等になる。

アクティブ運用と異なり、パッシブ運用の投資目的からは、投資先企業とエンゲージメントを行うインセンティブは低い。後述するように、規模の大きな運用会社等ではやや事情が異なるが、パッシブ運用はエンゲージメントやそれに伴う調査活動等は期待されておらず、そのため、運用報酬も低いレベルに抑えられている。そのことは日本に限らずどの国でも基本的には同じだ。この投資目的の違いを踏まえた対応が、運用会社にも必要であることを忘れてはならない。

(2)環境変化を理解する

ところがSC策定後、パッシブ運用にもエンゲージメントが求められるようになったことで、パッシブ運用を取り巻く状況が変化し、そのことが2つの投資戦略の境界線を曖昧にし、事情が複雑化した。運用会社の本心としてはパッシブ運用にあまりコストは掛けたくないが、SC策定後、年金基金等のアセットオーナーからエンゲージメントの内容説明を求められるようになり、またパッシブ運用会社の選定項目の中に「エンゲージメント活動」の内容が追加されたこともあり、この活動を無視することが難しくなったのである。アクティブ運用だけでなく、パッシブ運用にもエンゲージメントせざるを得ない状況が発生したということになる。

さらにアセットオーナープリンシプル(以下、AOP)の策定により、アセットオーナー側も原則5に基づき、スチュワードシップ活動の実施が求められたことから、運用会社に運用委託している場合は、彼らのエンゲージメント活動を詳細にモニタリングすることが求められた。本心では運用会社もアセットオーナーもあまり時間を掛けたくないのだが、SCとAOP両方の要請により、そのような対応が社会的に許容されにくくなり、対応に苦慮しているという状況が発生しているのである。

投資先企業の変化も議決権行使の在り方に影響を与えている。具体的には、CGC策定後、会社の機関設計に変化が現れ、独立取締役の割合も高まった。執行と監督が一体となった、いわゆる「マネージングボード」がほとんどであった取締役会が、大手企業を中心に、執行と監督の分離が図られた「モニタリングボード」も増加している状況に鑑み、取締役の役割・責任の変化に対応した議決権行使基準の設定の仕方や誰に経営責任を問うかを再検討すべきとの意見が聞かれる。詳しくは後述するが、企業のガバナンス構造の変化に対応した議決権行使の再検討をすべきではないかという問題意識である。

 

3.アクティブ・エンゲージメントとベータ・エンゲージメント

前章で述べた投資戦略の違いや環境変化を踏まえ、まず2つの異なるエンゲージメント活動の内容を説明してみたい。図表1は、2つの投資戦略の違いを踏まえたエンゲージメントの概要である。図表1では、アクティブ運用のエンゲージメントを「アルファ・エンゲージメント」、パッシブ運用のエンゲージメントを「ベータ・エンゲージメント」と呼んでいる。この2つのエンゲージメント活動には様々な違いがある。以下でその違いを簡単に説明しておきたい。

図表1.アルファ・エンゲージメントとベータ・エンゲージメント

図表1.アルファ・エンゲージメントとベータ・エンゲージメント

(出所)著者

 

(1)投資目的の違いから生じるエンゲージメント目的の差違

アクティブ運用にも様々な投資戦略が存在するが、ここでは長期的な視点で企業価値に焦点を当てる投資戦略を想定して話を進める。アクティブ運用のエンゲージメントの目的は明確だ。投資先企業の企業価値向上によって、配当支払や株価上昇等がもたらされ高い投資リターンを獲得できる。エンゲージメントの目的は投資先企業の企業価値もしくは株主価値を向上させるとことにつきる。エンゲージメントによって、株主価値向上に繋がる経営判断をしてもらえることが重要になる。

一方、パッシブ運用は本来の目的に照らすと、投資先企業とエンゲージメントを行うインセンティブは一般的には存在しない。ただし金額の大きな運用会社やアセットオーナーは投資先企業の保有比率が高いため、保有比率の小さな株主と異なり、投資先企業に対する発言力があり、エンゲージメントを通じて企業の経営に影響力を及ぼすことが場合により可能となる。ベンチマークと同じリターンを獲得することが目的ではあるが、運用会社の顧客である年金基金等のアセットオーナーの最終目的は高いリターンを獲得することであり、顧客視点で見ればベンチマークの絶対リターンが高くなることが望ましい。

そのため、その影響力を行使したエンゲージメントを通じて、株式市場全体のリターン向上やリスク軽減を図るインセンティブがあると言える。投資先企業のガバナンス構造の改善等を提言することは、大規模な株主にとっての責任とも言え、このような考え方がいわゆる「ユニバーサル・オーナー」という考えの基になっているのだろう。ただし運用会社にとってその活動はあくまで、パッシブ運用で受け取る運用報酬の範囲内で行うことだ。運用はあくまでビジネスで行っており、そのエンゲージメントには自ずとコスト制約がある。

(2)エンゲージメントの対象先

アクティブ運用の投資先の企業数は千差万別だが、長期視点の企業価値向上に焦点を当てた投資戦略ではその数はかなり少ない。せいぜい30銘柄程度で、その中でもエンゲージメントによって企業価値向上を図ろうとすると、膨大な調査時間とコストが掛かるため、同時にエンゲージメントを行う企業数は一桁台に留まるのが通常だ。

一方、パッシブ運用ではコスト制約があるので、市場全体のリターン向上やリスク削減に影響を与えようと考えれば、エンゲージメントによる改善効果が高いと見込まれる時価総額の大きな企業に対象を絞るのが得策である。大手のパッシブ運用会社でも、エンゲージメントに割ける人数には限りがあり、時価総額上位の企業から優先的にエンゲージメントを行うのが通常のやり方だ。

(3)エンゲージメントの特徴と内容

アクティブ運用では、投資先企業の企業価値に直接影響を及ぼす事項にエンゲージメントのテーマが絞られる。テーマは投資先企業の事情により大きく異なるのが特徴だ。特定企業の買収案件、部門売却、バランスシートの効率化に資する資本政策に関する事項など、そのテーマは千差万別だ。アクティブ運用ではエンゲージメントにより企業価値等に直接影響を及ぼす必要があるため、個別具体的な内容になるのは当然である。

一方、パッシブ運用では、そのような個別具体的な事項がエンゲージメントのテーマになることは少ない。独立取締役の比率向上で少数株主の立場に立った経営を目指すガバナンス改革など、どの投資先企業でも似たような改善が図れる、最小公倍数的な共通テーマになることが多い。ESG(Environment、Social、Governance)テーマはその最たる例だろう。

(4)エンゲージメントの方法

アクティブ運用のエンゲージメントは、経営陣(CEO等の執行陣や独立取締役等)との1対1の直接対話がメインだ。非公式の会話の中で、お互いが思っていることを述べ合い、議論を深めていく。両者で意見が異なる場合、株主として株主総会議案を提出したり、他の株主に自らの提案内容に賛同を得てもらおうと、提案内容を公表する場合もあるが、最も重要な活動は1対1の非公式の直接対話である。

一方、パッシブ運用では、コスト制約もあり、多くの投資先企業と1対1の非公式対話に多くの時間を割くことはできない。従って、エンゲージメントの主たる場は株主総会議案に対する議決権行使にならざるを得ない。

4.パッシブ運用の議決権行使のあり方

アクティブ運用のエンゲージメントの目的は、投資先企業の企業価値もしくは株主価値を向上させることで、エンゲージメントを通じて株主価値向上に繋がる経営判断をしてもらうことが重要になる。従って、アクティブ運用の議決権行使は、株主の意向に沿った経営判断がなされるかどうかに焦点が当たる。どのような経営者を選ぶか等の議決権行使の判断はその時の環境に応じて異なるため、あらかじめ定めた議決権行使基準に従うという性格を持ちにくい。以下ではパッシブ運用に絞り、議決権行使の内容について説明する。

(1)株主価値に直結する議決権行使基準と間接的な基準の違い

パッシブ運用の投資目的はベンチマークと同じリターンを提供することだ。投資先企業と1対1でエンゲージメントを行うインセンティブはあまりない。議決権行使は最小限のコストで、投資先企業の企業価値向上やリスク低減を図る努力をするのが合理的であり、効率的でもある。パッシブ運用ではあらかじめ定めた議決権行使基準に従って、行使を行うのが通常だ。パッシブ運用に限らないが、米国の運用会社では議決権行使に人工知能(以下、AI)を利用した事例も報告されており、効率的に議決権行使を行うことは運用会社にとって大きな経営課題であることは事実だろう。

行使基準の内容は多岐に亘るが、企業価値や株主価値に直結する基準と間接的な基準に分けて考えると理解しやすい。企業価値に直結する基準とは、例えばROE基準・PBR基準・TSR(Total Shareholder Return)基準等であり、長期的な株価や企業価値に直接関係することがある程度認められている指標だ。運用会社はこれらの指標に関して、投資先企業に対し「最低目標水準」を設けている。基準に達しない場合には取締役選任に反対するのが一般的な行使の方法である。

一方、間接的な基準とは、独立取締役・女性取締役の比率、温室効果ガス排出量基準、政策保有株式比率など多岐に亘るが、その指標の改善により、企業経営に好ましい影響を及ぼすと考えられる基準である。これらの指標にも目標水準は設定されているが、企業価値や長期の株価水準と直接的な関係があるかどうかは曖昧であり、その水準を達成していなかったとしても、取締役選任に反対するようなことが行われないのが通常のやり方である。あくまで「努力目標」という形で示され、エンゲージメントの中で数値改善を求めていく、といった性格を持つ指標群だと考えられる。

(2)株主価値に直結する議決権行使基準に基づく厳格な行使の必要性

パッシブ運用は、企業価値に直結する行使基準に満たない経営実績しか到達できなかった場合、特に過去に代表取締役の職にあった取締役の選任には反対すべきである。議決権行使基準の数値は「最低目標水準」という性格を持っている。取締役には企業価値を向上させる責任があり、いかなる理由があろうとも、例えば5年といった長期にわたり経営実績を上げることが出来なかった場合、経営執行能力がなかったと判断し、選任しないことが経営規律を高める上で重要だと考えられる。経営者のコンプライアンス面はプロセス責任が問われるが、経営成績は結果責任を問うべきである。

企業価値や株主価値に直結する議決権行使基準に基づく厳格な議決権行使を行うことが経営規律を高め、ひいては長期的に企業価値向上に資するという考え方は、日本において今ひとつ一般的ではなく様々な批判が存在するようだ。顧客のほとんどはパッシブ運用に投資先企業とのエンゲージメントなど求めておらず、その活動に見合う対価も支払っていないにも関わらず、この考え方が一般化せず批判がある理由は何か。そこには、第2章で述べた環境変化と投資先企業側の理屈が影響していると考えられる。

(3)議決権行使基準に基づく厳格な行使に対する批判が起こる理由

企業価値及び株主価値に直結する指標に基づく厳格な行使に批判が多いのは、複合的な理由が考えられる。まず、運用会社自身が議決権行使基準に基づく厳格な行使に後ろ向きなことである。「基準に従って機械的に判断をすると、投資先企業が、我々とエンゲージメントをしても無駄だと考えてしまい、対話に消極的になってしまう。投資先企業との円滑な対話を継続する意味からも、個別事情を考慮した議決権行使が必要だ。」というのが日系運用会社の議決権行使担当者の一般的な意見のように思われる。

一見もっともらしい意見に聞こえるが、アクティブ運用とパッシブ運用の役割を混同した意見のように思われる。投資先企業と企業価値に関する建設的な議論をするのはアクティブマネジャーの役割であり、パッシブ運用には期待されていないと考えるべきだろう。

前述したように、パッシブ運用が行うことができるエンゲージメントにはコスト制約から来る限界があり、テーマもESG等に関わる最小公倍数的なものになりがちだからだ。アクティブ運用と比較して相対的に残高の大きいパッシブ運用には企業価値向上に関わる深い議論は期待されておらず、行使基準通りに行使を行い、数の力を背景に取締役に結果責任を問うことが長期的な経営規律向上に役立つと考えられる。投資先企業との関係を重視することが肝要で個別対応が必要というのは、筆者には逃げ口上の言い訳のように聞こえる。

投資先企業も「株主と対話して事情を話せば理解してもらえる、理解できないのは我々に対する無理解だ。」という誤った先入観を持っている場合が多いのではないか。例えば、日本企業の経営者の中には「実績が上がっていないのには合理的な理由があり、そのことを機関投資家にも説明している。にも関わらず反対するのは、企業のことを理解しようとしない証左であり、建設的な対話になっていない。」といった不満を漏らしている人もいると聞く。「話せば分かる」という考え方を信じた立場であり、分からないのは運用会社の怠慢だという理屈である。

投資先企業が上記のような意見を持っているので、日系運用会社の中にも、「現在は基準を満たしていないが、エンゲージメントの中で、今後改善する見通しがあるので、今回は会社提案に賛成する」、「数値基準で一律に議決権行使を行うと、会社側が話しても分からない相手だと思い、今後、コンタクトが難しくなるので賛成しておくことが無難だ」といった意見を持つ人も多いように思われる。

海外の運用会社からは、「日系運用会社は投資先企業に対して優しすぎるのではないか」との指摘がよく聞かれる。アクティブ運用とパッシブ運用の役割を混同しパッシブ運用でもエンゲージメントが必要だと誤解していることがそのような意見の背景にある理由となっていると考えられるが、企業経営者と日系運用会社双方が、成果・実績によって厳しく評価されるプロフェッショナルファームになりきっていないことが根本的な原因になっているのではないか(注2)。良くも悪くもリレーションシップを大事にする文化的な背景がこのような両者のウェットな関係を助長していると考えられる。

(4)取締役構成に応じた議決権行使のあり方

大手のパッシブ運用会社の担当者からは、日本企業のガバナンス構成の変化に応じて議決権行使の対応も変化させてきたという意見も聞いた。CGC導入後、社外取締役の比率は大きく増加し、社外取締役比率がCGCが推奨する「3分の1以上」となる東京プライム市場の企業は既に8割を超え、社外取締役が過半数を超える上場会社も2割を超える水準に達するなど、確かに社外取締役の数は増加している。

執行と監督が一体となった「マネージングボード」から、執行と監督の分離が図られた「モニタリングボード」に移行しつつある現状を踏まえ、執行陣の監督を取締役会に委任する方が良いとの意見をある大手のパッシブ運用会社は持っている。つまり議決権行使は、監督機能を果たす取締役に対する選任議案に焦点を当てるべきであり、様々な経営指標を基準に株主が議決権行使を行うのは、従前のような執行と監督が一体化した「マネージングボード」を前提にしたやり方であり、適切な権利行使にはならないのではないか、との意見である。

確かにその考え方は、取締役会メンバーのほとんどがCEO以外ほぼ社外取締役で占められ、指名委員会等の各種委員会の多数が社外取締役で占められている米国では適切な考え方だろう。事実、米国の株主総会議案の焦点は取締役選任にほぼ絞られている。

しかし日本企業の経営の実態を見ると、いまだに会社法で認められる3つの機関設計の内、指名委員会等設置会社の割合が3%未満に過ぎず、米国型のモニタリングボードと呼べるレベルにはないのが現状だ。さらに社外取締役の実質的な選任権がCEOにあるような状況で、社外取締役が少数株主の権利ではなく、CEOを意識して振る舞うことも多いと聞いている。そのような状況で米国型モニタリングボードに準じた議決権行使を行うことは時期尚早ではないか(注3)

5.残された論点

最後に、運用会社がスチュワードシップ責任を果たす際に議論しておくべき幾つかの論点を提示しておきたい。

(1)アクティブ運用とパッシブ運用両方を持つ運用会社の議決権行使の考え方

いわゆる総合運用会社は、一つの運用会社内に様々な投資戦略チームが存在し、アクティブ運用とパッシブ運用を両方行っているケースが多い。そのような運用会社において投資先企業の議決権行使はどのように行うべきだろうか。

通常は、議決権行使を専門に行う部署が存在し、その部署が運用会社の投資先企業の全ての持分を代表して同じ議決権行使を行うことが通常だ。3月決算の日本企業の場合、株主総会が6月の限られた期間に集中しているため、専門部署のスタッフは数千もの投資先企業の議決権行使を極めて限られた時間制約の中で行う必要がある。議決の判断が難しい議案については、その企業の事情に詳しいアナリストやアクティブ運用を行っているポートフォリオマネジャー(以下、PM)にヒアリングをして彼らの意見も参考に、議決権行使を行うのが基本形だと考えられる。海外においても様々な投資戦略を持つ大規模な運用会社においても、運用会社として統一した議決権行使を行うことが一般的だ。

しかし最近になって、議決権行使が運用会社で統一されているという事情にも変化が現れている。筆者が2026年3月にヒアリングしたある大手の米国の運用会社では、コーポレートガバナンスを専門に扱う部署が議決権行使についてPMにアドバイスを行うが、実際の行使は各ファンドのPMの責任で行うという方針に数年前に変更したとのことだ。それまでは会社として統一の議決権行使基準に基づき同じ行使を行っていた。しかし、各ファンドの投資目的に応じて行使基準を変更することがより顧客利益に適うと考え、変更を行ったのである。

本来は、各投資戦略の投資目的は異なり、その投資目的に沿った議決権行使が行われるべきである。取締役選任等の議案では、アクティブ・パッシブといった投資戦略にかかわらず、意見が一致することが多いと思われるが、買収の是非を判断するような議案では意見が相違することも考えられる(注4)。従って、本来は、投資戦略毎に議決権行使を別々に行使することが望ましいと考えられる。日本でも今後、対応が検討されるべきではないか。

(2)取締役の受託者責任に関する認識ギャップ解消の必要性

海外の運用会社からは、日本企業の取締役の受託者責任が「会社」のみにあり、「会社・株主」にはないと解釈されていることが、社外取締役の機能発揮を妨げる大きな要因ではないかとの意見も聞く。運用会社側が解決できる問題ではないが、議決権行使に関わる課題として指摘しておきたい。

日本の会社法に詳しい法学者の意見では、「日本の法令では、取締役は、株式会社に対して善管注意義務・忠実義務を負うとされており、取締役が、株主に対して義務を負う旨を定めた法令の規定は、存在しない。もっとも、株式会社は、対外的経済活動において利益を挙げ、それを構成員である株主に分配することを目的とする法人(営利法人)である。そのことから、取締役の善管注意義務・忠実義務は、原則として、株主に帰属する利益をなるべく大きくすること、すなわち、『株主利益最大化』を図る義務であるとする理解が、学説上は有力である。(注5)」とのことであり、現在の会社法の下でも、取締役会は「会社及び株主」に対する受託者責任を負うと解釈するのが、法学的な一般意見のようである。

ところが、現場にいる取締役や運用会社の多くは、いまだにそのようには考えず、会社寄りの立場で監督業務を行ったり、経営に対する評価を行っているのではないか。法学的な解釈と取締役の認識の大きな違いが、日本のコーポーレートガバナンスが今ひとつ実質的な進歩を見ない根本的な原因ではないか、との疑問が、海外から日本企業に投資を行い優れた投資成果を上げている運用会社から発せられているのである。法解釈と現実のギャップを狭める努力を機関投資家、日本企業、規制当局を含む関係者が行うべきではないのか。

(3)取締役の独立性に関する認識ギャップ解消の必要性

もう1点、海外の運用会社から日本企業のガバナンスの課題として指摘されているのが、取締役の独立性基準に対する疑問である。この点も運用会社自身の問題ではないが議決権行使に影響を及ぼす事項であるので指摘しておきたい。

日本では「独立性基準」が「執行」及び「大株主」という2つの独立性と解されているのでないかとの指摘である。本来、独立性とは「執行」に対するものと解されるべきだ。ところが、日本では親子上場、創業家、メインバンク等の支配株主が多い状況に鑑み、支配株主ではなく、10%以下の保有の株主であっても「議決権行使等を通じて、少数株主の権利侵害に繋がる影響を持つ可能性がある」と拡大解釈されているのではないかとの意見だ。

英国、香港、シンガポールなど英国法の影響を受けた国々では確かに、3~10%の保有比率を持つ株主を「議決権行使等を通じて影響力を及ぼす」と考え、取締役に対し彼らからの独立性を求めている。また、日本企業に対する運用会社の議決権行使基準を見ると、議決権行使等を通じて企業に影響を及ぼしうる(潜在的な利益相反のある)株主として「10%」や「5%」を閾値としている運用会社が多いようだ。これも英国法と同様の考え方で、大株主は議決権行使等を通じて潜在的に利益相反を起こしうることを問題視しているのだろう。一方、米国のNYSEやNASDAQ等の取引所は株式保有比率の大きさ自体が独立性に影響を与えるとは考えていない。この論点は、実は、「一株一議決権」という株式会社の大原則までさかのぼる、ガバナンス論としては最も根本的な点に行き着く。

もし大株主であること自体に問題があるのなら、大株主の議決権を一定以上行使できないように制限するという考えもあり得るがそうはなっておらず、大株主は株数に比例した議決権を有している。このような「一株一議決権」の原則は、大株主はそれだけ企業価値向上へのインセンティブが強く発言権を高めるのが望ましい、という考えがその合理性の背景になっていると考えられる。投資先企業との経済関係を有していなければ、大株主出身の取締役は、企業価値向上へのインセンティブが株主共同の利益と強くアラインしているため「望ましい取締役」であることが浮かび上がるだろう。

つまり、本来、大株主のような特定株主であっても、執行と関係のない「純粋株主」であればむしろ会社と利害が一致しているので好ましいにもかかわらず「独立取締役」とは見なされないことに海外の運用会社は違和感を持っているのである。大株主からの独立性は、なぜ大株主出身だと問題であるのかを整理すべきであり、突き詰めれば、大株主出身であること自体が問題なのではなく、株主以外の経済関係(取引関係等)を有しているか否かが問題の本質なのではないか。

短期的な視点で株価上昇のことだけを考え、長期視点では企業価値を毀損するリスクのある提案を行う保有比率の高いアクティビストが存在し、そのような株主の意見を一方的に主張するのではないかと懸念する株主がいることは想像に難くないが、独立性の議論とは切り離して考えるべき問題であろう。

上記のような議論の整理をすることが重要であるのは、取締役が「株主」からも独立した意思決定をしなければならないとの誤った意識を持つことで、本来、取締役会が果たすべき役割を果たさないことに繋がるからである。実際、投資先企業の取締役と議論をした経験のある運用会社の現場の実感としても、株主からも完全に独立した社外取締役は、身体を張って執行とぶつかるインセンティブがなく、期待したような活躍をしてくれないと感じているようだ。この論点は、ボード2.0の限界としてボード3.0(注6)の議論の前提に繋がる話とも考えられる。

 日本国内ではまだここで述べたような論点について議論をすることが一般的ではないが、議決権行使をどのように行うことが企業価値向上に繋がるのかを考える上で極めて重要なことであり、関係者が強い関心を持つ必要があるのではないか。

 本稿執筆に当たり、「資産運用業研究会」での発表者及び委員の方からの発言、意見、資料を参考にし、引用させてもらったことをお断りさせて頂く。なお、本稿で述べた意見・考察は筆者の個人的な見解であり、公益財団法人日本証券経済研究所の公式見解ではない。また、あり得べき誤りはすべて筆者個人に属する。

注釈

  1. (注1) 2014年2月に制定された日本版スチュワードシップコード(以下、SC)では、「機関投資家が、投資先の日本企業やその事業環境等に関する深い理解に基づく建設的な「目的を持った対話」(エンゲージメント)などを通じて、当該企業の企業価値の向上や持続的成長を促すことにより、顧客・受益者の中長期的な投資リターンの拡大を図る責任」と定義されている。本稿でも特に断らない限り、このSCでの定義をスチュワードシップ責任の定義として利用する。
  2. (注2) プロフェッショナルファームとしての運用会社の事例は、堀江貞之、「 プロフェッショナルファームとしての運用会社」、日本証券経済研究所、2026年6月を参照されたい。
  3. (注3) 米国では、議決権行使の権限の一部をアセットオーナーに委任する、「パススルー・ボーティング(Path Through Voting)」も行われている。アセットオーナー自身が議決権行使基準を運用会社に示し、運用会社は指示された行使基準に従って、行使を行う方法である。大手のパッシブ運用会社では資産額で10%程度のアセットオーナーがこのような議決権行使基準を設定しているとのことである。
  4. (注4) 意見が異なることがある事例については堀江貞之、「機関投資家のスチュワードシップ責任の果たし方」、日本証券経済研究所、2025年10月17日を参照されたい。
  5. (注5) 田中亘、「企業法学の方法」、東京大学出版会、2024年(p.184)
  6. (注6) 「ボード2.0」とは監督と執行の分離を行うガバナンスモデルであり、取締役会は監督機能に特化する。一方、「ボード3.0」とは、長期投資家等の投資の専門家やその他の専門家を取締役に入れ、監督機能だけでなく、戦略の立案・実行・検証等も行うことを期待するガバナンスモデルである。米国の学者等の間で2020年頃から議論され始めた。

(参考文献)

  • 田中亘、「企業法学の方法」、東京大学出版会、2024年
  • 東京証券取引所、「従属上場会社における少数株主保護の在り方等に関する研究会(第2期)第8回東証説明資料」、2025年11月28日
  • 堀江貞之、「求められるアセットマネジャーの高度化~運用力・顧客リレーション力・ガバナンスの強化に必要なこと~」、証券アナリストジャーナル、2025年5月号
  • 堀江貞之、「プロフェッショナルファームとしての運用会社」、日本証券経済研究所、2026年6月
  • 堀江貞之、「欧米機関投資家との対話」、日本証券経済研究所、2026年4月
  • 堀江貞之、「機関投資家のスチュワードシップ責任の果たし方」、日本証券経済研究所、2025年10月17日