有金利下における日本の年金基金の投資の現状と課題
堀江貞之(公益財団法人日本証券経済研究所 特任研究員)
(概要)
最近の日本における金利水準の上昇は、日本の確定給付型(DB)企業年金基金の投資内容に大きな影響を与えている。短期金利の上昇により、ポートフォリオの期待リターンが上昇しており、企業年金基金は目標収益率を上昇させる、ポートフォリオのリスク量を減らす、といった様々な対応を検討することを迫られている。
また金利上昇により国内債券の相対的魅力度も上昇しており、為替ヘッジ付外債等で運用されていた資産を国内債券に振り向けるかどうかの判断も今後行う必要に迫られるだろう。
GPIFの資産配分比率に関わる最近の政治家の発言もあり、海外の機関投資家からその投資動向が注視されているが、短期的には資産配分比率の変更が行われるシナリオとして、乖離許容幅を活用したタクティカルな資産配分変更か基本ポートフォリオの年次レビューにおける変更という2つの可能性が考えられる。どちらの投資行動が取られるのか、または今のままの投資プロセスが踏襲されるのかは、現時点ではよく分からない。
GPIFのリバランス行動は市場参加者が注視しており、特に日本株式に関するリバランス活動は、他の3資産よりも流動性が相対的に低いこともあり、市場への影響が出やすく、またその投資行動が増幅されやすい傾向がある。市場参加者の観察によれば、2026年9月中旬現在で、GPIFのリバランス行動にはこれまでとあまり大きな変化は見られないということだ。
日本の年金基金にとって、今後の金利上昇がどこまで上昇するかが投資を考える上で最も重要なファクターとなる。金利上昇は年金財政にプラスの寄与をする一方で、今後の金利の水準次第では、日本の株式市場に大きなマイナスの影響を及ぼす可能性もある。長期投資ではあるものの、足下及び今後の投資環境を慎重に見極めながら、投資行動や年金制度設計の在り方を考えていく必要がある。
目次
- 1.はじめに
- 2.日本のDB企業年金基金が直面する投資上の最大の課題:期待リターンの上昇への対応
- 3.日本の企業年金基金は国内債券への回帰を行うべきか
- 4.GPIFの資産配分比率に関わる議論
- 5.今後の年金基金の投資の行方
1.はじめに
筆者は2026年8月から9月に掛けて国内の約20の確定給付型(DB)企業年金基金及び10社以上の海外の機関投資家(シンガポール及び香港)とのインタビューを行い、現在の日本の年金基金の資産運用に関する課題等について意見交換を行った。日本では2013年4月からゼロ%以下であった日本銀行(以下、日銀と略)の政策金利が足下では1.25%にまで高まり、米国の金利状況にも左右されるが、今後もさらに金利上昇を見込む機関投資家が多い状況にある。グローバルで観測されている金利上昇は日本だけでなく世界の機関投資家の資産運用に大きな影響を与えているのが現状だ。
簡単に言えば、金利上昇によって、機関投資家の期待リターン、さらに言えば要求されるリターンは高まっている。これは機関投資家に限った話ではなく、企業も同じだ。調達金利の上昇は資本コストを引き上げ、企業価値を高めるためには、これまでより高い収益率が求められているのである。グローバルで見ればAI企業の資金需要はいまだ活発で、金利が下がる見通しは今のところあまりなく、今後数年間はさらに金利が高まる世界でいかにポートフォリオを構築していくかが最も重要な投資課題なのである。
本稿では彼らとの意見交換を踏まえ、現在の投資環境下で日本の年金基金はどのような資産運用をしていくべきなのか、DB企業年金基金とGPIFの順に私見を述べてみたい。
2.日本のDB企業年金基金が直面する投資上の最大の課題:期待リターンの上昇への対応
日銀の政策金利が1%以上の水準にまで上昇し、今後も上昇が予想される中、日本の企業年金基金が直面する最大の投資課題は期待リターンの上昇にどう対応するかだ。将来の期待リターンの推計方法には様々な手法が存在するが、多くの企業年金基金はビルディングブロック法と言われる、現在の短期金利に過去の平均的なリスクプレミアム(短期金利からの超過リターン)を上乗せする推計方法を採用している。将来の実績リターンがどうなるか分からないのは言わずもがなだが、短期金利が上昇しているので、リスクプレミアムに変化がなくとも、ポートフォリオを構成する株式や債券などの主要な資産クラスの期待リターンは上昇していると考えるのが自然だ。
つまり、過去と同じポートフォリオ構成であったとしても、そのポートフォリオの期待リターンは上昇することになる。ある年金コンサルティング会社が年金ポートフォリオにどの程度の期待リターンの上昇幅が生じているかを試算をしているが、2022年末と25年末で1.3%も期待リターンが上昇しているとのことだ(注1)。ではこのような状況に対して企業年金基金はどのような対応が考えられるのか。主に3つの対応が考えられるだろう。
(1)目標収益率を変更しない場合:ポートフォリオのリスクを下げる
最初の選択肢はポートフォリオのリスクを下げることだ。日本のDB企業年金は年金財政上の負債を算定するための利率、「予定利率」を定めており、その予定利率に連動する形で年金資産の目標収益率を決めている企業年金基金が多い。目標収益率を変更しないのであれば、予定利率もそのままに据え置く措置を取ることになると考えられる。
予定利率及び目標収益率を変更しないのであれば、ポートフォリオの期待リターンが1%以上上昇している状況に鑑み、ポートフォリオのリスクを下げることが対応案の一つとなる。実際、海外の機関投資家が顧客としている米国の企業年金基金の中には、金利上昇に合わせ、株式の投資比率を下げ米国債券への投資比率を上昇させたところもあるようだ。後述する高い積立比率を背景に、金利水準の上昇に合わせ年金債務にマッチングさせる長期デュレーションの債券を中心に年金運用を行い、高い積立比率をそのまま固定させてしまう選択肢が検討される可能性もある。
筆者が訪問した先では実際に株式比率を下げる決断した企業年金基金は存在しなかったが、今後、年金財政再計算を行うタイミング(注2)で年金ポートフォリオの目標収益率や取るべきリスク量を再検討する企業年金基金が増えると予想される。その際に政策資産配分比率が変更されることになるだろう。日本の企業年金基金の平均的な株式保有比率は20%程度で既に低い水準にある。年金資産を長期的に成長させるドライバーとしての株式の役割は重要で、その比率を下げることに躊躇している企業年金基金も存在するが、短期金利がこれまでとは異なる水準に達している今、資産配分比率の再検討は避けて通れない投資課題となるのではないか。
(2)目標収益率を上昇させる
年金ポートフォリオの期待リターンが上昇しているのであるから、目標収益率を上昇させるという代替案も考えられる。その場合、予定利率も連動して引き上げることが自然な対応だ。金利が上昇している環境では、インフレ率も高まっていく可能性もある。企業が従業員の年金給付をインフレ水準に合わせて高めていくことは容易に想像される。
しかし、目標収益率を上げることは年金資産の変動性も増加させる可能性がある。母体企業から通常の年金掛金にプラスして特別掛金等を徴収している年金基金もまだ多く存在し、投資収益の悪化により再度、母体企業から掛金を追加で拠出してもらうことがないように、年金資産の投資リスクを引き上げることに慎重な姿勢を示す年金基金も多い。
目標収益率を高める前に別の課題に対応するべきという意見も聞かれる。金利水準の上昇は、将来の年金債務を計算する「割引率」の上昇を通じて、年金債務額を減少させることになり、年金資産と年金負債の比率を示す積立水準を改善することにつながる。長いゼロ金利環境の中でも何とか目標収益率以上のリターンを獲得してきた年金基金も多く、積み立てるべき年金資産に対する実際の年金資産の割合を示す積立比率も高い水準を維持している年金基金が今では大半を占める状況だ。金利水準の上昇によりこの積立比率はさらに上昇する可能性が高い。
つまり極めて高い積立比率は、①法律上、掛金を下げたり、掛金を停止するなどの措置を検討する、②剰余金を使ってDB年金制度からリスク分担型(注3)等の別の制度設計に移行する、③給付率の改善を行うことを優先して行う、等々、年金制度設計そのものを見直す議論に発展する可能性を惹起せしめるということである。
投資以外の制度設計上の課題も検討する時期に来ていることも影響していると思われるが、筆者が訪問した企業年金基金の中で、目標収益率を上昇させる計画のあるところは1社もなかった。多くの企業年金基金にとって、目標収益率を上げることより先に検討すべき課題が多いということではないか。
(3)何も変更しない
3つめの選択肢は何も変更しないという対応だ。訪問した企業年金基金の中には、現在は4.5%に目標収益率を引き下げているが、コロナ前まで目標収益率を6%に置いていたところもある。この企業年金基金は長期間で見ると5%以上の高い実績リターンを達成し、目標収益率を上回る投資実績を上げている。その企業年金基金にとって、過去の実績リターンが目標収益率を決める指標となっており、金利水準の高低と目標収益率・予定利率はほとんど関係がない。
別の企業年金基金は20年以上に亘り、目標収益率を3%に据え置いたままで、20年前に設定した期待リターンの水準を一度も変更したことがないとのことだ。当時は短期金利もプラスの水準であり、今の水準と大きくはかけ離れていない。リーマンショックもコロナ禍も同じ政策資産配分比率で乗り切った実績もあり、長期投資である年金資産の運用として最近の金利上昇の中でも、投資方針を変更する必要はないと考えている。
上記のような企業年金基金は例外的と思われるかもしれないが、金利上昇という大きな環境変化が生じた際に将来の投資を考える際のポイントは企業年金の置かれた状況によって異なるということだ。予定利率や目標収益率が1%台や2%前後といった現在の金利水準から比べると低いと思われる基礎数値を設定している企業年金基金にとっては、金利水準の大きな変化によって年金資産運用を変更する意義が大きいと思われるが、上記の例のように相対的に高い目標リターンを設定し、その目標を長期に亘り達成してきた企業年金基金にとっては、足下の投資環境の変化にあまり右往左往する必要がないことを意味するのかもしれない。
3.日本の企業年金基金は国内債券への回帰を行うべきか
日本のDB企業年金基金の投資に関するもう1つの重要な論点は国内債券の比率をどうするかである。日本ではゼロ金利政策が長く継続したため、純粋な「国内債券」の投資はほとんどせず、一般勘定や「為替ヘッジ付外債」を国内債券の代替として投資をしてきた企業年金基金も多い。一方、米国金利の上昇で為替のヘッジコストが高まり、国内債券よりも為替ヘッジ付外債のリターンが悪く、逆にリターンの足を引っ張ってきたという事実もある。
日本国内の金利上昇局面が続く中、将来のどこかの時点で安定的なインカムゲインを獲得できる資産として国内債券に配分比率を高めたいと思っている企業年金基金は多い。運用会社側もこのような環境に合わせて、金利上昇がまだ見込まれる期間はデュレーションの短い債券ポートフォリオを組んで下方リスクを一定程度プロテクトし、金利上昇の上限が一定程度の確率で見据えることができた段階で長期債にポートフォリオを変更していく柔軟な投資方針を据えた投資戦略を提案したり、事業債やハイブリッド債のような国債に比べ利回りの高い債券を組み入れた投資戦略を積極的に企業年金基金に営業しているようだ。
国内金利がどこでピークを打つかを予想するのは困難だが、年金基金のポートフォリオの目標収益率に長期金利が近づいている状況下において、国内債の位置づけがゼロ金利下とは大きく異なるものになるのはある意味当然だ。単に、国内債券と一般勘定・為替ヘッジ付外債の間の組入比率の構成変更という狭い問題として捉えるのではなく、目標収益率を達成するために、安定資産と収益追求資産の区分を一から検討し、それらをどのように組み合わせ、またどの資産クラスを安定資産の中心に据えるのかを今後の金利状況や株式市場を取り巻く環境変化を基準に考え直すことが不可欠であろう。
4.GPIFの資産配分比率に関わる議論
海外の機関投資家とのインタビューでは、年金積立金管理運用独立行政法人(以下、GPIFと略)の国内債比率の見直しについての関心が高く、筆者からも機関投資家に対して私見を申し上げた。日本政府の関係者から、GPIFの資産配分比率についての発言があったこと、GPIFの経営委員会においても8月としては2019年以来7年ぶりに経営委員会が開催され、「基本ポートフォリオ検証等PTにおける議論について」が議題に上がったこともあり、関心が高かったものと考えられる。GPIFの資産配分比率を考えるに当たっては以下のように3つのシナリオが考えられる。特に目新しい意見ではないが、簡単に説明しておきたい。
第1は、政策資産配分比率の乖離許容幅の中で、GPIF執行部が短期的な見通しに基づき、4つの資産クラスの配分比率をダイナミックに変更する可能性である。第2は基本ポートフォリオの年次検証の中で政策資産配分比率を修正する可能性。第3は2029年に実施される年金財政検証で想定される経済シナリオや目標収益率の値に対してGPIF経営委員会が2030年3月末に政策資産配分比率を変更する可能性である。第3の可能性は今から3年半先のことであり、海外の機関投資家の関心は薄く、第1と第2の可能性について議論を行っている。
(1)短期的に考えられる2つの可能性
第1の可能性は、GPIF執行部が将来の相場見通しに基づき、定められた乖離許容幅の範囲内で資産配分比率を決定することである。外国債券を除く3つの資産クラス、すなわち国内債券、国内株式、外国株式では25%±6%の中で資産配分比率を執行部の裁量で決定することができる。
執行部の重要な意思決定を行うのは投資委員会である。理事長、CIO(委員長)、総務・企画等担当理事の3名に意思決定権限があり、「投資委員会の議事は、出席した委員長及び委員の過半数をもって決することができる」と定められている。現在の法律の下でも、執行部が乖離許容幅を活用して実際の資産配分比率を政策資産配分比率とは異なる値に変更することは可能である。
ただし、乖離許容幅を利用して複合ベンチマーク収益率を上回ることは簡単ではない。2015年4月~20年3月の5年間では、この乖離許容幅を活用した投資戦略は功を奏さず、年率で-0.28%と足を引っ張る結果となった。
第2の可能性は、GPIF の基本ポートフォリオについて、策定時に想定した運用環境が大きく変化する可能性がないか等について毎年度適時適切に検証を行い、経営委員会が必要と認めるときは、中期目標期間中であっても、見直しの検討を行い、必要に応じて速やかに修正を行うこととしていることに鑑み、実際の検証作業を行い、基本ポートフォリオを変更することである。
GPIFが2026年3月9日の第119回経営委員会において、「2025 年度における基本ポートフォリオの検証について、基本ポートフォリオ検証等 PT から見直しの検討は必要ない旨の報告があり、各委員から異論は示されなかった」と決定したにもかかわらず、それから半年も経過していない8月に再度、基本ポートフォリオの検証について議題に上がったことも、この可能性について市場関係者の間で関心が高まっている原因になっているものと考えられる。
たしかにGPIFの目標リターンの水準の変更は5年に1度しか行われない。第2章の第1節で述べた企業年金基金の例のように、目標収益率を変更しないのであればポートフォリオのリスクを下げる、つまり株式比率を下げて、国内債券の比率を上昇させるという変更をするという選択肢が検討されるのではないかと考えることには一定の道理がある。しかし、GPIFは企業年金基金の資産配分比率を決定するプロセスとは異なる意思決定の方法を採用している。企業年金基金の場合はリスクを下げるという意思決定が選択肢の一つとなり得るが、GPIFの場合は様々な要因を考慮する必要があり、意思決定はそれほど簡単ではない。
まず、GPIFでは、ある経済シナリオの期待短期金利の値は過去30年間の1 年金利を利用している。直近の金利水準を追加して再計算したとしても、金利変化が「期待短期金利」に与える影響はあまり大きくないと考えられる。さらにGPIFの実際の検証作業は、金利水準だけでなく均衡収益率(注4)など、様々な変数を再計算して行われるため、企業年金基金のような単純なプロセスにはならない。例えば、「均衡収益率」と「ビルディングブロック法」によるリターンを混合して、期待リターンが計算されているとされているが、その混合割合などは公表されておらず、金利水準の変化がどの程度、期待リターンに影響を及ぼすのかは定かではない。また基本ポートフォリオは、定められた手順で求められた最適ポートフォリオを5 %刻みに丸めた資産構成割合としていることもあり、最適ポートフォリオと基本ポートフォリオの差がどの程度なのかはよく分からない。
このようにGPIFの検証プロセスでは、様々な要因が関係してるため、企業年金基金で短期金利の上昇がポートフォリオの期待リターンの水準を高めたケースほど事情は単純ではなく、資産配分比率に与える影響も一概に債券比率を高める方向に働くかどうかは定かではない。
(2)GPIFのリバランス活動の機関投資家によるモニタリング
つまり現時点では第1、第2の可能性があると言えるだけで、資産配分比率が変更されるかどうかはよく分からない。一方、GPIFの資産配分比率を基本ポートフォリオの水準に戻すリバランス活動は、機関投資家の間では注意深く観察されている。特にGPIFが行う日本株式のリバランス活動の内容は機関投資家の間では詳細な分析が行われているようだ。20年以上、日本株ロングショート戦略を運営している複数のポートフォリオマネジャー(PM)からは以下のようなコメントを聞いた。
「先物取引を活用した取引を行っているのだと推察するが、現物と先物のクロス取引は市場参加者が注視しており、金額が一次的に大きい時や1週間継続して活動が行われる時は市場参加者には分かるものだ。また市場がオープンしてから、最初は売り買いが交錯してしばらく経つと方向性が出る日と出ない日があるが、GPIFのようなリバランスが入った瞬間に方向性(ディレクション)が一方向に決まってしまう。金額以上に影響が大きいのはディレクションが決まってしまうということ。ディレクションが決まると、その流れに乗ったフローがたくさん出る。最初の金額自体は少なくとも、それに乗るフローが大きくなり、思った以上の反応があるため、最初の取引の段階で分かるものだ。規模の大きさや取引の巧拙という問題ではなく、ディレクショナルな取引は、その取引を活用する参加者が多いことで増幅されてしまう傾向が強くなっている。」
以前からトランジションマネジャー(注5)からも同様の発言を聞いたことがあったが、今回、コンピュータ取引も非常に増えている環境下に変わったこともあり、意図を持ったリバランス活動は、その動きが察知されやすいだけでなく、その動きが増幅される傾向があり、巨額資金のリバランス活動を実行することの難しさを筆者は理解した。
ちなみに、筆者はGPIFを離れて4年以上になり、現在、どのようなリバランス活動が行われているのか承知していないが、複数の日本株ロングショート戦略のPMによると、今でも頻繁にGPIFはリバランス活動を行っていると推察されるとのことだ。
5.今後の年金基金の投資の行方
ここまで金利上昇に伴う、日本の年金基金の投資に及ぼす影響について、企業年金基金の見方や海外の機関投資家の意見を踏まえて説明をしてきた。金利上昇は年金ポートフォリオの期待リターンの上昇や年金負債額の減少を通じた積立比率の改善など、DB企業年金基金にとって良いことが多いように感じるかもしれないが、大きな副作用がある点にも注意が必要だ。
著名な債券投資家であるHoward Marks氏は、「長期金利が高くなると、①経済成長が鈍化する傾向がある、②通常はローンで支払われるもの(自動車や住宅など)の購入が困難になる、③政府債務の利払いコストが増加する、④市場参加者間の信頼喪失を示唆する、といった事態を招く。」と述べている。海外の機関投資家が特に注視しているのは、日銀の政策金利が今後どこまで上昇するかだ。日本の政治家によるGPIFの資産配分比率に関する発言そのものが、将来の年金給付に備えて運用されるべき資金が国債の金利上昇を抑えるために使われるリスクを示唆するものとも考えられており、日本の財政に対する懸念材料になっていることも事実だ。
つまり財政懸念を背景に10年国債の金利が3%を大きく越える水準に達し、日銀の政策金利が1.5%ならまだしも2%まで上がるとしたら大きな影響が及ぶとの見方が海外の機関投資家の中に出始めている。また個人の住宅ローンの8割以上が変動金利になっており、さらなる金利上昇によって家計消費に大きな影響を及ぼす可能性がある。政策金利が2%を超える水準に達すると、価格転嫁が難しい中小企業の収益にも大きなダメージがありうる。大企業には大きな問題は発生しないかもしれないがさらなる金利上昇は中小企業の収益を圧迫し、日本の株式市場にも悪影響を及ぼす可能性が高いとの懸念を海外の機関投資家は表明しているのである(注6)。債券市場に詳しいエコノミストの中には現在の債券市場は既に政策金利2%を織り込んでおり、欧米での政策金利引き上げに日銀も追随することを求めているとの意見もあり、今後も日本の金利環境に株式市場が神経質になる状況は変わらないと推察される。
今、日本の年金基金は過去20年間で経験したことのない有金利下でポートフォリオを運営しなければならない局面に立っている。老後の生活資金の一部を賄うことを目的として運営されている年金制度の下で、自らが現在置かれた、また将来の投資環境を見通した上で、慎重なポートフォリオ運営及び制度設計が必要となる局面に入ったと言えるだろう。日本の年金基金は、長期投資ではありつつも、足下の環境変化も注視しながら、ポートフォリオ運営を行う局面に入っていることを肝に銘じながら日々の投資活動を行っていく必要があると思われる。
本稿執筆に当たり、2026年8~9月に掛けてインタビューを行った、日本の企業年金基金の運用担当者及び海外の機関投資家の発言や意見を参考にし、引用させてもらったことをお断りさせて頂く。なお、本稿で述べた意見・考察は筆者の個人的な見解であり、公益財団法人日本証券経済研究所の公式見解ではない。また、あり得べき誤りはすべて筆者個人に属する。
注釈
- 注1 ラッセル・インベストメント社の推計による。
- 注2 3年~5年に1度、行うことが多い。
- 注3 基本となる給付設計はDBと同様だが、将来の運用悪化などによる財政悪化時には、企業だけでなく加入者・受給者側も給付調整を行う年金制度。
- 注4 均衡収益率とは、設定した期待リターンから最適ポートフォリオを導出する通常のポートフォリオ最適化とは逆に、市場ポートフォリオ( 4 資産の市場時価総額の比率)が最適ポートフォリオであると仮定したときに、どのような期待リターンが想定されているかを逆算して計算したもの。
- 注5 年金基金が資産配分や運用委託先を変更する際に、売買コストやリスクを最小化しながら資産移管を実行する証券会社や運用会社を指す。
- 注6 金利上昇はインフレ懸念等の要因も関係しており、ここで述べた要因だけで決定されているわけではないことにも注意が必要である。
(参考文献)
- GPIF、「第19回経営委員会(審議事項1)関係規程等一覧」、2019年2月15日
- GPIF、「2025年度業務概況書」、2026年7月
- GPIF、「第119回経営委員会議事概要」、2026年3月9日
- GPIF、「第126回経営委員会議事次第」、2026年8月21日
- Howard Marks、「Shall We Repeal the Laws of Economics – Part III」、Oaktree、2026年9月22日
- 高橋克典、「変わる運用環境、政策資産配分の新たな視点」、企業年金連絡協議会、きねんきょう第294号、2026年9月
- 竹内光、「基本ポートフォリオの変更について」、月刊資本市場、2025年6月号
- 堀江貞之、「GPIF執行部の投資の現状と課題」日本証券経済研究所、2025年7月